第15話 サブキャラとのひと時もおつなもの
「あれは………アウローのメイドだっけ」
名前は確か………エナドリだったか?
「元気はつらつすぎるからエナドリって安直すぎるっての」
ゲームか勉強かでお世話になりっぱなしの代名詞をまさかメイドの名前にするいかれたセンスにツボった記憶がある。
やべ、またツボっちゃいそうだ。
「ぷっ………くふふっ」
「ギュイィ?」
「ううん、くふっ………あーおかしい」
思い出し笑いならぬ据え膳笑いがまろび出た。
まさかこいつが所属するクラスにピンポイントでやってくるとは。
「失礼するわ」
「………!?」
教室の扉が唐突に開いたかと思いきやオレを悩ませた元凶、フェリナが入ってきた。
「これはフェリナ様、中等部に何かご用件でしょうか。授業中ですので終わるまでしばしお待ちして頂ければ………」
「急ぎの用事で急遽入らせてもらったわ。ちょっとだけ時間を頂戴」
「どのようなご用件でお尋ねしたかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「伝言よ」
「それくらいの所用でしたら授業がもうじき終わりますのでしばしお待ちしていただけると………」
「三十超えても結婚できないとここまで判断能力がガバガバになるのかしら」
「………はい?」
「耳はお飾り? よっぽどの出来事ではない限り、このわたし、王の娘がわざわざ中等部なんかに来るとでも?」
「それは………」
「あなたの判断の未熟さと“責任感ある自分”に酔いしれた行動にこうして一分一秒が無駄になってる自覚はなくて?」
「ぐぬぬ………」
ぐぬぬって実際口にする人いたのか。
突然、非難の矢が飛んできた上に言い負かされて悔しそうな色が顔中に染め上がっていく。
知らないイベントが唐突に始まったみたいだ。
「エナドリはいるかしら?」
「は、はい。こちらに」
「手短に済ませるわ。あなたのご主人様ごとクソマッチョが倒れたわ」
「は、はい?」
「授業で魔法の訓練をしていたのだけれど魔法の誤爆で丸焦げになったの。自分の魔法で」
「はあ………かしこまりました」
「ひとまず家に強制送還させたけれどカバンとかの手荷物は置きざりにしたまんまよ。お願いね」
ひらひら手を振って教室からフェリナが退場する。
途端に生徒たちのひそひそとした声が教室を埋め尽くした。
「確かに今のようなよっぽどのことがないとフェリナ様が来ることないよね。先生、間悪すぎ―」
「でもな、先生の言い分にも一理はあるだろ? 急に高等部の生徒が入ってきたら注意するだろ」
などなど。
「失礼します」
騒ぎたてるクラスメイトを掻き分けてエナドリが教室から出て行くと、途端に教室が静寂に包まれた。
つい先ほどドバッチリ食らった先生が可哀そうかフェリナの言い分が正しいかの授業そっちのけで繰り広がれていた討論はどこにもない。
「コッッッッワ」
まさに急停止という言葉が似合う突然の静寂が教室に訪れた。
プルっと身体が勝手に震え出す。
「鳥肌立ってきた………やっべ、一斉に動き止めるのは思ったより不気味だな」
主役がなくなったイコールガソリンの抜けた車みたいなものだ。
急停止は想定してはいたものの、実際目の当たりにしてみると考えさせられる迫力がある。
どうやら今の一連の流れがイベントだったらしい。
次のシーンに移行したってことだろう。
おそらくだけどエナドリはそのまま自分のご主人様、アウロ―のところに向かったことになるのか。
「エナドリとは楽しめないのか………?」
一生、板について欲しくないクズすぎるセリフが自然と漏れでていた。
「イベントが何があるのかいちいち覚えてるわけではないからこういう時ちょっと困るんだよね」
「ギュー」
ポンポンと頭を軽く撫でられる。
慰めてくれてるようだ。
「このまま帰るのもなんか勿体ないなぁ」
「ギュー!」
その通りと言いたげな鳴き声。
たまたま運よくイベントに遭遇したんだ。
昨日の態度からは想像もできないフェリナのあの殺伐とした毒の吐きっぷり。
オレの推察を裏付ける証拠としても十二分がすぎる。
どちらかというと収穫祭さながらの幸運のなだれ込みだが、ここは魔法が使えないオレが二度も来るにはさすがにきつすぎる。
今のうちにこの学園を探索しておいた方が得か。
「………え?」
幸運の女神はどうやらオレに甘いらしい。
動かなくなった教室を後にすると、配置されて居なくなってるはずであろうエナドリが何故か廊下に突っ立っていた。
「ぜぇ………はあ………連れ込んじゃった………」
制服姿のまま突っ立っているエナドリを抱きかかえたまま廊下の徘徊を初めて十分弱。
どっか済ませられるとこがないか探していたところ、さすがにしんどくなってきたので魔法研究室だかなんか書かれていた教室に駆け込んだら運よく空いていた。
「ラッキーすぎるだろ。これが都合のいい展開ってわけか!」
プレイする時なんか辛抱を強いるだけのクソだるいヌルゲーかよって叩いてたけど直接その立場になって享受してみるとただただありがたい。
マジでありがとう! 幸運の女神様!
