第五話「キャットファイト」

 刀剣科の道場では他の特別コースの生徒が集まるほどの盛況ぶりを見せている。

「よう隼人。結局始業式サボりやがって」

「しょうがないだろアキラ。先生の呼び出しだったんだから。で、この騒ぎの発端は?」

「刀剣科説明会恒例の模擬戦。ただ今回は役者が豪華すぎたみたいだ。二年にして刀剣科のエースと称される風見家の分家と負けはしたが親善試合で実力を見せたアトリシア公国の姫君。金の取れるカードだな」

 どちらがけしかけたかは不明だが完全に敵対視している。

「隼人の勝敗予想は?」

「千歳」

「お前が身内贔屓とは意外だな」

「そんなわけあるか」

「お前は会場にいなかったから観ていないかもしれないがアリシア姫の実力は相当なものだぞ。千歳ちゃんでも手こずるかもしれない」

「まぁ、観ていればわかる。ほら、言っている間に始まるみたいだぞ」

「両者中央へ」

 教師の号令の下、アリシアと千歳は中央に歩み寄る。

 アリシアは細剣。

 千歳は鞘に収まった刀。

「あのバカ」

「どうしたんだ隼人」

「気にしないでくれ」

 高等部に風見家の関係者は在籍していない。

 だからといっていいわけではない。

「アキラもう少し前で見ようぜ」

「お、おう」

 もしもの場合を考えて人垣をかき分けて前に陣取る。

 文句を言おうとした者は何人かいたが俺とアキラの顔を見て譲ってくれた。



『アリシアに足りないのは単純な戦闘経験だ』

 確かにアトリシア公国にいた頃は魔術師相手が多く、騎士との戦闘経験は比率的に少なかった。

 ただそれでも実力には自信はあった。

 高い敏捷性で相手の攻撃を掻い潜って翻弄し、連撃をもって敵の隙を作る。

 それのみを極めたからこそ私は勝利を重ねることが出来た。

「両者中央へ」

 彼が認めた剣士である相楽千歳と対戦できることはまさに好機といえる。

「始める前に一つよろしいでしょうか」

 相楽千歳が刀を抜いた瞬間、とてつもない覇気を感じる。

彼とはまた違った異質なオーラ。

それだけで確実に格上だとわかる。

「何でしょうか?」

「彼を利用して何をお望みですか?」

 彼女は隼人さんの従兄妹。

 当然私との婚約も知っているし、隼人さんから話を聞いて疑問を持っている。

「あなたにお話しする必要はないと思います」

「では、私が勝てば彼に話していただけませんか?」

彼女は確実に本気でくる。

 本来なら本気で来てくれることはないので私としては有難い話だ。

「分の悪い賭けですのでお断りします」

 焦るなと言われているが私には時間がない。

「残念です」

「いざ尋常に――始め!」

 

――神速。

 

その言葉が当てはまるが如く、彼女は音もなく一瞬で間合いを詰めてきた。

彼女の速度域は私の数段上!

「っく……!」

 辛うじて捌くが攻撃に転じることが出来ない。

「親善試合ではもう少し速かった気がしますが?」

「まだ様子見ですから」

 最高速でも追いつけない世界を目の当たりする。

 私の積み上げてきたものが足下から崩れ落ちていく。

「そんな余裕はないかと思いますが」

 彼女の攻撃が更に苛烈になっていく。

 後何秒もつかもわからない。

「本気を出さないなら仕方ありませんね」

 あと数手で落ちる手前で彼女は距離を取って刀を鞘に収める。

 あの構えは彼の……!

