第六話「青い鳥」

 場所を変えて事情を説明中。

「なるほど、なるほど。いきなり現れた婚約者と同棲生活……君はいつからギャルゲーの主人公になったのかな?」

「ツッコミの意味もわからなければお前の怒りの矛先がわからねえよ」

もう一人の当事者であるアリシアは現在保健室にて治療を受けている。

「真面目な話。叔父さん達は知っているの?」

「言ってないが?」

「この前私が事情を聞いた時にはわかっていたのになんで言わなかったの?」

「聞かれていないからだ」

「らしいといえば、らしいけど。で、理性の方は大丈夫なの?」

「向こうに裏がありそうだからな」

 わかりやすいハニトラも避けたし当分してこないだろう。

「根拠あるの、それ」

「中身は確認していないが確信した」

 千歳に赤い便箋を見せると溜息を吐かれた。

「それタダ働きじゃん」

「前もって多めに退職金貰っているからな。文句は言えん」

「屁理屈」

 婚約と違って現実的な問題だ。

 千歳が納得いかないのも理解できる。

「それ隼人くんの悪い癖だよ」

「どれのことだ?」

「全部だよ。紅葉姫の言うことを聞くのも。誰かを助けようとするのも」

 顎に手を当てて考える。

 思い返せばいい結果が出たことなんて一握りだな。

「しかたないだろ。これが俺なんだ」

 唯一思い通りにいったのは千歳の時ぐらいか。

「はぁ……困ったことがあれば言いなよ。って、何を笑っているの?」

「いや兄妹そっくりだなと思って」

「もう知らない」

「嘘。俺は従兄妹に恵まれているなと思っただけだよ」

千歳はアリシアと同棲すると聞いても合鍵の話をしなかった。

今はそれだけで十分に心が満たされている。

 それに今回の若狭真琴の件は千歳を関わらせたくはない。



 千歳は用があるらしく保健室には一人で戻った。

「従妹さんとお話は終わりましたか?」

「ああ、思ったより早くな。あれ? 葵先生は?」

「少し出てくるそうです」

「そうか」

 コーヒーを飲む気分でもない。

 何となく手持ち無沙汰になるので赤い便箋の中身を確認する。

「随分派手なラブレターですね。お相手は従妹さんですか?」

「そうだったらわかりやすくていいんだがな」

 相手の前で読むのはどうかと思ったが家に帰っても同じ光景になる。

「アリシア……」

「何でしょうか?」

「レイル王子ってどんな奴だ?」

 赤い便箋に書かれていたのはアトリシア公国のレイル王子という人物が間者を通じて若狭家に接触しているという内容だった。

「どこでその名前を!」

 初めてアリシアの焦る顔を見た。

 わかりやすくするために紙を裏返して内容を見せた。

「これ私に見せてもいいんですか?」

「俺に後ろめたいことはないからな」

 隠し事というのはいずれバレる。

 なら最初から堂々としているほうがいい。

「……レイル王子は私の兄の一人。王位継承権第三位を持った王家の人間です」

 アンニュイ顔を隠さないのはそれだけ苦い思い出の相手なのだろう。

「しかし、彼は王位継承権には興味が無く日夜研究に明け暮れているそうです」

「兄なのに随分に他人行儀なんだな」

「私も生まれてこの方数回しかお会いしていませんから噂ぐらいしか話を聞かないんです」

「じゃあ、どんな人物かはアリシアでもわからないのか」

「ええ。ですがその噂の中でも共通する研究テーマがあるんです」

「研究テーマ? 魔法関係か?」

「それも含まれます」

 血の気が引くような寒気にも似たとてつもなく嫌な予感がする。

「彼の研究テーマは誰もが一度は夢見るもの“不老不死”です」

 アリシアの言葉を聞いて瞳孔が開き最悪なビジョンが見えた。

それによる吐き気と憎悪を飲み込むために息ができなくなる。

「隼人さん?」

「すまん、考え事をしていた」

「それは構いませんが……凄い汗ですよ?」

 まだ決まったわけではない。

 これは憶測にすぎない。

 落ち着け。

