第7話 恒例のパーティー……なのか?

「死ぬ………」


世界の真実を目の当たりにし、童貞卒業が果たせたあの日から二日後の朝。

次のイベントがないか見てまわろうとしたオレだが、それどころではない。

家の前でぶっ倒れた有り様で、現在命レベルのピンチに直面している。


「イベントがないとこは動かないってこんなリスクがあったか」


目先の男らしさに目が眩みすぎたせいで状況のリスクの把握まで頭が追いつけなかった。

人々が動かないというのは言い換えると能動的にならざるを得ないということ。

突き詰めると生き物が存在するための材料————水やら食物やらも自分で調達する他ない。


一昨日と昨日はそれに気づけないままイベントがないか街中をほっつき回っていた。

気がついたのは空腹で目が覚めたつい先ほど。


「まあ、早めに気づけたところ何か変わっていたわけないか」


シニアは現在機能しておらず、屋台も飲食店もやってない。

民家に襲い掛かるのは野蛮すぎるのでアウト。

襲ったところで食料があるかどうかすらそもそもわからない。

となると残る選択肢は野生動物を狩ったり河川で釣りや水汲みなどいかにもゲーム序盤のクエストっぽい行動しか残らないものの………。


「転移して今まで野生動物なんて見たことないんだよな………」


リ・バキュー王国の付近には数々の山やら谷がある故に敵国からの侵略がままならないという地の利があるというのが公式の設定だ。

首都のシニアにも小山がある設定が付いており、その小山は偶然ながらオレの住む小屋がある丘まで続いていた。

好奇心で探索に赴いたものの、野生動物一匹すら見つからない。

浮かぶ言葉は冗談抜きで八方塞がり状態。マジの命の危機、瀬戸際。その他数々の縁起の悪い言葉。


「脱童貞の次は死か」


童貞捨てられれば悔いは残らないって散々言ってたけど、どうやら無知ゆえの強がりだったみたいだ。

何もなせなかったからかどうかも胸の奥からこみ上げる感情の波でよくわかんないけど。

とにかくめちゃくちゃ悔しいし悲しい。


「もっと色んなとこ、行ってみたかったなぁ………」

「ギュー?」

「んあ? ギューできる状況ではないって見ればわかるだろ?」


頭上から聞こえる鳴き声に素っ気なく返す。

こっちは今死にかけてるんだ。ギューどころか見上げる力すら残ってない。


「ギュ、ギュイィッギュー!」

「何なのお前。こっちは空腹で倒れてんだよ………」


ダメだ。しゃべったら余計疲れてきた。

でも死ぬ前に声っていうかとにかく音声が聞けて嬉しい、かも。


「ギュー!」

「おわっ!? ってなんだこれ?」


勝手に覚悟決めたタイミングで目の前でギューギューって鳴いていた何かが丸い何かを地面に転がして渡してくれた。


「丸いな、錠剤ではないか。食べていい物か?」

「ギュー!」


姿形すらわからないそれの返事は何故か『大丈夫!』って感じで聞き取れた。

どのみち空腹で死ぬんだ。

最悪はすでに決まってる。一か八かやってみるか!


「ゴクッ。うぶっ、まっず………」


元の世界では味わったことない種類の苦さだ。

とにかくクソまずい。

独特な香りだけどそれが加わって余計苦く感じる。


「なんてもの食べさせるんだ!? クソ苦いじゃん!」

「ってあれ、回復してる………」


反射的に立ち上がったのが自分でも不思議でついつい身体のあちこち動かしてみる。

つい数秒前とは違って身体に力が溢れている。

なんなら転移した当初よりも、その前よりも軽いみたいだ。

これが俗にいう『身体に力がみなぎっている』というやつか?


「良薬、口に苦しって本当だったか、ありがとう。ってうわ!?」

「ギューいっ!」


先ほどから独特の鳴き声をしていたそれに顔合わせて感謝の気持ちを伝えたけど、見た目に驚いて一歩下がってしまう。

そんなオレがおかしいのか首を傾げて見せる。


「丸いやつ渡してくれたのはお前で合ってる?」

「ギュー!」

『そうだよ!』って言いたいのか元気いっぱいにそれが羽をばたつかせる。

「そ、そうか。ありがとうな」

「ギュ!」


今のはどういたしましてって意味合いかな?

命の恩人への態度ではないって我ながら思う。

だけどさ、もしもだ。

自分を助けてくれたのが己と大した変わりない大きさのスズメバチだったらどう思うか。


普通にビックリすると思う。恩人?恩虫?であっても見た目やら今までの常識やらでそんな反応になるのも不思議ではない。

ピンチに駆けつけてくれたのが顔面にでっかい傷跡入っていて真っ黒なスーツ着こなしている男って例えればわかりやすいか。

とにかくそういうノリで、反射的に一歩下がってしまった。


「せっかく助けてくれたのに悪いな。見た目に怯えて半歩下がっちゃった」

「ギュ!?」


このまま黙ってるのは良心の呵責がやばいので伝えることに。

目の前の蜂は『え、ウソ!?』ってビックリした反応だ。

あ、地面に落ちちゃった。


「ギュー………」

「えっとさ、もしかしてだけどお前、オレの言葉がわかるの?」

「ギュイ!」


めちゃめちゃ意思疎通出来てるって思ったら本当に出来ていた件。


「すごいな。じゃあさ、助けてくれた恩を返したいけどなんかやって欲しいことあるの?」

「ギューギュー!」

「えっと………ギューして欲しいの?」

「ギュー」


違ったらしい。前足使って器用にバツの字で返答してくれた。


「ギュー! ギュー」


おっ、なんか今ので目の前のやつの意思のような物が流れこんできた感覚がある。

一人で勝手に納得したふりするのは返ってダサい。

声に出して直接確認してみるか。


「『帰りにいつも楽しそうな笑顔してたし私も連れて行って』かな?」

「ギュ!」


今までの鳴き声の中で一番嬉しそうな『ギュ!』いただきました!

声に出して正解だった。

どうしようか、なんて最初から決まっている。


「いいよーこれからよろしくね? ハチ公」

「ギュ!」

「ひぃ………ってあれ、意外とモフモフしてる」


嬉しさが抑えきれなかったらしくそのまま抱き着いてきてビックリした声が出てしまったが、違う意味で再度驚いてしまう。

こいつ、見た目に反して意外と軽いしモフモフしている。

好奇心を堪えきれず抱き返したら子犬のような柔らかく手に吸い付く毛ざわりに似た感触だった。


「じゃあ行くか、今日も憧れのヤリチンごっこ再開だ!」

「ギュ!」


力強いオレの号令に続きハチ公がソフラノの独特の鳴き声で返してくれた。

これでこそ異世界だ。

『ハチ公が仲間になりました』というアナウンスを勝手に脳内でつけて今日の目的地へ向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る