「この幸せを授かってくれた女神に報いるためにもヤるしかないわけか………」
目の前のメイドの———エナドリとヤるのに必死になるのも無理はない。
幸運の、いや、男らしさの女神様からいただいたチャンスだ。血走って迷走して暴走しても無理はない。
ちなみにハチ公はエナドリを抱え上げた瞬間、頭の上からフラフラとどっかに飛んで行った。
この前の城の時みたいにここの観光がしたいんだろう。
空気を読んでくれたかどうかは知らんがとにかくナイスだ。ハチ公!!
「ひとつだけ問題は………こいつの情報が少なすぎる」
一つだけ問題を挙げればおそらくそこだけだろう。
ゲームの中で言えばサブキャラくらいの位置づけ、だが肝心のアウロ―ルート以外では姿を見せるのは一回か二回くらいだったはず。
「でっかいイベント以外、何も思い出せない」
さっきのイベントも思い出せてなかった。
まあ、安直に考えたら共通ルートにいくつか配置してある好感度稼ぎのイベントの一つだろうけど。
それらは一旦後回しだ。
目の前のエナドリに集中しよう。
「………」
横長の机の上に適当に座らせた。
相変わらず微動だにせず沈黙のままだ。
「へーい可愛いメイドちゃん。お兄ちゃんと楽しいひと時、過ごさない?」
「うーん、なんか違うな………」
女慣れしたやつの常套句だけど、オレがやったら多分『お姉ちゃん誘ってるの? 可愛いねぇ』って微笑まれるか『レズキモイ』ってドン引きされる未来しか見えない。
目の前のフリーズしたエナドリも何故か笑っているような錯覚がする。
「慣れないことは試さない方がいいかな」
やっぱりイチャラブ純愛が一番そそるけどそのための情報が足りなさすぎる。
どうすればイチャイチャみたいな空気が出せるかうねっていたらふと先ほど自分の主が倒れたって言わされたにも関わらず、かなり落ち着いた態度を貫いてたことを思い出す。
目立たない年下のメイド………冷淡すぎる反応………。
もしや———
「エナドリちゃん。ううん、エナちゃん」
「心にもない人に尽くそうとするのはしんどいよね、苦しいよね」
「目いっぱい尽くして時々甘やかしてもらいたくても出来ない———それは、とても切ないことだと思うんだ」
「………」
「キミはまだ若い。何か使命に駆られてやりたくないものをやる必要はないんじゃないかな」
「周りの圧力かどうか詳しい事情は分からない………けどそんなキミの拠り所になってあげたい。いっぱい褒めてやりたい。もう無理して笑って肩肘張らなくていいから」
チュッとそこで唇を落として必死に思いを伝える演出を添える。
「大好きだよエナちゃん。辛い時でもそうでない時でもオレに頼って」
「キミと同じ歩幅で歩みたいんだ。オレにその隣、歩ませてくれないかな?」
年下メイドの冷たい態度は尽くしたくないのに尽くされる苦しみと、甘えられない反動が態度に出たと勝手に解釈した。
一番可能性の高い方に都合合わせた甘い言葉を耳元で囁きながら、エナちゃんの唇に再度触れる。
「キミと同じ歩幅で歩んでいくために———オレの初めてをあげたいんだ。これからずっと一緒にいるための証明を、証拠を、キミにあげたい。貰ってくれるかな?」
机の上に横たわらせたまま、スカートだけたくし上げてそのままエナちゃんと繋がる準備が整った。
「愛してるよ………これからはずっと一緒だ」
制服姿のままで固まっててくれてつくづくラッキーすぎる。
脱がせる手間が省けた。
とても久しぶりに———長い昼が始まった。
「———あれ、寝てたか?」
意識が覚醒してブンブン周りを見渡して魔法研究室ってことに気がつく。
「………クソだるっ」
夕陽どころか完全に夜だった。
周りを見渡してみると誰もいない月明かりだけが包む室内だけが見て取れる。
当然ながらエナドリの姿などどこにも見当たらない。
きっとイベントによって元いる場所に戻らされたに違いない。
痕跡も何もなく姿がごと消える方法なんてそれか魔法かの二択だ。
「しっかし、エッチな行為ってここまで虚しくなる物か?」
今回は類を見ないほどの虚無感と虚脱感、さらに胸がぽっかり空いたような寂寥感まで感じられる。
男の方がもっと疲れるって言うし、ゲームなんかでは搾り取られるだのなんだの強化演出まであるくらいだ。
しかし今回の疲労感はなんて言えばいいんだろう………。
命の根幹に関わっている気がすると言えばいいのか、この感覚は。
「まあ、深く考えても………ん~~!! 答え出ないか」
全身を伸ばしつつ帰宅する準備を———って誰もいないしいいよな。
昨日は突然のイレギュラーとの遭遇で身も心も相当疲れていたんだ。
加えて今日はその原因の究明とか息巻いて目覚めてすぐこちらに飛んできたんだ。
「そりゃあ疲れて当然かあ。っは~~」
欠伸がまた漏れてしまう。
帰ったらとりあえず寝よ………。
おぼつかない足取りのまま帰路につくオレだった。
「………浮気を見せつけるなんて、許さないよ。リオ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます