第49話 料理バトルという名ばかりの罠
「なんでこういう展開になるんだよ?!」
「まあまあ、君が見てなきゃ二人ともやる気落ちちゃうよ」
ごもっともなお言葉ありがとうな、アレーナ!
なんて言えるはずがねーだろうが。
「だからってオレが椅子に縛りつけられてる理由にはならないだろうが!!」
朝食が終わってすぐの頃、アレーナに尋ねられた。
『元いた世界の料理対戦はどうしてたの?』
アレーナは二人が満足するだけでなく、審査する側のオレも楽しめる料理対戦にしたいらしい。
そのいじらしい質問に胸の奥がくすぐられて、こちらもそれに応えようとごちゃごちゃとした番組向けのやつではなく質素な方を伝えたわけだが………。
厨房がある別室から少々離れたところに室内にある王宮にいそうな格の高そうな椅子に座らせると、マグマ魔法の応用で作った手錠に問答無用で後ろ手に拘束された。
「帰宅が遅かったよね?」
「うぐっ」
「僕もフェリナもまだ許してないの。暴走したエナドリが何しでかすかわからないから一時的に見送ってただけだから」
「その意趣返しってわけか」
それでこんな囚われたヒロインみたいな格好にされてるわけか。
道理で台所の一角に材料を並べているフェリナから「しっかり見張っときなさい」というほんのりと濁った叫び声が飛んでくるわけだ。
アレーナもニコっとした笑みを崩さないまま顔を縦に振るうばかり。
「料理は同じものでよろしいでしょうか」
「家事以外は本ッ当ダメダメね。同じ料理作ってどちらがリオの好みピッタリに作られるかでしょ?」
「念のために聞いてみただけです、どこぞのメス豚が不正なんか出来ないようにと」
「それで大丈夫だ。アレーナ、ルールの説明をお願いできるか」
「任せてっ」
口喧嘩になりそうな気配がキッチンからヒシヒシと飛んできたので阻止のためアレーナに任せることに。
「えーっとね………先ほどメイドちゃんの質問通り、同じ料理を作っていただきよりリオのお口に合わせたモノを作った方が勝利となります。もちろん魔法も使用可能。ただし、体液など材料から逸した怪しい素材を入れるのは不正とみなします」
これは料理対戦の話が出た朝から頭の隅に構築していたものだ。
前世と違いこちらの世界はとにかく魔法に頼りがちだ。
クッキーの隠し味に毒魔法の浄化を用いることもしかり、氷魔法で突発的に熱を下げることで肉汁を維持させたりするなど魔法を用いて料理する姿は散々見せられてきた。
それだけ日常に浸透している魔法が突発的な企画で二人から取り上げたりしたらどうなるか。
どんなゲテモノが出てくるか未知数すぎる。
よって、環境は維持させつつ怪しい材料のみ禁止させたわけだ。
「そ、そんな………」
早速、厨房から絶望まみれの声が上がる。
「味見を装ってご主人様に直々惚れ薬を盛るという完璧な作戦が………!!」
「そんなこと考えてたのか………」
いやまあベタだけど?
王道っちゃ王道だけど!!
