第11話 ゲームで言う回避不能イベント

「お前はあの………フェリナ・ピールスで合ってるのか?」

「そう申し上げたばかりですが………もしかして耳が不自由な方かしら」


事実を元にすぐ人を煽るような毒つきっぷりまで間違いない。

この『カノ檻』の主人公、フェリナ・ピールス本人で間違いないか。

………あれ?

今、妙なこと口走ってなかった?


「イイナズケ?」

「鼓膜は壊れてないみたいなのね。よかったわ、魔法使うところだったもの」


やれやれといった感じで仕方なさそうな顔つきで頭をブンブン振るう孤高の悪役令嬢様。

むむっ。


「実際に言われるとムカッとクるとこあるな………このクソ令嬢」


カノ檻ではこいつ視点の展開が多い上、心情も細かく描写されてる分スッキリする場面が多い。

相手する側になってみれば心情も推察に頼るしかないし、計り知ろうとする前に既に爆弾が投下されたようなもの。

そりゃあムカッとするわ。


「………へ?」


やべっ、ポロっと声に出しちゃった!?

慌てて口を塞いでみても時すでに遅し。

ここんところろくに会話できる人間がなくて思ったことそのまま声に出す癖がついていた気がしたけどそれが仇になった。

フェリナの特徴はその常軌を逸した毒舌もそうだけど、人々に何より恐れられている理由は売られた喧嘩は買うひねくれた強い性格だ。


陰口叩かれたら相手は目の前でメンタルズタボロになるまで潰すし、直接叩かれたらまあ、魔法が飛んでくる。

ようは今どきあんまり流行らないパワー系ヒロインだ。


「………どうしてそんなこと言うんですの?」

「ふぇ?」


で、オレは目の前で彼女を叩いた。つまり直に魔法が飛んでくる。

直感で顔を隠したままうつぶせていると、オレの予想はあっけなく裏切られた。

魔法の代わりにやっと絞り出したかのようなか細い彼女の声に間抜けた声が出てしまう。


「ね、ねえ………言ったら、直す、から」


いつの間に近づいてきたのか、弱々しく服の裾が掴まってきてそう続ける彼女。


「やなとこ、直す、から、だから………嫌いに、ならないでいただける………?」


瞳にいっぱいの涙を貯めた彼女は今にも消えそうなか細いソフラノ声。

そんなゲームでは一度も見たことない弱々しい彼女に困惑してしまう。


「嫌いにならないから安心して」

「じゃあ………!」

「そもそもオレ、お前のこと知らないから」

「はあ?」


逆に言っちゃえば好きでもない。

間違いなく受け答えができるのはどういうわけか知らないが………好きになるのも嫌いになるのも相手と時間を重ねていく上で芽生える感情だ。

オレとフェリナの間に積み重なった時間は存在しない。


「なるほど。そういう意味の『知らない』ですのね」

「はぇ………」

「わたし、こう見えて読唇術が得意ですの。少々孤立しやすい性格ですので、身を守るため学びましたわ」

「そうか………」


独り言にならないよう必死に抑えたけれどこちらにやってきて出来た癖みたいなものだ。

声は抑えられたけど、無意識のうちに唇が動いたらしい。

一朝一夕どころか一瞬では直せないか。


「ところであなたの名前は伺えてなかったのだけれど」

「ううん、あなたのお名前教えていただけるかしら」


オレが言ったところ、要するに『高圧的な物言い』を直そうと言いなおしたらしい。


「リオ・タチバナだ」


本名を素直に教えるのもなんか癪だったし、教えたところで意味があるかどうかも分からない。

よって偽名を名乗ることにする。

まあ、ただ名前と苗字が逆さまになってるだけだけど。


「リオが名前なのかしら、ふふふっ」


ギュッとフェリナに抱きしめられた。


「ところでさ」

「ええ。何かしら?」

「イイナズケって何?」

「あなたの将来の奥様になる人のことよ。知らないのかしら?」

「えっ」


ギュッと抱きしめていた細いフェリナの腕に幾分か力が増した錯覚がした。


「本当のわたしを見てもガッカリしたりせず、むしろ寄り添おうとしてくれたんだもの………夢のようなひと時だったわぁ」

「………!!!」


主人公ちゃんがこんなシステムから外れたところにどうやってという意味でこいつにずっと聞いていたけど、履き違えていたのはどうやらオレの方だったらしい。