「痛い思いをさせてすみません」

 先程よりも速く間合いを詰められ刀を鞘から引き抜く動作がスローモーションに見える。

防御が間に合わない。

確実に斬られ――。

「やりすぎだ千歳」

突如私と彼女の間に影が割り込み、刀を持つ彼女の手を抑えつけていた。



風見家の流派に居合いの型はない。

必要ない鞘を持ち込んでいた時点で千歳の最後の一撃は読めていた。

「隼人くん……何するのかな?」

瞳から伝わる怒り。

模擬戦を止められたことよりも決着を付けられなかったことを怒っている。

「見てわかるだろ。お前を止めているんだ」

それでも俺は千歳が俺と同じ道を歩もうとするのを止めなくてはならない。

「模擬戦の妨害行為はご法度。校則違反だよ」

「こちとら問題児でな。知ったことか」

 周りから聞こえるブーイングも無視できる。

アリシアの方はあまりの実力差に呆然としていた。

「あいつを責めるのだけはやめてくれと言ったはずだぞ」

「……責めてない」

こいつが俺のために行動しているのはわかる。

だからといってやりすぎたことは注意しなくてはならない。

「とりあえず力を抜け」

「……わかった」

 とりあえず一安心だが……さてこの事態をどう収拾するか。

 教師陣は俺を取り押さえようと様子を窺っている。

 生徒たちは好き勝手に罵詈雑言を浴びせてくる。

 千歳は興がそがれたようで無気力。

 アリシアは状況を飲み込めていない。

 地獄だな。

「いやー素晴らしい手腕に感服致します」

 そんな中、野次馬の中から手を叩き近づいてくる道化が一人。

 制服を着ていることと刀を帯刀していることから刀剣科の新入生とはわかるが面識がない。

「どうでしょう。私と一戦」

「すまないが俺は格闘科の生徒でな。模擬戦は同じ特別コースの生徒同士のみの決まりだ」

「ですがこの状況をどう収拾するおつもりですか?」

 余程の権力者の息子なのか教師陣も黙って状況を窺っていた。

「どうもしない」

「それは無理でしょう。あなたは誰がどう見ても校則違反を犯している。生徒を無視できても教師は無視できないはずです」

俺が助けてやるから話に乗れという態度が気に食わない。

「俺は校則違反を犯していない」

 アリシアの細剣を指差すと千歳の攻撃に耐え切れなかった細剣が時間差で折れた。

「武器が破壊されれば試合終了。それに審判の教師が気付いている様子がなかったから止めに入ったまでだ」

 千歳が怒涛の攻撃をしてくれたお陰で止めに入った瞬間に俺が折っていたことを不審がる人間はいない。

 教師たちも事態に気づいたのか俺を取り押さえる動きを止めた。

「なるほど。ますますその手腕を発揮し皆の成長に役立てていただきたい」

「こう見えて悪名高くてな。これ以上目立つのはごめん被る」

 早いとこアリシアをこの場から移動させたい。

「逃がしませんよ!」

 突如新入生が帯刀していた刀を抜刀。

 その刃を見て頭に血が上りそうになるが。

「新入生君。真剣の使用は校則で禁じられているよ」

 千歳が割って入り模擬刀で止めてくれたお陰で冷静になれた。

「これは失礼しました。つい先輩と戦ってみたくなりまして」

「それなら学生課に申請するといい。まぁ、彼が受けるかはわからないけど」

「そうします。では、私はこれで」

 場を荒らすだけ荒らした新入生は人垣へと戻っていく。

 道場内全員の視線が彼に向いている隙に俺はアリシアを抱きかかえ足早に退場した。



 上手いこといったお陰で誰にも見られることなく屋上の金網まで飛び上がり目的地を確認する。

「あのー隼人さん……」

「何だ?」

先程まで借りてきた猫のように大人しかったアリシアがようやく口を開く。

「何故屋上に?」

「普通に行ったら誰かに見られる可能性があるからだ」

「なるほど……。では、何故私は隼人さんに抱きかかえられているのですか?」

 俗に言うお姫様抱っこ。

 華奢な体とは思っていたが軽すぎるな。

「肩に担いだり小脇に抱えてもよかったがさすがに雑に扱うのはマズいと思ってな」

「態勢のことではなく原因理由について聞いているのですが」

「その話なら後にしてくれ。二度手間になる」

「それはどういう――」

 アリシアの言葉は俺が屋上から跳んだことによる重力落下により風にかき消される。

 さっき窓を閉めていないことを覚えていてよかった。

「よう葵先生」

「思ったより早い再会だったな。誘拐ごっこか?」

 ちょうどタバコに火をつけたばかりのようで長いタバコを一吸いもせずに灰皿に押し付けたのは申し訳なく思う。

「ある意味正解だ」

「あ……わ……あ……」

 恐怖で震えているアリシアをベッドに下ろす。

 落下中に暴れられなくてよかった。

「千歳との速度勝負に乗ったせいで足を痛めているみたいなんだ。見てやってくれ」

「なるほどな。アリシア姫触りますね」

「あ、はい」

 保健室内をタバコとコーヒーの匂いで満たす非常識な人だが医師免許を持つほどの優秀な人材だ。

 一国のお姫様でも安心して診てもらえる。

「骨に異常はないし軽い捻挫だな。湿布を貼って二、三日安静にするといい」

「ありがとうございます」

 診察はスムーズに終わり再びタバコに火をつけた。

「焦るなと言ったはずだぞ」

「焦っていません」

 この感じ千歳が本気モードに煽られたわけではなさそうだな。

「止めなかったら怪我していたのはわかっているよな?」

「それは……わかっていますけど」

「とりあえず治るまで稽古禁止な」

「お断りします」

「悪化したらもっと遅れることになる」

「……わかりました。ただし料理の方は譲りません」

「はいはい」

 やれやれ手のかかるお姫様だ。

「なんだ風見。アリシア姫に稽古を付けているのか」

「あぁ成り行きでな」

 葵先生もとい紅葉が俺とアリシアの関係をどこまで知っているのかわからないので迂闊なことは言えない。

「一国のお姫様をバケモノに育成か」

「そんなクソゲーをした覚えはない」

「しかも自分好みに調教もしているとは業が深い」

「は? 何のことだ?」

「何って。一緒に住んでいるのだろう?」

 まさか紅葉の奴そこまで知って。

「さっきアリシアが料理の話をしていたからな。誰だってわかる」

「……」

 完全にアリシアの失言じゃねえか。

「葵先生。この件聞かなかったことにしてくれないか?」

「別に構わないが……どうやら遅かったみたいだぞ」

 誰も俺みたいに窓に飛び移ることはしないだろうと油断した。

 ふわりとカーテンが揺れ背後を見るとそこには仁王立ちで青筋を立てる従妹様。

「隼人くーん。説明してくれるよね?」

 一難去ってまた一難。

 二日連続で千歳に説明する羽目になった。

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