第6話 (フェリナ視点)咲き誇る毒色の黒薔薇
「大好きだよフェリナ」
意識が浮上したのはそんなありふれた陳腐なセリフが鼓膜に掠めた時だった。
(抱きしめられているのかしら………わたしは)
次第に自分が強く抱きしめられているのが認識できた。
今度は唇が無理やり重ねられてしまう。
はっきりしない意識、送り込まれる初めての感覚。
「チュッ………れろっ、意外と唇こじ開けるのって難しいな………」
半ば夢を見ているような感覚。
目の前の少女のような短髪の子が下顎引っ張る要領で口をこじ開け、舌が捻じ込まれる。
初めてなのに不思議と怖くなかった。
怖くないというよりどこかぼんやりした感覚が続いている。
「っぷはぁ、ふぅ………ファーストキス、あげちゃった」
「愛してるよフェリナ………高圧的な態度に隠した脆いキミも、本当は誰よりも寂しがりな弱いキミも、親のためを想い憧れすら捨てられた誰も知らない一面も好きだよ」
(え………)
どうしてこの子は誰にも見せてないわたしを知っているのかしら?
本来は怖いはず、見ず知らずの初対面の人にいきなり仮面の中の素顔を言われたものだから。
だけど、不思議と怖くなかった。
「本当はアレーナなんか比じゃないくらい繊細なキミも大好きだ。オレは全部知ってる、大丈夫。全てオレに委ねてくれ」
(また“大好き”って言われちゃったわ)
この言葉が鼓膜を掠める度、脳がクラクラしてしまう。
初対面のこの人にこの言葉を聞かされる度、胸がとても暖かくなる。
ぼんやりとしたまま脳裏に浮かんだ痛みに行為が始まったのがわかった。
目の前の少女っぽい顔のこの人が男だって知って何故か嬉しいという感情が芽生える。
拙い腰の動き………。
(初めてが交換できたのね。嬉しい)
夢見心地のままそんなことを思ってしまう。
それからしばらく行為が続いた。
いっぱい『大好き』とか『愛してる』とか言われたけど一番嬉しかったのは他ではない。
『人一倍感傷豊かだけどそれを隠そうと毒撒くキミも好きだけど、他人のためあえて悪役っぽいポジションで嫌われ役になる強い部分含めて大好きだ。でも自分を犠牲にして欲しくはないかな』
(あっ………)
わたしよりわたしを知っている優しい言葉に、自分のきつい一面を知ったうえで受け止めてくれた言葉にこの瞬間、間違いなくわたしは救われた。
意識がはっきりした時にはその人の姿はどこにも見当たらなかった。
ただ室内を照らす二つの月明りがわたしの心同様………とても寂しく見えるだけ。
「ここ、は」
最後の記憶だった結婚式という名ばかりの婚約破棄の時に来ていた紫色のドレスが雑に着せられている。
何故かすーすーする感じがする胸元に手を宛がうと案の定、下着はつけられていなかった。
「ふふっ………♥」
そういえば別れ際、額にキスされたかしら。
確証があるわけではないけどわたしの全身から『キスされてましたの』って告げてくれるみたいに額が熱い。
「とっても濃い物を頂きましたわ。ふふっ」
『フリーズ』
詠唱で体内に残るあの方の温もりを閉じ込める。
「わたしから離れられると思わないことね。わたしだけの王子様ぁ♥」
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