第10話 異変妬(イベント)
「よかった………ちゃんと機能してくれていた………」
開口一番に心の底からの安堵の言葉が漏れ出た。
アレーナの真実に立ち会った翌日。
今日はという願いを込めて街にやってきてみたら時間停止系のエッチな動画のような昨日までの不気味なゴーストタウンはどこへやら。
ここへ来て肌で感じた街の喧噪に、身動きする人たち感際まって胸を撫でおろしていた。
「ひとまずは食料リサーチと調達かな」
感動をグッと抑え込んでひとまず目前の目的であるリサーチに当たることに。
「イベントがないと街全体が機能しない………第一優先はやっぱ保存食か」
この世界の特徴は“イベントが起こらないと街すら機能しない”である。
したがっていつどんなタイミングで昨日までの灰色のゴーストタウンに逆戻りするか、それがどれくらい続くか予測がつかない。
「料理の才能もないからなあ………」
小屋に調理器具の一式は何故か揃っていた。
料理ができる前提で呼びつけたんだろうがあいにくオレの料理は絶望的だ。
「ここが男向けの世界だったら料理作ってくれるヒロインとかあったかもだけどなあ」
だから保存食しか選択肢は残ってない。
イベントを目前にして突然ぶっ倒れたらたまったものじゃないんだ。
備蓄があるに越したことはない………か。
「こっちの料理も普通に気になるけど———」
『カノ檻』は他の国をも追随する非常に優れた美食が特徴って公式サイトの舞台説明コーナーにも書いてあるくらいだ。
初日のサンドイッチでそれがただただ捻り出しではないってわかったけど………。
「背に腹は代えられないか」
異世界の食事が画面越しならぬ目越しで食べられないとか辛すぎる。
だが現状ではそんな甘い思考が許されるはずもないので断腸の思いでぐっとこらえることに。
「溜めこめる食料って缶詰めとかカップラーメンしか浮かばないんだよなあ」
異世界にそんな現代のチートみたいな食べ物いるわけないか。
「そういえばハムとか乾燥させた肉はかなり長期間保存できるって聞いたことがあったか」
転生する前、たまたまショーツ動画の徘徊してたら“もしもサバイバル状況に追いやられたら”ってたられば系のなんの役にも立たなそうな動画がたまたま流れ込んできてたけどまさかこんな形で役に立つとは。
「人生ほんとわっかんねー」
他にも何があったっけ?
考えろ。異世界物などで主人公がまず真っ先に備蓄する物ってなんだ?
「参考にならないな。チートパワーで大抵は解決済みだし」
それか初期転生ボーナスみたいなやつで大抵は調達出来ている。
頼れるのは己の記憶オンリーか、パワー系ならぬ覚え系か。
サバイバル動画では乾燥した果物やらが挙げられていた気がするけど………。
なんて心の中で色々候補をあげつつ、市内の食物売り場をぶらぶら歩き回る。
「こんな店あったっけ?」
メインストリートから少し離れた奥まったところ。
動物かあるいは魔物か知らないものの足が糸に括られてぶら下げられた店を見つけた。
深紅色の断面によく見るとところところ白い粉が振りかけられている。
ネットで見てた物より数倍グロいビジュだが、間違いない。
ハムだ。
見たところ保存食だけ取り扱ってる店っぽい。
「ハム以外にもなんかないか聞いてみよう」
方針が決まったなら行動あるのみだ。
わけのわからん絵っぽいものが描かれた看板にぶら下がったハムっぽい何かがある店の中へ。
「やべえ、失念していた」
幸いなことにオレの感がしっかり働いてくれたみたいで、食料と水は備えられた。
そう、買えたわけではあるが………。
「金の問題は想定外だったな」
命に直結された目先の問題のせいですっかり頭から抜けていたことに遅れて気付く。
この世界に転生してから金が稼げる活動が何もできていない。
「なんとかなったから当分はいいけど………」
