第3話 その名は婚約破棄、恒例のイベントなり
『フェリナ。君にはもううんざりだ………!』
『あら、それはアナタの不甲斐なさを認めるって捉えてもよろしくて?』
間に合ったみたいだ………よかった。
カノ檻のプロローグを飾るビッグイベントであり、攻略キャラの男性陣が動き出す分岐に属する最大イベント。
それと同時にどの乙女ゲームでも必ず登場する婚約破棄がシニアの噴水の隣で行われていた。
「さっき噴水通っててほんとよかったー………」
荒い息を整えつつ、誰も聞いてないことをいいことに呟く。
おっちゃんにヒントもらってなかったらこのビッグイベントに遭遇できなかったかもしれない。
ありがとう屋台のおっちゃん、女扱いしたのは水に流すよ。
「退屈な前触れも見なくてラッキーだな」
細やかな感情描写が多いは逆さに捉えたら導入まで長いってこと。
このゲームが女性ファンにモテる理由の一つであり、同時に男性の不満の元である理由のひとつ。
この後、共通ルートへ繋がるビッグイベントである分、フェリナとアレーナの感情が交互で書かれていてとにかく口喧嘩になるまでが長い。
口喧嘩になった序盤も行き届いた書かれ方をしていて感情描写も細かく交互で書かれている。
ズバリ言うとくどい。
それらが転生バフ&現在地の確認で一気にスキップできた。
既に噴水前の広場には礼装に身を包んだ主人公と攻略対象の激しい口論が繰り広げられていた。
しかもハイライトに差しかかる当たりっぽい雰囲気。
つくづくラッキーすぎない?
『口を開けば毒をまき散らす、相手への配慮も欠片もない接し方の数々! あまつさえ魔法使って人をぼこぼこにするなど………』
『あら、分をわきまえないさらに人の陰口しか言えない陰険な奴らに自分の立場をわからせてあげただけではありませんの。それのどこがイケなくて?』
『原因はそもそも君の度が過ぎた言動ではないか! それだけならまだいい。だけど、君を心から想った先生にまで矢を向くのはやりすぎではないか!』
『実力が備わってないのは確かではありませんの。まあ? それが繊細なお坊ちゃまなアレーナ様の神経を逆なでする態度だったのでしたら謝ってあげてもいいですわよー? あっは』
『このっ………!』
やってるやってるー! めっちゃ喧嘩してるー。
普段の厳しい毒つく様に高圧的な態度のフェリナの言動やら振る舞いに少しずつ嫌気がさしていたアレーナ。
それらが結婚式でついに爆発してしまったのが件の導入だ。
イベントの主役の顔をじっくりと交互で見つめる。
毒をまき散らす上に実力主義者さながらな言動の主人公、フェリナ・ピールス。
紅と金の混じった腰までの長髪が特徴で、普段の気品ある姿から信じられないくらい毒を吐いていてプレイヤーの間では『インフェルノ』なんてあだ名がつけられている。
対する公爵家の息子で繊細な心を元に人々の可能性や想いを第一に考える婚約者、アレーナ・アクシア。
男らしくない腰までくる長い藍色の髪は式のためまとめている。
それに合わせた気品ある振る舞いやまるで乙女心なんてお手の物と言わんばかりの接し方に女性ファンが多い。
挑発するようなフェリナの強い口調とアレーナの一歩後ろからのしっかりとした主張がたまんないんだよなー。
ネタバレするとこいつ、アレーナのルートでフェリナが毒づいた理由やら背景やらが解き明かされるがまあ今のオレの知ったことではない。
ビッグイベントが目の前で繰り広げられているんだ。
ハーレム系の世界じゃないし代わりにこういうイベントで鬱憤を晴らしてもらうか。
『何かある度、わたくしに魔法で報告するのだるいのでやめてくださる? それとも………いちいちママにみてもらっていた幼少期の癖が未だ健在なのかしら』
『貴様、今なんて言った?』
状況は口喧嘩あるあるである当初の目的から離れた感情任せに様変わりしようとしていた。
フェリナのライン越えした言動に剣吞な空気に当たりが包み込まれる。
『だってそうじゃありませんの。ことごとく報告してくるのは幼少期、大目に見てアカデミーに入って魔法覚えたての頃くらいですのよ?』
『まあそこは個人差があるので仕方ないとしてなにかある度、報告してくるのは無理ですわ』
『なんで僕が憤っているのかもわからず追い打ちかけるか貴様は………!』
誰にも見えないよう涙を盗むアレーナまで間近で見れるのか。
男の涙はいらんだろうが、女のファンだったらともかくだ。
だが今のリアクションが見れたってことはつまりだ。
この後、待望のセリフが来るか——!!
『————フェリナ・ピールス、貴様の数々の言動と不遜極まる態度にもう飽きた。よってこの結婚は破棄させてもらう!』
今までと打って変わって反論は認めまいと力強い宣言。
「きたきたきた、お待ちかねのセリフたすかる!!!」
間近で見ると確かに違うな。
画面越しでは『おおっ』くらいだった感想が『うおおッ!!!』ってこみあげてきてついつい声に出ちゃっている。
河川の小波とビーチの波打ち際の違いだろうか?
とにかくだ。
繊細なアレーナのことだ。内心気にしていたことをズバリと言われてメンタルが揺れた。
——というのはプレイヤーにはわかるが、住民たちにはわからない。
微笑ましい結婚式を期待してきた住民たちからどよめきが広がり、フェリナとアレーナ側の関係者は騒ぎを収めるための東奔西走が始まる。
「はーいいものが見れた。満足満足」
実際目にするとインパクトあるものだな。
手にしたサンドイッチを放置して見入るくらいには集中していたか。
「あむ、おいひぃ」
面白い見物ができたのはいいがトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
結婚式のはずだった婚約破棄の現場から離脱しつつ、すっかり冷めたサンドイッチを頬張る。
今後どうするか………。
この先、数々のイベントが待っている。
ゲームでは今がちょうどオープニングの映像が上っている頃だろう。
「ハーレムは無理でもせっかく転生したんだ。違う方向で楽しませてもらうか」
サンドイッチを頬張りながら、この世界に来て目が覚めた場所へ向かいながらそんなくだらない目標を改めて口にした。
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