第48話 女のプライドがかかっております、ご主人様

「はいご主人様、あ~ん」

「あ~ん。もぐもぐ」

「いかがですか?」

「スッゲー美味いな~エナドリが食べさせてくれたからもっと美味いんだよな~だから………」

「スプーン寄越せなんて。言いませんよね? ご主人様♡」

「は、はは………」


昨日、返って来てから物凄い勢いで問い詰めてきたのは他の誰でもないエナドリだった。

というか喧嘩になる寸前のところにギリギリ間に合ったらしい。

エナドリ曰く、「メイドが一分一秒でもご主人様から離れるのはありえない。よってご主人様がメイドから離れるのも言語道断」の一点張り。


崇拝型の拗らせバージョンかエナドリは。

とにかくそんなエナドリに「明日ずっと一緒にいるから機嫌直してくれ」って言ったら一日中ご奉仕ができるって死ぬほど喜んでくれたものの、決して黙っている両方ではないため暴れ出して解決まで結構時間が要されたが、ひとまずエナドリはそれで折れてくれた。

で、目が覚めた朝からご奉仕が早速始まったわけだが………。


(死ぬほど気まずい)


アレーナもそうだけど特にフェリナの視線が痛い。


『わたしの手料理を他の女に食べさせられてヘラヘラしてるのね』


思考の盗聴で思ったことそのまま共有してやがる!!

何を隠そう、朝食を作ったのは他ではないフェリナだ。

それをオレ専属メイドを名乗るメイドであるエナドリにされるという背徳感と同時に感じる冷たい眼差し。


「おかしいのではないかしら?」


さすがに我慢の限界だったらしいフェリナがそっとスプーンを下ろしつつ意を唱えてきた。


「ご飯作ったのはわたしよ。食べさせるならわたしがしてあげるのが筋というものではなくて?」

「では明日から私がお料理させていただきますけど」

「は?」

「大体おかしいんですよね。メイドの私がおはようからおやすみまで、まさに食事のお世話から下物の世話までお仕えするべきではないのでしょうか」


「なんでも知りたがるメイドなんて気持ち悪いだけね。わたしがいるからもっと肩の力抜いてもいいのではなくて? クソ駄メイド」

「それを言うならご主人様に執着するあまりメイドにご飯すら作らせず自分で作るほうがよっぽど重症ですよ? 自覚ないんですか、このメス豚」

「もぐもぐ………」


恒例の口喧嘩がまた始まったものの、エナドリが機械じみた精度でフェリナ特製シチューらしきものをすくいあげ、オレの口へとピンポイントで運んできてくれた。

相手を汚しつつ人様にご飯食わせるってできたのか。


こういう時は黙ってるのが吉だって身をもって学習済みだ。

お互い魔法まで展開させてて慌てて仲裁に入っても結果はいつも魔法使った二人のタッグでオレが美味しく料理されるオチばっかり。


「じゃあ、料理で勝負するのはどうかな」


まったく期待してなかった方——————アレーナから二人に唐突な提案を出していた。


『後でお仕置きだからね、リオ♡』


「ひっ」


事実を考えただけなのに………。


「料理勝負?」

「唐突すぎるわね。まさかアレーナが言いだすなんて」

「このまま続けても平行線辿る一方だからね。いつものように口喧嘩して醜い姿晒しまくった挙句、最終的にリオがぺろりといただかれちゃうけしから………ごほんっ、累が及んでしまうのも迷惑かと思ってね」

「ちょうど昨日、リオが香辛料持ってきてくれたんだし………リオの口に合わせた料理が作る方の勝ちってことでどうかな」

「それいいかもな」


死ぬほど気まずい空間から抜け出すために全力でアレーナの意見に頷く。

予想外すぎる助け船が飛んできて死ぬ気で肯定する。

アレーナはそこまで気を配っていてくれてたのか。

なんか不穏なワードがチラッと出かかった気がするが………平和に解決させられるならオレは何も言うまい。


「リオがいいならいいでしょう。最高の料理をごちそうさせてこの駄メイドに吠えずらをかかせるところを特等席で見てなさい」

「今日は私がご主人様に一日中ご奉仕できる祝福されたような一日。おまけにこのメス豚に身の程わきまえさせてあげるのは至高の喜びにございます」


二人の間にバチバチと見えない火花が飛び散っていた。

ふとした懸念が脳裏によぎった。

何もないままじゃ埒が明かないはず。

むしろこれがきっかけでさらに悪化し、ガチバトルになって流血沙汰になるんじゃないのか?


頭に死に物狂いで殺し合う二人の姿がかすめていくと物凄く不安になってきた。

なんかないのか?

両方満足させてかつ丸め込ませられるものは。


『困ってるよね。リオは優しいから………余計なこと言っちゃったのかな?』


『いやむしろナイスアシストだ』

『ないすあしすと?』


思考の盗聴で直接語りかけてきたので『好き』と唱えて応答する。


『よくやったって意味だよ。それよりなんかないのか? 助けてくれ』

『うん、いいよ。僕にもっと頼って? 君のためになんだってしてあげるけど………敵に塩送るような行為だし後でご褒美、貰うから』

『なんでもいいから助けてくれ。これだけはマジでシャレにならないぞ』


フェリナもエナドリも尽くそうとする傾向が強い。

ベクトルは違うが根本的な性質が被るところがおそらく生理的に合わないんだろう。

なのに報酬のない勝負で結果に頷けなかったらどうなるか。

………火どころかエッチな動画みるより明らかだ。

さっき浮かんだ妄想の如く殺し合いになるかもしれない。


「僕からの提案だけど………勝った者はリオと一日デートってことでどうかな」

「は!?」


バチバチと火花飛び散っていた空気がその一言でサーっと凍り付く。


「っ!?」


互いに向けていた火花はどす黒く濁りこちらへと狙いを変えてきた。

一瞬の様変わりに思わずごくっと固唾が喉を通る。

やっべ。

流血沙汰は止められたかもしれないけど。

オレが追い込まれてないか?


「では早速始めましょうか。リオに早く食べさせて厨房に来なさい。もちろん、急いだとかの間抜けた理由で火傷ひとつでもさせた時は殺すわ」

「貴方ほどのポンコツではありませんのでそこは心配なさらなくとも結構です。小細工なんてしたら息の根を止めてさしあげましょう」

「僕も発案者なんだよね? 参加する資格はもちろん………」


「ダメよ」

「アレーナ様、ご主人様を殺すおつもりですか?」

「やめろ」

「ねえなんで、なんで僕だけダメなの!?」


三者三葉の返事だがこの時だけはみんな同じ考えだったはずだ。

死にたくない、と。

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