何故か懐に入っていた金貨一枚で何とか備えられたからいいものの………。
「ざっと見て三日で底つきそう」
一番の問題は三日分くらいしか揃えられなかったところだろう。
普段はここまで心配症のように悶々としたりしないが三日後、街が動いてなかったらって考えるとどうしても身構えてしまう。
「ひとまず帰るか………」
ギルドに寄るか一瞬考えたけどやめた。
昨日より虚脱感はマシになって出てきたけど、馴染みのない類の疲労感で感覚がわからなかったみたいだ。
一仕事終えるとどっと疲れてきた。
「シニアに突然生気が戻って来たんだ。何かイベントがあるはずだが………」
食料調達が先だったため追いかけたい衝動をグッとこらえて今も尚耐えている。
「ま、今日くらいはこのままゆっくり休んでも全然いいけど」
納得いかない場面が少々あったものの、当初の目的である食料が確保できた。
かなり満たされている。
まるで童心にでも帰れたような満足感だ。
「満足って言えば………裏設定が気になるな」
内心杞憂していた心配がひとまずもみ消したところで、思い出すのは昨日の出来事。
「まさか女だったかー」
間違いなくこの世界の裏設定か。
「柔らかかったな………思ったより巨乳だったし」
見た目はこうでも所詮オレも男の子。『カノ檻』の裏設定もめっちゃ気になるけど昨日のあの夢のようなひと時の方に気が行ってしまう。
なによりもっとも男らしい行為だったんだ。
「男だと思っていたやつが実は女で、それが気づけた上で甘くところける全肯定の言葉で囁きながら………くうぅー!!」
自分しか知らない秘密っていうのもそそるモノが確かにあるな。
何よりあの弾力だ。吸い付くような触り心地のあのクソでかマウンテン。
「どうやって隠したんだろう?」
裏設定のパワーか何かか?
まあ、楽しい思い出が出来たんだしなんでもいっか。
「あれ、足跡?」
なんて昨日の出来事に思いを馳せながら我が家に近づくと見慣れない足跡に気づく。
寝泊りしている家の近くは当然ながら自然豊かな環境だ。
すなわち靴履いて歩きまわるの人の足跡は残るしかない。
ここに住んでいるオレの足跡なんか死ぬほど残るし、毎日見ているからこそ気づいてしまう。
これはオレの足跡じゃない。
サイズは似ているけど靴そのものの形が違う。
「誰かに………つけられていたのか?!」
シリアス感たっぷりで妄想系あるあるのセリフを口にしてプッって拭いてしまう。
「ま、オレの他にも自我持ってるやつがいたらの話だけど~」
同じところ踏まないで歩く人間なんかいない。その延長で形が変わっただけだろう。
前世のままだったら『ストーカーされた。こっわいー』なんて嬉しさが全開で気色悪いメスボイスでもひとつ披露していただろうけど………。
オチが見えてるネタにはそういうバカ乗りもできないんだよなー。
「ただいまーっと」
誰もいない部屋に挨拶して、靴を脱ぎ中へ入る。
「お帰りなさいませ。随分と遅い御帰宅ですのね」
「………へ?」
両手で抱えていた保存食の袋を落としてしまう。
「あらら、落としちゃうほど嬉しかったのかしら………うふふ」
腰までくる紅と金の混じった長髪をした少女がこちらに近づいてきて、落とした物を丁寧に袋に戻していく仕草。
その光景にただ唖然と立ち尽くすオレ。
信じられない。
というか、信じたくない。
なんでこいつが………ここにいるんだ?
「お、お前は……」
「こうして挨拶するのは初めてですわね。わたしはフェリナ・ピールス」
「あなたの許嫁でございます」
数日前に勝手に初めてを済ませたこの世界の主人公。フェリナ・ピールスが今まで見たことない仄暗い瞳のまま、ペコリとお辞儀してきた。
「これからどうぞ末永くよろしくお願いします♪」
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