第28話 拉致られた

「っ………」


目が覚めたらとこかわからない天井が視界いっぱい広がっている。


「目が覚めましたのでしょうか? すぐお水をお持ちいたしますね」


パタパタとオレを拉致った当人、エナドリがせわしない足取りですぐ水を持ってきてくれた。


「はい、どうぞ」

「………」


まだ意識がはっきりしない。

っていうか夢見心地だ。

現実感がなさすぎる。

ぼやけた視界のまま、水を差しだすエナドリを見やる。


肩までくる黒髪にいつものメイド服だ。

瞳は何故かきらきらと輝いている。

オレが勝手に魔法研究室に連れ込んだ、あのアウロ―のメイドがオレに向けてコップを差し出している。


「オレは、なんで………」

「まずお水飲みましょ? そしたらいくらか目が覚めるかと」

「ざ、っけんな………」


攫った本人が渡してきた水なんか飲めるはずがないだろ。

ここまで手間かけて毒殺なんてないとは思うが………心理的にちょっと無理だ。


「もう、仕方ないお方。そういうところもまた、尽くすに値するってことですよね」

「んぐっ!?」

「んっ……ちゅろっ………んぶっ………」


水が強制的に飲まされた。

しかもマウス・トゥ・マウスで飲ませて来やがった!

そのショックのおかげか目が覚めてきたので慌てて振りほどこうとする。


「何すんだ………ってなんで動けるんだよ。縛られてたんじゃ」

「ご主人様にビンタされてしまいました、傷物にされてしまいました。ぅへへっ」

「なんで戸惑う側と喜ぶ側が変わってんだよ」


期待していたラブコメ定番のイベントと違いすぎる。

おそらくこういうの込みでオレの目を覚ませるための茶番か。

無理矢理水を飲まされたおかげで視界もすっかりクリアになってきた。

さてと。

オレを攫った犯人に真相を聞かせてもらおうか。


「オレが攫われる前の魔法とセリフ………自我はあるんだよな」

「はいっ、ご主人様に賜った魂(いのち)です。一生お傍でご奉仕させてくださいっ」

「オレがやったこと、覚えてるだろ」

「はい。一言一句仕草のひとつまで全部覚えております」

「………くっ」


想定通りの返事が返ってきた。

オレが知らない何かがあってこいつの自我が芽生えた。

で、欲望のまま学園であんな事になったオレに惚れこんでフェリナやアレーナ如く想いを暴走させたあまりオレを拉致した。

——————ってところか、あるいは今度こそ殺すための策略かわからない。

自意識過剰な気がしなくもないけど、とりあえずは様子見だな。


「ならなんでオレを拉致したんだ? そもそも数日前からつけ回ってただろ」


——————六度目の偶然はどう思いますか?


なんて質問、ストーキングしてましたって言ってるようなもんだ。


「え? 拉致なんて物騒な真似、してませんよ?」

「はぇ?」


知らない部屋に連れ込まれて閉じ込められるのは拉致監禁になるんじゃないのか?

オレの常識は古すぎてたりするのか?


「そりゃあ、毒魔法の応用で眠らせたりはしましたけど………そこまでしないと六度目の偶然のインパクトが出せないじゃないですか!!」

「そもそも酷いのはご主人様です。あそこは必然を感じたご主人様がフェリナ様やアレーナ様に“こいつを保護したい”って言う場面でしたよ?」

「何が言いたいのかさっぱりわっかんねーからまとめてくれ」

「要するに私と六度も出会って魔法使ったところまで全て演出です。そのインパクトがより確固たるものにしたさ故に私の私室に連れ込みました」

「なるほど、私室ね」


ってことはアウロ―の自宅かシニアのある一角、または学園の寮って可能性が出てくる。


「じゃあ、これは拉致監禁じゃないのか?」

「ご主人様を拉致監禁するなど滅相もございません。そうだ、もうすぐフェリナ様とアレーナ様がいらっしゃるかと思いますけどその前に何か召し上がりますか?」

「あぇ? そこで怒らないの………?」


当の本人は拉致監禁じゃないと主張しているが、傍からるとれっきとした監禁だ。

少なくとも拉致には該当するはず。

とにかくそういうなんだろう………愛情の暴走? の類で拉致された疑いがどうしても拭えない。


眠らされる前に耳にしっかりと焼き付いた“運命の巡り愛”という言葉。

エナドリは楽し気に目の前でお茶を淹れる準備を始めたけど………裏でどんな激情を持っているか知れたもんじゃない。

攫われた身でも出来ることはきっとある。

命がけでやってみるか。


「フェリナとアレーナに会いたいなあ」

「もうすぐいらっしゃると思いますよ? 眠っている間、ご主人様の身の回りは調べさせて頂きました」

「パーティーにご加入されていますし、すぐ迎えにいらっしゃると思います。その間だけ私にも素敵なひと時を堪能させていただけませんか?」


あれ、おかしいぞ。

重すぎる愛の言葉も鎖も何も飛んでこない。


「いいのか? 永遠の巡り愛のために仕組んだ六度目の偶然が無駄になるぞ?」

「ご主人様はとても心が綺麗な方ですので女性が独占したがるのは仕方ありません。でもたまには私にも温もりを分けてくださいね?」

「オレさ、ひとりで設定の検証に行きたい」

「セッテイノケンショウ………? ごめんなさい、私が至らないばかりに………そうだ、ご主人様ぁ」


「あ、ああ」

「お帰りは徒歩になるかと思ってケーキを焼いてみましたけど………食べますか?」

「食べる―! 大好き!」

「私もお慕いしております。ではお持ちいたしますね」


エナドリが「少々お待ちください」という言葉を残して部屋から出ていく。

これはチャンスだ。


「何が目的で攫ったのかさっぱりだが………やられっぱなしなのもいい加減飽きた」


至れり尽くせりの連続だが、それはそれだ。

どこに連れてこられたのかすらさっぱりわからない。


「フェリナとアレーナも心配してるはず………というか、今度こそ監禁される」


ゾクッとした感覚が背筋を伝ってピリッと前頭葉まで伝わってくる。

二人は間違いなくこちらにやってくるだろう。

一人で抜け出した挙句、裏設定の究明のため出しゃばりすぎたせいで攫われた。


「うん、間違いなくしばらくは出られない」


少なくともトイレが一人で行けなくなる可能性が高い。

拉致したのに何故かここまで持て成してくれるエナドリには悪いが——————。


「姿を眩ませてもらう………?」


ベットから立ち上がり、目の前の門に近づこうとすると足元に違和感を覚える。

そういうことか。


「感覚もなく視認できない鎖か………」


これどうやったら外せるんだろ?


「音すら鳴らないのはどんな仕様だよ、チクショ!!」


足を延ばそうとすると引っ張り戻されるものの、どこからどうやって引っ張られているのかがわからない。

だから解けないんだ。


「お持ち致しました! ご主人さー………」

「ま?」

「あっ」


声がした方向へ視線を向けるとこちらの世界にしかないと描写される果肉が乗っているショートケーキの乗ったトレーを持つエナドリの姿がそこにあった。


「なに、しているんですか………?」



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