今の一言でハッキリわかった。

このフェリナ・ピールスはNPCではない。

しっかりとした意識が、自我がある存在だ。


「逃がさないわ」

「くっ……!」


反射的に腕の中から逃げようって算段なんかすでにお見通しと言わんばかりに床に押し倒されてしまう。

尻もちつくのは初めてだったけど案外痛くない………。


「っておい!?」

「ふふ、女から積極的に行くって少々はしたなく見えるかしら」


身体に跨ってきては妖艶な笑みを携えて嬉しそうにいうフェリナ。

まさに上からの目線そのもの。


「もうすぐ夕方よ。ひとりでどこに行こうとしているのかしら」

「………街に決まってるだろ」


腹と下半身の境目にまんべんなく当たる彼女の柔らかい感触。

それに興奮するなって無理な相談だ。

こうして押し倒される想定がなかったわけでもないし、妄想では即跳ね除けて我が道歩む男っぽさを披露していたもののそれも所詮は妄想の域。

むしろ一回身体を重ねた経験があるからこそ咄嗟の生理反応を悟らせないように必死になっていた。

その中からなんとか理性を捻り出したら事実がぽろりと口からこぼれてしまう。


「こんな時間に出るって正気かしら」

「って今の言い方じゃ元の木阿弥よね。ごめんなさい、あなたも知っていると思うけどシニアは夜の治安があまりよくないから心配になったの」

「はぁ………」


フェリナの言う通り、カノ檻の首都であるシニアは控えめに言ってあまり治安がいい街ではない。

昼は女子も普通に出歩けるが、夜になると百八十度様変わりする。

ファンタジー世界のお決まりイベントのひとつ。夜になると魔物が………!などではない。


近くに拠点があるらしき盗賊による人身売買及び殺害事件。

こういう大都市の裏にあまりにも似つかわしくない闇を敢えて配置しつつ、メインシナリオでは共通のワンシーン以外それらを匂わせない。

よって『主人公と攻略キャラは夜に会えない』設定を与え、エロい路線から思考を離脱させといては誰かのルートでそれを上手く活かしてそういう描写に拒否があるファンも確保する。


………というつもりだったらしいけど『主人公と攻略キャラが夜は会えない』設定なんかいつしか忘れたのか共通ルートの途中から平気で夜に主人公呼び出すし、なんならアレーナのルートは大半が夜だった記憶がある。

フェリナが心配するのも無理はないけど驚いたのはそこではない。

あのフェリナ・ピールスが謝ったことだ。

しかも他人に気を遣った言葉まで添えている。


「心配してくれただけでしょ? それよりどいてもらえる?」

「退いたら行っちゃうでしょ?」

「そりゃまあ………」


夜のこの街なんか見た覚えがない。

フェリナとやった日もアレーナとヤった日も夕方には返って来ていた。

昼の賑やかさの残る街は初日に拝められたわけだが、魔法によって煌びやかさのある夜の風景はまだこの目で見てない。


それっぽく言ってみただけ、要は『まだ見てないゲームの風景が見たい』気持ちでいっぱいだった。

だが、それらすべて目の前のフェリナに素直に報告する義理も道理もないのも事実だ。

よって、顔を反らして皆まで言わせんなと行動で答える。


「………わかったわ。あなたがそこまで言うなら」

「話が分かってもらえたみたいでよかった」

「そこまで言うなら………わたしが同行するわね」

「ええええええええええええ」

「許嫁を置いといてひとりで行かせるわけないでしょ? 拒否は許さないわ。わたしをこんなにした責任、きちんと取ってもらうわ♪」


そのまま頬っぺたにチュッと唇を落とされた。


「安心して頂戴、わたしを救ってくれたあなたに指一本触れさせないから」

「は、はは………」


耳元にどこか艶がある声で囁かれて拒否権なんて最初からなかったことに気づいてしまう。

何の因果か彼女の意識が芽吹いたのか、どうしてオレとの行為を覚えているのか疑問は絶えないが………。


(ま、いっか。仲間が増えるのはむしろ願ったり叶ったりだ)


こういう急遽強制異変動(イベント)が取り付けられた。

これもまた異世界の醍醐味ということで口に出さないままフェリナとの同行を静かに決意するオレだった。

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