第46話 収穫ナシってマジか

「疲れたー」

「ギュイ」

「ちょっとだけ休ませてくれ。しんどい」


気を遣わせないため和らいだ口ぶりでハチ公を頭の上から退かす。


「どこにもないのはマジでバグじゃねーか」


想定通り王城は機能していたものだがこれといったイベントはナシ。

というのも推察の域だ。

機能している限り百の門番のせいで中に入れない。

いつの間にか“どのイベントか絶対この目で確かめてやる!!”と躍起になって思い当たる数か所を転々としてみたけど結果はご覧の通り収穫ゼロ。

いや、厳密に言えば収穫はあった。


「代役の姿は誰も見当たらなかったか………くっ」

「ギュイッ」

「これフリだから、探偵ごっこだから」


こういう謎が深まる場面にいつか遭遇したら絶対キメてはしゃいでみようって昔から決めていたもんだけどなあ。

男っぽさを求むオレの心の機微なんかハチ公には伝わらないか。

そっとするでもなく『誰ともすれちがっていないの間違い』って鋭いド正論が見舞われてしまった。


頭から退かせて気を損ねてしまったのが原因だろう。

鳴き声からとげとげしさが伝わってきてすぐにでも構ってやりたいとこだけどそれどころじゃなかった。


「もう少し休んだら乗せてやるから勘弁してくれ~」


あれからオレの記憶の中にあるいかにも何かありそうな場所のツートップ。アレーナの実家であるアクシア家を経て学園までやって来た。

噴水広場がちょうどその真ん中、学園とアクシア家は両端に位置している。


一気にその二つを徒歩で移動したわけだ。

シンプルに疲れている。

その様を特等席で見たハチ公だがそれとこれとは別問題らしい。


「しっかし、どこにもイベントやってないっていよいよおかしいぞ」

「ギュィ?」


飛んできた鳴き声は肯定するものじゃなく『どういうこと?』という疑問に満ちたような、戸惑うようなものだった。

しまった、思考の盗聴はそういえばギルドのメンバー同士しか使えないスキルだった。


すっかり毒されてる。

いつの間にかハチ公に心の声が漏れてる前提で話していたらしい。

気づかぬうちにすっかり染められちゃったエロ同人のヒロインがこういう気持ちだったのか………。


「ごめんごめん。えーと、シニアが活性化されてるのにどこでもイベントがないだろ? そこで格好つけて言ってみただけだ」


ミステリモノの主人公を装って呟いてみたが、実はそこまで深刻に捉えてなんてない。

まあさすがに三軒ハシゴしてなんも収穫なしっていうのは少々頭にクるが、シンプルにすれ違いになっていた可能性も否めない。

あくまでタイミングよく立ち会ってただけ。別段オレのためにやってたイベントでもないしな。


「要するにハチ公とこうして久々に出かけてはしゃいでるんだよ。察しろ」


ハチ公の脳天にとても軽いデコピンを入れる。

結局突き詰めるとそこだからめっちゃ照れる―!!

オレの恩人だけど、それ以前に一緒に気ままな冒険してたいわば友人みたいなものだ。

友達に『一緒に遊べて嬉しいぞっ』なんてきっしょいわるいだろっ。


「ギュイッ♪」


オレの照れ隠しに機嫌よくなったらしく、フラフラ飛んできて腹の上に着地する。


「えっ」


そのまま尻の方にあるドでかい毒針をはらわたにぶっ刺して来た。


「いったああああぁっ………!!」

「………くない?」

「ギョエッ、ギュイッ~」


毒針ぶちこんでくる時の鳴き声、変わるんだ………。

禍々しい真っ黒に包まれた逞しい人体に優しくなさそうにしか見えないハチ公のソレは見た目に反してまったく痛くない。

むしろなんて言えばいいんだろう。

力がみなぎってくるような………気持ちいいような………。


「って回復させてくれてる? もしかして」

「ギュイッ」


意思はまったく宿ってない自慢げな鳴き声が教室の反響する。

どうやらビンゴみたいだ。

いつしかエナドリに拉致られた時の説明が脳裏によぎる。


「毒魔法は使い次第だったっけ」


毒針っぽく見えたけど回復させる役割だったのか。

あるいは毒魔法の応用で麻酔してぶっ刺して針経由で治癒魔法が送り込まれてるとか?

まあなんだっていい。


「ありがとうなハチ公」

「ギュイ―」


差し込んで二、三分が過ぎたら針を抜き取り、再び縮んでオレの頭に乗ってきたハチ公。

バカな幼馴染みの手当てに手慣れた感が半端ない。

落とさないよう気を付けつつ立ち上がって身体のあちこち軽く動かしてみる。


「スゲー回復してる」


最初の小屋へ向かった時よりも身体の調子が上がってるように感じる。

身体がものすごく軽い。

これならシニアに戻れるぞ。


「さてと、んじゃ帰るか。ハチ公」

「ギュー」


どこまでも澄み渡る空に赤のグラデーションがかかってこの世界の象徴である二つの月が姿を覗かせようとしていた。

いつの間にか夕方になっていた。

ハチ公を頭に乗せたまま歩みを進めてシニアへ戻って来た。

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