第55話 魔王

「うわき………………?」


何言ってんだよお前ふざけんなっ!!

なんて、能天気に叫び散らすほど脳が回っていない。

オウム返しで精いっぱいだ。

目の前に起きた出来事があまりにもバカバカしすぎで、信じられなくてそれどころじゃない。

えーと、ま、まずまとめるとこからだな。


「突然襲いかかってきたバグルートの代役どもを操っていたのがハチ公でそれで………」

「………そのハチ公とおっしゃった友人が突然女の子に変わり、浮気なんてのたまっているようですが、どういうことでしょうか。ご主人様?」

「こっちもわけわかんなくて戸惑ってるだろーが」


隣からジィーっと仄暗い無言の圧がが飛んできて明後日の方向に跳ね除ける。

こんな状況で何言ってんだって思ったものの、どうやらエナドリ流の励まし方みたいだ。

そっちに視線をやると唇だけ動かして“がんばれ”って言ってくれた。


「………へえ、まだそんな余裕あるんだ」

「うごっ………こほっ………!!」

「ご主人様………!!」


形の見えない何かに首が絞められて徐々に持ち上げられていく。

しまった、忘れていたっ………!!

浮気とかわけわかんないこというやつの前では軽い会話すらイチャイチャに分類されかねないって頭から抜けてた。

くるしっ、息がっ………。


「あたしも苦しいよリオ。あたしという最高のパーティーメンバーがいるのにどうしてこんな女もどきどもに走ったの? ねえ」

「魔物は一生愛するって決めた人以外パーティーなんか組まない。あたしたちはこの世界のはみ出し者同士だよ。相性だって抜群のはずだよ? なのに………」

「あたしという者がありながらこんな有象無象とパーティーなんか組んじゃってるのかな………!!」

「やっぱ………まもの………こほっ」

「ご主人様から離れてくださいこのメス豚!!」


いつの間にかハチ公の周りに移動していたらしきエナドリの拳がハチ公のみぞおちにヒット………!!


「にこっ」

「ひっ」


………したように見えるもののダメージはゼロらしい。

エナドリが何故か一歩下がってる。

怯えてるのか………?


「あなたはお呼びじゃないよオモチャ三号さん」


よく見えないけど………黒くて丸い塊のようなものがエナドリのみぞおちに当たってこちらに吹き飛ばされてきた。

最後の力でも振り絞るかのように微笑みかけてきて、ゆっくりとエナドリの瞼が閉ざされていく。


「エナドリ………!!」

「これであたしたち二人きりだよ。リオ♪」


倒れたエナドリを見て後ろ向きなどす黒い感情が顔をあげた。

足手まといのライン越えてるだろ。

必死に逃げていたら何か変わってたのか?

せめてフェリナとアレーナと一緒に来ていたら………。

もし魔法が使えたら何か変わってたのか?

