第54話 荒唐無稽な妄想って何故か当たる時あるんだな

人気の少ない裏路地に身を隠し、ぴょこっと頭だけ動かして追って来てないか様子だけ伺う。


「ぜっ、はあ、ふーー………」


予想通り誰もついてきてなんかない。

よかった………。


「回復魔法かけますね。じっとしててください」

「おねがいー」


久々の全力疾走だからか?

あり得ないくらい息が上がっている。

追いつかれてないかさっきまで死ぬほど緊張していたんだ。

そんな極度の緊張から一気に解放されたのもまた原因の一つだろう。


「はぅ………ありがとうエナドリ」

「これがメイドの役目ですから」


エナドリからまったく疲れた様子なんか見れない。

むしろ慈愛に満ちた微笑みが顔中に湛えてウキウキとこちらの胸の方に両手を宛がい治癒魔法を使ってくれた。

スタミナが回復されちゃうー!

メイドなしでは人生歩めない身体にされちゃうー!!


「これからどちらへ向かうおつもりですか? ご主人様」


優し気な声音と程遠い質問に胸に広がる薄緑色と違う桃色へ汚されそうな思考ごと掴んで元に戻しておいた。

悟られないよう敢えて咳払い一つ。


「王城だな」


命令か何か仕込み操るやつの八割はたいてい何らかしらの目的があり、その達成のため近くに身を潜める傾向があるなんて古今東西よく使い回される敵のパターンの一つ。

最後のあの攻撃………。

どう考えても焦った印象があるんだよな。


「以外です。てっきりご主人様が転生なさったところかと」

「んにゃ、それじゃ後から現れて目的のモノだけ回収するなんてできないしなあ」


ただのハッタリでしたって空回りオチもあり得る。

遠いところから探すより近めの場所から次々当たって行くのがセオリーだ。


「では向かいましょうか」

「エナドリ………?」


ギュッと腕にしがみついてきて形のいい彼女のおっぱいがぐにゃりと歪む。

め、めっちゃ柔らかい………!


「こう見えて結構ご立腹ですよ?」

「へ………?」


「何かに夢中になっている素敵な横顔も拝見できて、これから私が全力で尽くさせていただこうというところに冷や水ぶっかけられたようなものです。うふふっ………」

「しかもこんなトラブル起こしてご主人様自ら走らせるだなんて、万死に値します」


それっぽい理屈並べ立ててるがどっからどう見ても後者が気に食わないらしい。

いや前者か?

そんなしょうもないこと考えているうちに気がついたら王城の前に辿り着いていたオレ達。


「やっぱりか」


百の門番が守っているはずの王城はその精鋭たちの姿はどこにも見受けられない。


「百の門番が一人もいないって………」

「さっそく中へ行くぞ」

「は、はいっ」


スタスタとふたつの足音だけががらんどうの城内に響き渡る。

ちらほら人の姿は見受けられているがどれも微動だにしていない。


「まるでイベントのないシニアみたいです」

「だな。変なところに流れ込んできたみたいだ」


街全体がしんと静まり返るのはもう慣れたのかなんとも思っていない。

しかしここは妙な胸糞悪さがある。

夜の学園に一人で忍び込んだ時のようにゆっくり這い上がる心理的な何かに近いような………。


「全部探して回ったら逃げられかねません。王室とフェリナ様の個室から充てて行きましょう」

「じゃあ王室から当たるぞ。いいか?」

「はい、ご主人様」


無駄に広い城内へ入って来てひとまず王室へ。

フェリナの部屋から当てるのも良かったが、本能が叫んでいる。

王室にいるからそっち行け、と。


「来てしまったか………」


この王城、前回来た時も思ったことだけど無駄に広すぎる。

廊下も然り各部屋へ繋がる階段も然り。

とにかく広すぎるのだ。

イベントCGに廊下から各部屋へつなぐ通路らしきものの描写がなかったせいで前回はハチ公乗せて死ぬほど歩いてたっけ。

苦労した甲斐あって今回は一発で引き当てることができたってことか。


「見たところ施錠されてないかと」

「んじゃ早く終わらせて帰ろうぜ。クタクタだ………」


なんでここまで疲れているんだろう。

さっき回復してもらったばかりにも関わらず、倦怠感が身体から抜けてくれない。

いかにもザ・王の前なんてアピールするような扉にエナドリと一緒に手を宛がい、同じタイミングで強く押す。

するとでっかい図体に似合わないぎぃぃっ………という音が鳴り響き、やがて扉が開いていく。


「うゎああっ………!!」

「す、凄い。これが、王室………」


『カノ檻』の背景CGトップ3から一度も下がったことないその風景が瞼の裏に勝手に刻まれていく。


「スッゲ………」


画面越しからもすごいって延々言っていた国のマークがあしらわれた旗に奥にポツンと立つ騎士の鎧、その反対側には国王の肖像画が掲げられている。

赤い絨毯なんか使われてる個室を直接見るのは初めてだ。


「キミのこと想ってここにしたんだー。どう、気に入った?」

「長年の夢が叶った気分は気に入ったじゃ表し切れないだろ?」

「おっと、そりゃああたしの不注意かー!! ごめんごめん」


うへへってはつらつな声に似合わないネクラな笑い声が部屋中に響き渡る。

愉快な奴だな。


「姿を現したらどうだ? 声ばっか響いてなんか気持ち悪いぞ」

「ええっ、これどちらかと言うと配慮だよ? ショックでメンタルやられないようにって声だけ響かせてるこっちの優しさが伝わってないのかなー」


今度は心底呆れた感じの声が部屋中に響く。

ついぷっと笑いが漏れてしまう。


「あーっ!! 今笑った、はい笑っちゃいました!! それ結構こころにくるからね」

「いやさぁ? 配慮とかのたまってるヤツが代役使って襲ったりするか?」

「………」


敵の分際で配慮だか気遣いとか言うやつの十割はロクでもないやつって相場が決まってる。

死ぬほど気が合いそうなやつだけど………こっちはこいつのせいで酷い目に何回もあってるんだ。

それどころかデートまで邪魔されてる。


「さっさと出て来い! 今度こそオレの理想のライフのため徹底的に………」

「まさかその理想がパーティーなんか作ってよりどりみどりの嫁たちとパンパンアンアン。なんて言わせないよ」

「っ!?」


真上から飛んできた殺気に慌てて一歩引き下がる。


「………………………へ?」

「ご主人様………?」


上から羽音がして現れたのは一匹の魔物だった。

物凄くでっかいスズメバチの形をした見慣れた魔物。

同じ家を共有する真のルームメイト。

オレがこの世界にやってきて初めて付き合った友達であり、恩人。

言葉は通じないけど不思議な力で脳内へ直接気持ちを伝えてくれる優しいやつ。

勝手に名付けた友達、ハチ公がそこに鎮座していた。


「ギュイッ♪」

「さて、そろそろあたしの番だよね? リオ」


その恩人の姿がハチから人へと変化していく。

赤色の髪に琥珀の瞳、ところどころ金色のグラデーションが混ざる白基調のドレスに身を包んだ一見清楚に見える立ち姿。


頭には角みたいなのが生えている。

見慣れない女の姿に変わったハチ公が最大限怒りを抑えたような笑みを浮かべて、言い放った。


「あたし、浮気だけは許せないから♪」

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