第17話 悪役令嬢の修羅場は案外平和
「わたし今すごく怒ってるけど………何に対する怒りかわかるかしら」
「わかりま………くっ!?」
「わからないの? ねえ」
「デートの途中なのにポイっと捨てられたのよ? そこに対する謝罪は?」
「………は?」
予想外すぎる発言に思わず声が出てしまった。
ここは普通、意識ない状態で弄んだクズ野郎とか、被害者を増やすちんこに脳の生えたクズとか辺りじゃないのか?
首に巻かれてるこの鎖も断罪のためじゃないのか?
脳がこんがらがってきた。
「で、どうなのかしら? そこのところ」
「くっ………!!」
「フェリナやりすぎだよ。反省してるだろうしそこまで………」
「あなたに言われる筋合いはないんじゃなくて? これはわたしたちの問題よ。部外者は引っ込んでなさい」
「………僕の男にそんな扱い続けたらさすがに殺すよ?」
「ひっ」
どうしてそこで“僕の男”呼ばわりされるのか聞きたいところだが口が開かない。
あ、圧が半端ない………。
アレーナに自我があるのは説明するのが返って口が痛いくらい一目瞭然だ。
威圧しているのも多分オレの首に巻かれた首輪をただいまフェリナが強く引っ張ったから。
こいつは元々こういうキャラ設定だったか?
その人の立場で物事を考えられる、人の気持ちに寄り添うことに特化したのがアレーナの設定だったはず。
聖母ならいざ知らず、一番ヤンデレとかメンヘラの属性から離れていた八方美人のあのアレーナ・アクシアが?
「何がどうなってんだよ………」
先ほどのアレーナの一言にお互い静かに睨みを利かせている。
この状況が打破できるのは今のところ、おそらくだけどオレしかない。
いつ殺し合いが開始されてもおかしくないまさに一触即発の剣呑な雰囲気。
一か八かだ、やってみるか。
「フェリナ」
「っ、ええ。何かしら………?」
「ずっと謝りたかった。ごめん」
「ゆ、ゆるしてなんか………」
これだけじゃやっぱり足りないのか。
より具体的に、かつ正直な気持ちを話すしかないのか。
ありのままの当時の気持ちを素直に言うんだ。
「あの時、フェリナに自我があるかどうか半信半疑で………酔っぱらったアレーナが通りかかっていてイベントに巻き込まれるのが怖かったんだ」
「………?」
「服選んでくれる時からずっと違和感がしていて………それに、どうせ元の自我のないフェリナに戻るって勝手に確信していて見捨てて逃げたんだ。ごめん」
あの時の気持ちを全部言葉にして目をぎゅっと閉じる。
どんな裁きだろうと受け入れるというオレなりの覚悟の表れだ。
「そうだったのね………」
「許してなんかあげないわ」
とても冷たい、突き放すような彼女の言葉。
しかし何故か唇から暖かい温もりが全身に広がっていく。
「今度埋め合わせのデートして……いい?」
「わ、わかった」
勝手にデートの約束が取り付けられた。
満足がいったのかそこでやっと氷の首輪が外される。
本気で怒っていたわけではないという事が気づかされる。
何気に緩めにしていたし、首まわりのところは安全とか気にしたみたいに柔らかくなっていた。
まあ、引っ張るときはさすがに痛かったけど。
「ちょっ、アレーナ」
「もう僕の元に戻ってね? リオ」
「あ、アンタね………………!」
アレーナにグイっと腕を引っ張られるがままに抱きしめられる。
続けて耳元にアレーナの顔がグイっと近づく。
「………っ!?」
「怖かったねーよしよーし、もう怖くないからねぇ」
アレーナの息遣い、ヤバい………。
数日前まで男のふりしてたってのがまるで嘘みたいだ。
いや、むしろ男のふりし続けたせいで初心なのに男心の機微に詳しくなったってところか。
「ねえ、リオ」
「昨日のメイドちゃんとのひと時、楽しかった?」
「………っ!?」
耳元で昨日の昼間を囁かれて身体がブルっと勝手に震え出す。
フェリナでもなくこいつにバレてるとは微塵も思ってなかった。
まさかこいつ、尾行してたのか?!
「まあまあ起きちゃダーメ―♡」
「もがっ!?」
問いただそうとしたところ、後ろから膝枕されたまま抱きしめられたせいで乳圧で気持ちとは裏腹の悲鳴が上がってしまう。
歯医者で男が抱く下心全開のような姿勢っぽく抱きしめられている。
「ねえ、早く僕が最高だったって言って? 僕しかないって、あんなのただの遊びだって言って?」
「もががっ………」
「ちょ、ちょっとリオが苦しそうじゃない」
「僕は彼の色に染まり切っちゃいたいだけだよ? だったら、彼も僕一色に塗り替えしちゃわないと公平じゃないよね」
引きはがすためフェリナにグイグイと下半身が引っ張られているがアレーナの抱擁が思ったより強すぎるせいで簡単に抜け出せない。
さっきのストーカーをほのめかす発言といい、今の発言といい。
間違いない。
こいつはヤンデレだ。
あえてタイプ分けするなら対象と一体感を重んじる方………崇拝型の最終バージョンか?
で、おそらくだがフェリナは相手の好みに合わせていくタイプ………軽度のヤンデレといったところか。
いや、さっきの首輪の一件がある。
監禁型の素質も抜群だ。
何かやっちゃった日にはきっと外部とは断絶される。
まあ、この歪な世界じゃ既に囚われているって言っても無理ないかも。
「ぷはっ。はー空気が美味しい」
「よかった………無事みたい」
フェリナの助力あってなんとか乳の巣窟から脱出できた。
あと数分潰されていたら死んでたかもしれねぇ。
揉む分には素晴らしいアレーナの隠れ巨乳。けれど殺傷効果付きだ。
なんておぞましい身体(物理)なんだよ。
大きすぎもよくはないっと。
「ほら、今度はこっち」
ぽすっという音と共に今度はフェリナに優しく抱きしめられる。
「脱出できてよかったわー。さっきは首輪なんか付けて怖い思いさせちゃってごめんなさい。捨てられたのかと思って焦っちゃっただけだから」
頬っぺたにチューってされた。
どうやらフェリナは唇つけるのが好きみだいた。
自分のモノという証がつけたいのかはたまた衝動任せでやってるのかは謎だけど………とにかく可愛いからよし。
毒ばっかまき散らす悪役令嬢にもこんな一面があったのか。
「ズルい。僕もやるからちょっと退いて」
「嫌ね、勝手にすれば? ちなみに魔法なんか使ったらパワハラで殺すから」
「先に使ったのは君って自覚しようね? 他人事にもほどがあるんじゃないかな」
反対側からギュッと抱きしめられる。
「ああ、リオ………リオ………」
ギュッと抱きしめられたまま、温かい何かに半身が包まれる。
「あっついけどぉ?」
「僕は炎魔法が得意だから。上手く眠れるくらいの温度まで上げてみたけどどうかな」
「急にそれ、かんけい、が………」
心地よすぎてアレーナの言う通り眠気に襲われる。
睡眠系の、炎魔法なんか聞いて………。
「ふふ、おやすみね。リオ」
その一言に揺らめくろうそくをじっと眺めてるかのような安堵感が身体中に広がり、僅かながら残されていた虚脱感が触発されてあっという間に睡魔に落ちてしまう。
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