直接飲ませるではなくそっと入れて勝利もご主人様もって展開じゃないのかよ。
アグレッシブすぎるだろオレのメイド………。
「リオ」
「どうしたフェリナ? オレの分に自家製聖水入れるのもアウトだぞ」
「それくらい知ってるわ、それじゃなくて」
「ん?」
「始まる前にほしょくた——————審査員に材料食べさせるのはアリかしら」
「ナシだな」
「そんなっ?!」
審査前なんかこいつらからすれば格好の餌だ。
許してしまえば何を仕込まれるか。
冷静装ってバッサリと切り捨てるオレにフェリナもまた絶望の籠った悲鳴を上げると、氷の結晶が彼女の前に散らばり始める。
「それは?」
「………凍らせておいた媚薬とわたしの——————」
「それ以上ご主人様の耳を汚さないでくださいメス豚」
「むぐっ!?」
隣のエナドリが慌てて口を塞ぐ。
「料理じゃなくてえぐさで勝負するか普通っ」
アレーナの料理する姿を見る二人がきっとこんな気持ちだったんだろう。
このままじゃ埒が明かない。
ルールの説明を続けて軌道に戻すか。
「この前作った魔物の肉料理の………なんだっけ?」
「フィロージュだよ」
「そういう名前だった。とにかくそれを作って欲しかったんだけど………」
整合性に欠ける上に調理に長時間かかると聞いたことが印象に残っている。
「それは時間がかかりすぎるから無理そうだから他のやつ………魔物の肉を使ったシチューなんてどうだ?」
「ええ。腕によりをかけて作るから見てなさい」
「お任せくださいご主人様。しかしそれでは備え付けのパンは昨日の作り置きになりますが………」
「いいよ。エナドリのパン、めっちゃ好みだし」
「ごほんっ、では料理対戦は二時間くらいでいいよね? それ以上時間かかっちゃったらリオが餓死しちゃうから」
見えない何かをけん制するかの如く横から怒涛の速さでアレーナがまくし立てる。
フェリナとエナドリから同意のサインが飛んできた。
「それでは両者、ハジメ!!」
ちっちゃい火の玉を作り出して爆発させることで弾ける音が空間を支配し、料理対決の膜が上がる。
「さて——————」
「よかったの?」
「あ、ん? 何が?」
あっぶねー!
キャストごっこでもしつつ様子を眺めるちょうどいいタイミングでアレーナが声をかけて来た。
実況なんて文化がないこの世界の住民のアレーナに見られたりでもしたら治療と称して何されるかわっかんねえ。
声は若干ぎこちなくなっちまったけど………まあ許容の範疇だろう。
「料理のメニューの話。シチューってどれも同じだよ? それで優劣がつけられるのかなーって」
「ああ、そこか」
アレーナの話も一理ある。
汁物料理なんて専門店じゃない以上、普通止まりで終わりがちだ。
この勝負の見どころはそこではない。
「そもそもお前はこの勝負の前提を履き違えている」
「へ?」
「まあ、普通わっかんないよな。この勝負は味ももちろん大事だがキーワードは“オレの舌に合わせる”だろ?」
「あっ」
ようやく合点がいったらしい。
アレーナの顔が面白おかしくなっている。
「こういう口に合わせる系の勝負はな、いかに相手の好みが把握できたかがミソだ」
この勝負の行き着く先なんかオレの好みドストライクに仕上げられるか否か。
どれだけ美味く仕上げられるか競うわけではない。
味ももちろん大事だがそのディティール——————具材の量から味の方向性まで。
そこを狙ってメニューの選定はしたものの味の方向性までは敢えて決めてない。
完全なる自由な舞台。
見どころが非常に多い。
「さっそく違いが出てきたな」
魔物肉は聖水を使うほど臭みがあるらしい。
オレが肉大好きっていうことなんか二人にはすでに筒抜け状態。
なら肉の臭みを取ることからと順番は既に決まっているようなもの。
「確かに………見どころあるかもね」
「だろ?」
縛られてない頭だけ動かして隣に立つアレーナに向けて相づちを打つ。
エナドリの鍋から禍々しいほどの煙が上がってきている。
あれがこの前なんとなく言っていた毒魔法の応用か?
それで肉の臭みだけ抜き取るつもりらしい。
対するフェリナは一旦火を通して焼いていた。
「臭みの強い肉って焼いたら臭みが多少は取れるんだっけ」
「どうだろうね」
そういやこいつは料理音痴だったか………。
むしろマイスターなんじゃないか? 料理で人が殺せるってもはや一つの技だし。
「二人ともリオのために夢中になってるね」
「だな、お前のおかげでいいモノが見れたよ。ありがとうな」
「ううん、これで準備は全て整ったよ」
「んっ?」
「——————お仕置きの時間だよ。リオ」
「ひっ………!?」
ふううっと耳元にアレーナの吐息がかかってゾクッとした感じが背筋から這い上がり変な声をあげそうになる。
夢中になってる二人にバレないよう全身に力を入れてグッと堪える。
「フェリナとメイドちゃんは君好みの美味しい料理を作ってその間、君を美味しく料理して僕色に仕立て上げる」
「僕にだって参加資格、あるよね? 自分のために美味しく料理を作ってくれる健気な女の子たちの前で料理されたら………あはっ、もう僕しか見れないよね♡」
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