第8話 イベントが途中で切れたらどうなるか検証してみた

「なんて息巻いても今日のはそういうのできないよなあ」


シニアのメインストリートを通り、街外れに見える巨大な城が今日の目的地だ。


「オープニング直後は何故か他の攻略キャラが動き出すシーンだった」


乙女ゲー特有のイベント、何故か婚約破棄が噂となり各攻略キャラが主人公を狙って動き出す展開があるのは必然。

この『カノ檻』にも当然それがあった。


計三人の攻略キャラが存在する。

フェリナの元婚約者のアレーナ・ピールス。

腰までくる藍色の髪に女顔と三人の中で一番低い身長。女性より繊細な心が特徴で女顔の男が好きな女性ファンから圧倒的な支持率を誇っている。

『感涙したっ』とか『涙なしでは見れない神ルート』って評判だが、男のオレからすればそこまで………って印象だ。


次にアウロー・トゥゼ。

筋肉ムキムキな見た目通りの脳筋ヤローで、女性の間で一時期流行っていた悪い男属性も併せ持つ。

魔物に襲われても千切れないらしい鋼の肉体が特徴らしいけどあいにくオレは男だ。こいつのルートではその隣に常時しているメイドの見たさでやった覚えがある。

それを除いてみてもこいつのルートは無い扱いしている人が多い。

筋肉フェチの女性の間でひっそり推されてるくらいの認識。


次のミウ・シュデハ。

緑色髪にメガネ付けた長身な見た目通り、男からしたらいやらしく皮肉ったらしいもやし貴族野郎って印象だ。

キレのある頭脳の回転が特徴で、こいつのルートで例の『百の門番』が登場する。

女性からは『悪役令嬢の扱い方に精通している神ルート!』などで好評されているが、男性のオレからすれば最悪のルートだ。


「見れる女キャラがフェリナしか出ないのはどう考えてもバグだろ」


策に長けてるだ乙女心なんか染めてみせるだか二の次だ。

肝心の女キャラが極端になさすぎる。

女性プレイヤーにとって『ご褒美』は男性プレイヤーには『地獄』になる。

最後まで『他に女キャラのCGはないのか』とどれだけ血の涙を飲みながらやったことか………!!!


「飛ばし飛ばしでやってたから内容もちんぷんかんぷんだからなあ。これは少しまずいかも」


こいつのルートにも美味しいとこがあった気がするけど。

おっと少し逸れたか。

とにかくそんな三人を交互に映して、プロローグから物語は晴れて共通ルートに差しかかる。


「だからあの顔が見たくて向かってるわけだけどなあ」


そう。婚約破棄の噂が広がり、遠目で見ていた二人の攻略キャラもこれがチャンスと言わんばかりに我先にと動き出すシーンである。


「アウローとミウから順番に映してフィナーレは婚約者のアレーナだ。今回もタイミングがばっちりと合ってくれたらいいのになあ」

「ギュイ?」

「後で説明するから着いたら静かに————しなくていいか?」


動きを止めた状態では何しても反応が返ってこないのは確認済みた。

そこで初日に屋台のおっさんからサンドイッチ買ったのを思い出す。


「話かければ普通に会話は成立するけど騒音って言うか、外部からの音はどう処理されるんだろ」


まあ、それ込みで楽しむのもいいだろう。

ハチ公には念のため小さくなってもらったけど(無茶ぶりのつもりが普通に叶えてくれた)相変わらずシニアは機能を停止していたためその必要はなかったかも。


「楽しませてもらおうじゃないか。悪役令嬢を手に入れる決意する場面をよ」


「くっ………この僕が、僕とした人が………!」


街外れにある城、アレーナの屋敷に侵入するとイベントの終盤に差し掛かっていた。


「ひと時の感情に飲まれてあんな事を口走るとは………男の恥だ」


つい数日前の婚約破棄についての後悔を口走っている。

終盤どころかセリフが後ひとつふたつくらいしか残らないタイミングで着いたらしい。


「ギュー?」

「降りてもいいよー。でも大きさはそのままでね」

「ギュー!」


ハチ公が嬉しそうに頭から飛び降りてどっかに飛んでいく。

どうやらこの城の中身を見てまわりたいらしく、近くに着いたあたりから頭に乗ってきてポンポン叩いてきた。


「力の加減ができたっけ、スズメバチって」


あのサイズからして虫ではなく魔物っぽいけどまあ危害どころか恩人なわけだしいいけど。

オレとほぼ等身大サイズのまま頭に乗せるのは無理があったため頭くらいのサイズに縮んでもらっていたのだ。


「ナイスだハチ公、ありがとう」


どっか行ったので聞こえないお礼をわざわざ口にする。

今のハチ公のおかげではっきりした。


「こちらから直接話しかけない限り、イベントの最中でも動かないっと」


正確にはこちらから何かアクションがない限り、向こうのリアクションがない。

主人公の元婚約者の家だ。案の定警備は存在していた。

どうすればいいか悩んでいると、ハチ公が先に正門から入ってくれたおかげでこの事実に気がついたわけだ。

オレも普通に正門から入れたし。


「どうやら完全にイレギュラーとして処理されているらしい」


城内に入って検証のためわざと音を立ててみても反応はゼロ。

意図を汲み取ったハチ公が警備にわざとぶつかったところでようやくリアクションが得られた。

それもぶつかった当時だけ。視界から見えない位置に行ったら警備の人は元の行動に戻ってしまった。


「この先、僕は一体どう振舞えばいい。どんな顔して学園で顔を合わせればいいんだ………!」


フェリナ視点に変わる前の最後のセリフがちょうど耳元を掠めて目の前の茶番に引き戻される。

フェリナから言われたことが頭から離れずくよくよし始めるあたりからフェリナと再び婚約するというアレーナの気持ちがひとつひとつ丁寧に描写されるのがこいつ視点の冒頭だ。

男らしさの無い見た目や声に昔からコンプレックスを抱えていたオレが唯一深く共感できたシーンであり、プレイヤー視点とはどう違うか見てみたくて来てみたけど。


「つくづく損した気分だな」


はあ。とため息が勝手に漏れ出てしまう。

面白い場面なんかひとつもなく、フェリナを手に入れると息巻いた次の、主人公との接点に悩み始めるクソつまんないシーンが見せびらかされただけ。

完全に出遅れてしまったか。

これなら一日くらい家でのんびりするか、食料探しにでも行ってればよかったのでは?


「………は?」


城内観光しているであろうハチ公を迎えに行こうとした刹那、突然に事は起きた。

つき先ほど人間らしく悩み苦しんでいたアレーナの目からみるみる生気が消え、その場でばたっと倒れてしまう。

ここまでならまあぎりわかるラインだが、驚いたのはその次の現象。

両肘に手をかけた姿勢でベットに腰かけている。

先ほどの苦悩も身動きもまるで嘘だったかのようなシーンジャンプ。


「イベントが終わったらこうなるのか………なるほど………」


いや不気味すぎるだろ。

思わず一歩後ずさってしまう。

魔法みたいな不思議な力も何も介入してない。

なのに突然ガラッと場面が変わってしまったんだ。


「生気ない目はデフォなのか………怖っ」


あまりの不気味さにブルっと身震いしてしまう。


「見てるだけってのも目の毒だしベットに運んでやるつもりだったけど………」


手間が省けたのを喜べばいいのやら、ゲーム世界の不気味さに怖がればいいのか。

感情どころか頭が追いついていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る