第13話 アレーナ遭遇イベントのはずだった

「とっても似合うわね………!! 女性らしいあなたの見た目を最大限活かしつつ、それでいて頼もしい雰囲気も逃さない。わたしの目に狂いはなかったのよ」

「ええ、ええ………わかります、わかりますよフェリナ様!!」

「着たまま帰るから着替えなくていいのよ? よかったのね、リオ」

「あ、ありがとう………」


フェリナの凄まじい剣幕の褒め言葉。

男らしいと言われた。やったー!!っていつもなら頭の芯まで熱くなって大喜びするところだけど………。


「おかしい………」


店員の態度が妙に引っかかる。

奥歯にモノが挟まった感覚とでもいうか、やり残しの夏休み課題に気がついたけどこからか思い出せないというか………。


「ではまたの訪問をお待ちしておりますー!」

「ええ、ありがとう」


お金はオレが出てくる前に払っていたらしいのでそのまま服屋から離脱してメインストリートの方へ。


「どうかしたのかしら?」

「いや、何でも」


フェリナがギュッと手を握らされて咄嗟に誤魔化しの言葉が漏れてしまう。

心配げな目つきだ。悩みがあるなら教えてと言いたげな雰囲気にたじろいで咄嗟にでた言葉がブーメランのように回ってきて納得させられてしまう。

確かに、何でもという一言で片付く。


これは期限付きの泡沫のような一時だ。

全力で楽しまないと損するのは自分自身。

異変への考察やら検証やらは明日からハチ公と一緒にしていけばいいじゃないか。


「ごめんちょっとボーっとしてた。行きたいところないかな? 最後まで付き合うよ」

「その言葉、ずっと待ってたわ………。聞いて? あのね———」

「アレーナ様だ———!! きゃっ!!」

「あのアレーナ様がいらしたの!? どこどこ? ねえどこ!?」


周りにいたモブ女子キャラたちから一斉に黄色い歓声が上がる。

一瞬で『アレーナ』という声で空間が支配された。


「きっ。相変わらずきっしょくわりーイケメン野郎だな。女侍らせてそんなに嬉しいか?」

「女々しい性格の分際で国王の娘、フェリナ様を振るとかどんだけメンタル最強なんだよ」


それに負けじと上がる負け犬どもの遠吠えは敢えて配置した感がを否めない。

この対比する質の異なる声。

このイベントのためだけに夜まで街が機能していたのか。


「アレーナの気持ちの彷徨うシーン、だっけ?」


この世界の結婚は十六歳からという設定で、酒はそれより低い十五歳から嗜めると言われている。

再び主人公を手にすると決意したものの、それが自分の意思か今まで一緒にいた反動かわからなくなり酒を飲みながら自分自身に問いかけるシーンだ。


これは男性女性問わず『なんで入れた?』って批判が多い。

特に酔っぱらって突然立ち会わせたフェリナに向かって『もっと僕の気苦労も理解しろ~!!』なんてダル絡みするシーンなんて完全にオタいじりのネタとして悪用される始末。


タイミングよく人波を掻き分けてアレーナが登場する。

顔は完全に紅潮しており足取りもおぼつかない。

完全に酔っぱらっている。


「ここまでか………」

「………」


沈黙のままスタスタとこちらに歩いてくるアレーナに誤解されないようフェリナと繋いでる手をスッと離しておいた。

きっとこのままアレーナはフェリナにクソダサ一面を晒すだろう。

そこに巻き込まれるのはごめんこうむる。


「楽しかったよフェリナ、ここからは元通りだ」


オレの予測通りなら芽生えたフェリナの自我はここでシステムに吸い込まれるだろう。

彼女から離れて数歩下がる。


「はい?」


黄色い歓声や嫉妬混じりな遠吠えが彼女の理解が及ばないと言わんばかりの声にかき消される。


「………」

「えっ………」


そこで信じられない出来事が目の前で起きてしまった。

アレーナがフェリナを横切って素通りして行きどこかへと姿を眩ませた。

数歩下がったまま隣に立っていたフェリナに目を向けると、死んだ目でこちらを見つめている。

深い悲しみと怒りなど幾重にも織り混ざった感情の眼差しがこちらを射抜く。


「っ………!!!」


気がついた時にはすでに走っていた。


「なんなんだよ、もう!!」


どの道すぐ機能しなくなるであろうシニアから外郭にあるオレの寝泊りする小屋へ。

部屋に入っても尚クルクルと思考だけが回り出している。

服屋からしこりのように残っている違和感の正体はなんだ?

店員の態度に何故おかしいって思ったんだろ?

アレーナがフェリナを無視した理由はなんだ。


「はぁ………はあ………」


肩で荒い息を吐き出しながら小屋の扉を閉じ込む。


「追いかけてこない、か」


今頃イベントが終わって再びゴーストタウンと化しただろう。

息を深く吸っては吐いてと繰り返して、落ち着くついでに異変について熟考したら、あり得ない可能性に辿り着いてしまう。


「フェリナもオレと同じ離脱扱いか?」


どうやってここにやって来たのか、そもそもオレに許嫁とか言ってきた辺りは未だ疑問は残るが、それならアレーナに無視されたのが納得できる。

しかしそれだけじゃ腑に落ちないことがひとつ。

主人公とはつまりプレイヤー視点の代弁でもある。

プレイヤーがなくなっているのに動くゲームなんかあるわけない。


「まさか………離脱扱いされた上で代役が用意されたとか?」


ゲームで例えるなら追加アプデとかでNPCがすり替えられる感覚か。

荒唐無稽なたとえ話だけど、それならギリ納得できる。

何故かオレと普通に話せるフェリナではなく、主人公なる存在。フェリナ・ピールスがもう一個体できたならこの事象にもっとも適した説明になりえる。


「検証は明日か………」


あんまりカロリーが摂取できないまま身体と頭を酷使した反動でグッと疲れてきた。

おまけにさっきまでの異変による緊張が急に抜けたせいか眠気が押し寄せてくる。


「おや………すみ………」


明日、何かわかることがあるだろう。

原因はわからないイレギュラーに本能的な恐怖と楽しみがごちゃ混ぜな胸の騒ぎを鎮めるように無理矢理瞼を下ろした。

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