第5話 乙女ゲーに転生した鬱憤、晴らすぞ!!

「さてと………あったあった、ここがフェリナの部屋か」


城内を一周してようやくフェリナの部屋にたどり着く。

ゲームではどこの何階にあるって描写はさすがになかったためちょっと手こずったもんだ。


「へいーそこの嬢ちゃんー? かーいぃねぇ」

「………」

「人間が瞬き一つしないって案外不気味だな。うっわ肌めっちゃもちもちしてる」


ただベットで両手揃えてじっと座っているだけのフェリナに近づき、頬っぺたをぷにぷにし始めた。


「触り心地いいなー。どんな化粧品使ってたらこうなるんだろ? 教えてフェリナ」

「………」

「まあ言えないか。もぬけの殻ってわけだし」


早速抱き着いて匂いを肺いっぱいに取り込む。


「女の子って本当にいい匂いするんだ………今まで妄想だろって思い込んでた。叩いてわりぃー全国のシナリオライターさん」


そんな今更過ぎる自己反省を口にしてフェリナをさらに強く抱きしめる。


『イベントがなきゃ動けない』って仮説の段階で立てた素晴らしい計画。

ただいまそれを実行するためフェリナに抱き着いたわけだ。


「魂もないし動かないなら………何してもいいだろ?」


倫理的に——とかモラルが——とかの前に、ここはゲームの世界。

しかも動く人間ではないイベントの時だけ決まった行動を取るNPCのようなもの。

いわば人体の感触に百パーセント再現した機械とも言えるだろう。


「これでオレの童貞とはさらばか………長い付き合いだったな」


ぐっと力強くフェリナを抱きしめ————優しく後ろのベットに押し倒す。

第三者からしてみれば女の子が女の子を押し倒したみたいになっているだろうが、残念なことにオレは男だ。

オレの中で一番男らしいって思える行為————キスとその先のワンステップが出来る。


「大好きだよフェリナ」


チュッとフェリナの唇に己の唇を当てつつ、耳元にそんな心にもないことを囁く。


「チュッ………れろっ、意外と唇こじ開けるのって難しいな………」


右手を添える要領で顎をぐいっと下げると少しは開けやすくなった。

舌を入れて初のディープキスを堪能する。


「っぷはぁ、ふぅ………ファーストキス、あげちゃった」

「愛してるよフェリナ………高圧的な態度に隠した脆いキミも、本当は誰よりも寂しがりな弱いキミも、親のためを想い憧れすら捨てられた誰も知らない一面も好きだよ」

「本当はアレーナなんか比じゃないくらい繊細なキミも大好きだ。オレは全部知ってる、大丈夫。全てオレに委ねてくれ」


ゲームでわかる情報からヤリチン如く手慣れた感のあるセリフを呟きながら、フェリナの服を脱がしていく。

こうして長い夜ならぬ長い昼のひと時が流れていった。


「っんあ? 寝てたか」


意識が覚醒して伸びをすることで身体中の眠気が吹き飛んでいく。


「やっちゃった………」


はっきりした意識の元に訪れたのは爽快感ではなく罪悪感というより何とも言えない感覚だった。


「虚無感か虚脱感に似てるな。これは」


言葉にしたらそれだといわんばかりにスッと胸に染み込む。


「動かないNPCと初夜ならぬ初昼を過ごせたからか?」


ベットの横に雑に投げ捨てといた服を着つつ虚無感に近い何かの原因を口にする。


「まあ動かない人形………? と初めてを済ませたんだ。というか初めてにカウントしていいのかこれ」


脳裏にアダルトコーナーで見かけた空気嫁という単語が何故かチラつく。

それでやっとこの倦怠感と虚脱感に納得がいった気がした。


「まあっ、覚悟の上だったし………みんなが言う夢のようなひと時ってほどじゃなかったけど満足はしたしいいかな」


窓開けて濁った空気の入れ替えと素っ裸になっているフェリナの服を元通りに着せていく。

史上初めての行為の上、憧れの主人公ちゃんとヤったんだ。気持ちよさやら優越感やら半端ない。


「っと終わった気持ちよかったよフェリナ。大好き」


耳元に囁くと同時に夕闇の紅色の陽光が彼女を両頬に掠めてまるで照れた顔つきが演出される。


「タイミング良すぎだろ。このレア差分が今お目にかかれるとは思えなかった。役得すぎるだろ」


窓を閉めてカーテンも掛けた。

よし、残りは帰宅するだけだ。


「じゃあなフェリナ」


チュッとおでこにキスして部屋を後にする。


「身体がだるすぎる。エッチなゲームの主人公って化け物しかいなかったか」


そういうゲームの主人公は化け物とか人間じゃないとかそんなセリフが浮くたび『そんなに?』って内心、疑問に思ったけど、やっと得心がいった。

慣れない動きのせいか腰が痛い。

身体中が何故か軋むような錯覚を覚える。


「初めてだった分力み過ぎか………ってほんと初めてでよかったのか?」


王城を後にすると先ほどの虚脱感より未だ僅かに残っているモラルに不安になる。


「そもそも初めてじゃないってなっても人間じゃないんだし………エンドレス初見ってコト!?」


今のはさすがにクズ過ぎたかも。

ハーレム作れるって息巻いてたものの………結果はご覧の有り様。これじゃただのヤリ〇ンクズ野郎じゃねぇか。


「それ目指すのもアリかも」


目から鱗が落ちるとはまさにこのことか。

そうだ、突き詰めると『男らしいこと』がやりたかったんだ。

キスとかエッチな行為はその頂点に君臨する行為に違いない。

それを常時やれるハーレムに痺れたわけだが、ヤリ〇ンも紙一重の違いではないだろうか?


「さらにヤリ〇ンが目の敵にされる理由の一つ————被害者が生まれない」


体温はあるが意思も、先ほどのフェリナの感じからして魂があるのかがそもそも怪しい。

誰にも迷惑がかからない。

イベントはしっかり動くだろう。そこでオレはちょこっと“おすそわけ”してもらうだけだ。

まさにいいことづくめだ。


「次のイベントは何だったかな~」


そうと決まれば後は身体を動かすだけだ。

方針が決まり、軽くなった足取りで誰もいない不気味な街並みを歩く。

嫌がらせみたいに乙女ゲームに転生されたんだ。

これくらいの腹いせはしてもらってもバチはあたらないよな?


————後から振り返るときっとここがゲームで言う分岐だっただろう。

テレビが見れたらきっと星座占いなんかでオレの星座の時だけ『女難に気をつけろ』という旨のアナウンスされたに違いない。

自分にあんな魔法が眠っていたなんて、とか。

知らず知らず自分の手で己を追い込んでいたなんて、とか。

そんなこと知るよしもないオレは夜の帳が降りようとする夕闇のグラデーションかかる空を背に、転移された家へ帰るのだった。

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