なんて否定的な思考だけ頭の中でグルグル回り出す。


「お前は何者なんだ、ハチ公」


そんな中、それでも。

なんの役に立たないオレでもやれるものはあるんじゃないかとゆっくり歩いてくる恩人であり相棒のハチ公にそんな質問をぶつけた。

聞きたいことはもちろんいっぱいある。

どうやって代役が操れるのか、ここだけ活性化されていない理由など。

けれど今の状況にもっとも適した質問は多分これだろう。


「酷いことしてるのにハチ公って呼んでくれるんだ、嬉しい………好き、愛してる——————」

「っと暴走するところだった。そうだね………」

「魔王、なんて言ったら………信じてくれる?」

破棄されちゃったけどってつけだすハチ公。

「魔王………………か」


ハッキリ答えさせるためだろう。首に巻きつく形の見えない何かが緩まり、その反動でごほっと軽くえずく。


「いってぇ………魔物が平然と設定されてる世界だ。そりゃあいても不思議ではないか」


魔物が存在する=どっかにそいつらの頭、魔王なるものがいてもおかしくはない。

ファンタジーという衣だけ纏ったこの世界も最初はゴリゴリのファンタジー系にしようって痕跡もいくつか残されている。


「やっとわかったのかな、別にイレギュラーはリオだけじゃないの」


ふと浮かんだバカげた妄想に答えるようにちょうどいいタイミングで近づいてきたハチ公が耳元に囁いた。

その声を聴いただけで耳から全身へとゾクリとした何かが広がる感覚。

いや、今はそんな三大欲求に支配されてる場合なんかじゃない。

ブンブンと頭を強く振って邪念ごと振り払う。


魔力は確かに使えないけど、だからって全部諦めて考えなしに疑問飛ばしたわけじゃない。

もうすぐフェリナ達がこっちにやってくるはずだ。

魔法なんか何も使えはしないけどせめてその時間稼ぎが出来ればという思い半分、好奇心半分で投げかけてみたんだがやってみるもんだな。

フェリナ達がつくまで充分………。


「あなたのスキル“想像再生”の恩恵を最初に賜ったのもあたしだよ? お互いがお互いにとって恩人ってところね」

なんて浅ましい作戦は突然投げかけられた爆弾の前ではただの風前の灯火だった。

「オレにスキルがあった………のか?」


頭が真っ白になるってこういうことか?

ついさっきまで色々考えていたはずなのに何も思い出せない。

気がついたら口先が勝手にそんな質問を口走っていた。


「知らなかったの? あちゃーっ」


口調は「しまった」風なのにハチ公はどこか楽しそうにオレの唇を自分の舌でペロッと撫でて来た。


「困惑と絶望が混ざった味………これはちょっとあたしの想像と違う。ファーストキスがこんなまずいなんて最悪ぅ」

「とぼけんな、質問に答えろ!」

「生涯のパーティーメンバーにそんな大声上げるとかDVだよ?」

「どっちかというと首絞めされてるこっちがDV被害にあってると思うぞ」

「あっはははっ、そうだね。確かにあたし最低かも」


楽し気に声高に笑うハチ公。

その姿は先ほど口にした魔王という文字にあまりにも似合いすぎで呆れを通り越して凄いと感じてしまう。

まさか魔王の風格ってヤツが身体でわからされるものだったとは。


「スキルの話だったよね」

「ああ」


はぐらかしたりせずキッチリ答えてくれるらしい。

敵キャラってどいつもこいつも変なところで懐の深さ見せる特徴があるけどこいつも同じか………。


「リオには『想像再生』ってスキルが付与されているの」

「発動条件は“強く想う気持ちの籠った言葉”。いくつか思い当たりはあるんじゃない?」

「それは………………」


いくつどころか多すぎて困る。

というより思い込みにならないよう己を律していたまである。

動けないフェリナと一夜を共に過ごした後、突然動き出した時も。

その後のアレーナの裏設定やエナドリと寝た時もそうだ。


偶然が重なりすぎなのでは? という思いはあった。もしかしたらオレに凄い能力があるんじゃ!? なんて思わないよう必死で己を律していたんだが………。

まさか本当に自分のせいだったとは。

自分にもしっかりチート能力が備わっていたのか。


「あたしも裏設定って思ってるでしょうけど正解だよ」

「破棄された設定の中にあったけど何とか生き残って自我が安定した辺りにリオが転生してきて………一緒に行かないかって誘ってくれて、ありがとうって言ってくれた」

「おかげであたしは魔王の力が取り戻せたんだよ。素敵だよね♪」

「最悪すぎるだろ………」


命を救ってくれたドでかいスズメバチへのお礼がまさかこんな形で返ってくるなんて思った方がおかしい。

最初からイレギュラーに手を出していたなんて誰が予測できるかってんだ。


「んで、どうしてこんな茶番起こしたんだ? オレが自分のスキル使ってフェリナ達とよろしくやってんのが気に食わなかったのかよ」

「ううん、それはどうでもいいけど?」

「………へ?」

「そもそもあたし、あの小屋に初めて“侵入者”が現れても特に文句なんかなかったよ?」

「………確かに」


思い返してみりゃあハチ公はちょうどいいタイミングで姿をくらましてた気がする。

それどころかフェリナとのデートの時なんてまったく現れたりせず、次の日そっと姿を見せるという気づかいまで。


「言ったよね、魔物は愛した者としかパーティー組まないって」

「冗談じゃなかったのか………?」

「その冗談のために愛する人を傷つけてまでこんな事起こしちゃうほど、性格狂ってないよ」


ニコっと微笑んで、ハチ公が唇をオレの唇に軽く重ねてきた。

ついばむような軽いキス。


「………!」


身体の内側がどんどん熱くなってきているような………。

それだけじゃない。

頭が真っ白に、なっていくような………。


「おやすみリオ。次、目覚めたら一時も離れないから♪」

「浮気相手の管理するのも、パートナーの役目だねっ」

「ふぇり、な………あれ、な………えな、ど………り………」


意識が混濁していく中。

オレに重い愛を向けてくれた三人の顔が浮かび上がり、そのまま意識が落とされた。

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