第三話「風見家当主」
案内するとは言ったが場所は限られている。
あとで向かう予定の宴会場を外すと道場と大浴場ぐらい。
一応風見神社はあるが靴を履くのが面倒だったので除外。
最終的に行き着いたのは連休中の俺の寝床。
屋敷の離れにある俺の部屋だった。
「ここが隼人さんが暮らしていた部屋ですか」
きちんと掃除をしているようで塵一つ無い。
「ほとんど今の家に持っていったから寂しく感じるがな」
ベッドに腰掛けて辺りを見渡す。
残っているものといえば勉強机と小学校の教科書や読まなくなった古い漫画が入った本棚ぐらい。
本棚からアリシアが一つ手に取る。
「これは……アルバムですか?」
「そういや置いてあったな」
目で『見てもいいですか?』と訴えてくるので肩を竦めて同意した。
「見られることに抵抗ないんですね」
「あんまり自分に興味がないのと同じ状況になったらアリシアを断りにくくするためだな」
ローリスクハイリターン。
素晴らしい言葉だ。
「また意地の悪いことを言って」
「あんまり遅くなると父さんに何を言われるかわからんから見るなら早くしろよ」
最近知ったアリシアの面白いところ。
ご機嫌取りとわかっていても甘やかそうとすると必ず寄ってくる。
現に膝の上を叩くと嬉しそうに座ってきた。
「隼人さんは幼い頃から変わらないんですね……」
最初の写真は初等部の頃。
風見の境内と思わしき場所で人間テト◯スを背に無表情でVサインをしていた。
「この頃どう足掻いても三連鎖しかできなかったから成長したもんだな」
当時の門下生たちは俺を見るたびに逃げていたのでいい鍛錬になったな。
「もっとマシな成長をしてください」
「はいはい」
膝の上を気に入っているらしく頭を撫で放題なのでつい乗せてしまう。
俺としてはご機嫌取りのつもりはなく単に触れたいだけだ。
「あとは……やはり千歳さんとの写真が多いですね」
「まぁ同じ敷地内で育ったからな」
嫉妬ではなく羨望に近い。
アリシアも成長したもんだ。
「連休の最終日にアルバムを買いに行こうか」
「……女誑し」
「ったく。ロマンチストじゃないのかよ」
アルバムを取り上げてこちらを向かせる。
「どこでそんなずる賢いことを覚えてきたんですか?」
「標準装備だ」
「生まれながらに女誑しというわけですか……」
「そもそも、どの辺が女誑しなんだ?」
「こういうところです」
不服そうなアリシアを気にせずに頭を撫で続ける。
「やめようか?」
「誰がやめてほしいなんて言ったんですか。私がいいと言うまで撫でていてください」
「それだと明日の朝になるだろうが今日はこの辺で勘弁して――」
急に口づけしてきたせいで言葉を塞がれる。
「しかたないのでこの辺で勘弁してあげます」
「あのさ、もっと照れるとかないわけ?」
最初した時も特に照れるとかはなかった。
人に女誑しというわりには時折見せる表情が魔性の女すぎる。
「好きな人にするのに照れていては勿体ないじゃないですか」
「そのうち外でもやりそうな気がする……」
「私に露出の気はないです。まぁ変な虫がつく場合は別ですが」
おまけに独占欲が強いと見受ける。
浮気なんかすれば問答無用で刺すんだろうな。
「それに隼人さんからはしてくれませんし……」
「さっきしただろ」
「頬にじゃないですか。しかも打算込みですし」
「素直じゃないのは知ってるだろう」
「だからといって求めない理由にはなりません」
話せば話すほどに退路がなくなっていく。
「時間を忘れそうだからまた今度な」
「はぁ……そればっかり――」
お返しに触れるだけの口づけで言葉を塞ぐ。
「……そんなことばかりするから女誑しと言われるんです」
「それで嬉しそうな顔をしていたら説得力ないぞ」
千歳から連絡が入ったのでのんびりする時間は終了。
宴会場に行くのは気が乗らないが……行くしかない。
◆
宴会場へ続く廊下を歩いているだけで騒がしい声が聞こえてくる。
「緊張してる?」
「先にお義母様と話して励ましてもらったせいが思ったよりはしてないですね」
「まぁ、母さんはうちの実権を握っていると言っても過言ではないからな」
当主は父さんだが母さんのカリスマは群を抜いている。
何せ、何かと口うるさい伝統派を含めて母さんの悪口を聞いたことがないほどだ。
「俺が扉を開けたら少し後ろにいてくれ。それと酔っぱらいどもの言葉に耳を傾けないほうがいい」
「どういう意味です?」
「すぐにわかるよ」
宴会場の扉を開ける。
予想通りというか……ボキャブラリーが貧困というか。
空の酒瓶が何本か飛んできたのですぐさまキャッチ。
視線を飛ばして犯人を探すと先程テトリスのブロックにした奴らが引っかかる。
「よう隼人。息災か?」
息子が暴力を振るわれているのに気にした様子はなく、婚約者を連れてくると言ったのに酒を飲んでいる。
信じたくないことだがアレが俺の父さん。
風見家現当主――風見空弥なんだよな……。
「俺の現状を気にするなら門下生たちの悪行を気にしろよ」
「お前何しても死なないからな。気にするほうが損をする」
「よーし、酔いを覚ましてやる。表へ出ろ」
「この酒瓶を空にした後でもいいか?」
だいぶ出来上がっている。
挨拶したいであろうアリシアには申し訳ないがとっとと部屋に帰りたい。
「はぁ……アリシア。アレでも挨拶する気はあるか?」
「もちろんです」
「わかった」
アリシアがその気なので中央を歩く。
「お、若がえらい別嬪さんを連れてきたぞ」
「アトリシア公国のお姫様か……あと俺が二十若ければな」
「玉砕されてたってか?」
「何だとテメエ! 表出ろや!」
「やったろやないけい」
野次を飛ばすのはいいが喧嘩するなよな。
「あらためましてアリシア=オルレアンです」
「これはこれはご丁寧に。おい誰か二人の食事を」
「はい、ただいま」
鏡夜たちは……さっさと隅に逃げて同年代ぐらいの人たちと飲んでいる。
俺らだけでこの酔っぱらいの相手をしろってか?
「挨拶に来ずに申し訳ありませんでした」
「いやいや気にしなくていい。どうせ息子が拒んでいたんだろう」
「ああ、威厳もへったくれもない父親を見せるのが恥ずかしくてな」
「息子が伴侶を連れてきたんだ。祝うために飲んで何が悪い?」
「それを理由に飲みたいだけだろうが」
「アリシアさん、本当にこいつで大丈夫?」
「私には勿体ないぐらいの人なので」
「昔から何でも出来る息子と思っていたが……お前ついに洗脳が出来るようになったのか?」
「そのネタはさっき母さんとやった」
「ネタが被ったのは俺が悪かった、すまん」
「その前に謝ることがあるだろうが」
「すまん忘れた」
「……アリシアこれが義父になる。悪いが受け入れてくれ」
「あはは……」
とんだ挨拶になったな。
「母さんに聞いていたがお前本気なんだな」
「冗談で婚約なんかするかよ」
「変なところで真面目だからな。正直なところ例の若狭家の件が片づくまで騙すのかと思っていた」
普通アリシアがいる前でそういう事言うか?
酔ったせいでデリカシーも無くしたようだ。
「そう思われないように努力する」
「ならいい。それと継承については考えなくていい。俺も当分くたばるつもりもないから好きなようにしろ」
「ありがたいことだ」
当主の座に興味はないが色々な権限は持っておきたいのも事実。
「アリシアさん。私が言うのもなんだが息子のことをよろしく頼む」
「はい、今後ともよろしくお願いします」
アリシアが深々と頭を下げると歓迎すると言わんばかりの拍手喝采。
とりあえずは一安心だな。
「隼人くーん。アリシア借りていくから」
拍手が静まるとどこからともなく千歳が現れる。
「へ?」
「おう、いいぞ」
どうせ『妹が出来た!』と見せびらかしたいんだろうな。
それに俺と回るよりも印象がいいだろう。
「隼人さん?!」
「ほら、行くよー」
「隼人さーん」
軽いアリシアは簡単に引きづられていく。
「愛されてるな」
「父さんと母さんほどじゃない」
「よかったのか?」
「千歳なりの気遣いだからな」
風見家にいるほとんど人間が俺と千歳の仲を怪しんでいた。
そんなところに急に現れた婚約者は受け入れ難い。
そう考えた千歳は自分が受け入れているとアピールしてくれるんだ。
なら、任せるしかないだろう。
「お前も飲むか?」
「未成年に酒を進めるな。それに四年後まで飲むつもりはない」
「四年? あぁーそういうことか。お前相当溺愛してるな」
「本人にはあまり言えないがな」
「それぐらいが年相応だろ。そういえば植物園に行ったそうだな。園長は元気にしてたか?」
「変わらず元気だった」
思えば父さんとこうして話すのは一年ぶり。
たまには親孝行しても罰は当たらないか。
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