 悪い癖が出てよく知らないアリシアを疑い始めようとしているのを押しとどめる。

「気にしないでくれ」

「隼人さんがそう言うなら」

 動揺を悟られたのはこの際しかたない。

 アリシアへの判断材料に変えればいい。

 切り替えろ。

「私からも質問いいですか?」

「あぁいいぞ」

「若狭家とはどういう家柄なのですか?」

 まぁそうなるよな。

「若狭家は元々この国の貿易の根幹を担う家柄だが近年武道にも力を入れている商人の家系だ」

「では、先程の若狭真琴さんは」

「その家の嫡男だ」

「そう……そういうことですか」

 何かを納得したような……。

あるいはまるで諦めているような……。

そんな表情。

「何かわかったか?」

「少し……時間をいただけますか? 具体的には今日の夕食まで」

「わかった。今日のディナーを楽しみにしている」

 藪はつついた。

 あとは出てくるものを待てばいい。



 保健室でアリシアと分かれて格闘科の道場ではなく屋上に向かう。

赤い便箋の中身はアリシアに見せた手紙以外にもう一つ。

電話番号が書かれたメッセージカードが入っていた。


――プルルルル……ガチャ。


『やあ、久しぶりだね』

 一年ぶりに聞いた声。

 最初に抱いた感情は――怒りだった。

「久しぶりだね。じゃねえよ! 面倒ごと押し付けやがって! 不当労働だぞ!」

 電話の相手は大和城次期城主――御門紅葉。

 今回の件に俺を巻き込んだ悪魔だ。

『君はもう私の管轄じゃないし、お使いみたいなもんだよ』

「その内容が友好国のお姫様のお守りとは随分なお使いだな」

『私のお守りも出来ていたんだし。君なら大丈夫』

「その自信はどこから出てくるんだか」

『君との三年間かな』

「ったく……元気だったか?」

 皮肉を言おうが悪態つこうがどこ吹く風。

 一年ぐらいじゃ人間早々変わらないものだ。

『肉体的には元気だよ。精神的には……微妙かな』

「新しい護衛役と反りが合わないとみえる」

『ホントだよ』

「声が聞きたくなって電話番号を入れたのか?」

『何その自意識過剰な勘違い、気持ち悪いんだけど』

「自分でも思ったからあんま言うな。で、要件は?」

『君が聞きたいことがあるんじゃないかなと思ってサービスタイムを設けたんだよ』

「それは手厚いことで。周りでおかしなことは起きてないだろうな?」

『私のほうは大丈夫』

「そうか……で、俺に何を望んでいる?」

 上空で半透明の青い鳥が旋回している。

 遠回りをしている暇はない。

『アリシア姫を助けてあげて』

「紅葉が肩入れするほど面識があったのか?」

『いや親善試合の日の午前中に会ったのが初めてだよ。浮かない顔をしていたからお茶に誘ったんだ』

「その内容については今夜聞けそうだ」

『手が早いね』

「最近邪な感情を抑えているからか、違う意味に聞こえるんだが」

『さすが女たらし』

「褒めてないのだけはわかった」

 声を聞くだけで喪失感が募る。

 もはや呪いの類だな。

「気を付けろよ」

『そう思うなら早く解決してね』

「わかった」

『驚いた『無茶を言うな』って言うと思ったのに』

「この一年で変わってな」

『一番変わっていてほしいものが変わっていないけどね』

お見通しか。

「そのためにアリシアを俺に差し向けたんだろ」

『わかっているなら私の思い通りになってよね』

「アリシアに失礼過ぎるだろうが」

『それは君次第だよ。誰かを想うことを強制することは誰にも出来ないんだから』

「おっしゃる通りで」

 旋回していた鳥は気がつくと消えている。

そろそろ時間だな。

「じゃあな」

『うん、またね』

 電話を切って一息つく。

 我ながら単純だがお陰で腹は決まった。

あとはアリシアを信じるだけだ。



 久しぶりに声を聞いたが案外元気そうだった。

 結局何か困りごとがあれば彼の顔が思い浮かぶ。

 依存しているのははたしてどっちなのだろう。

「姫様。少しよろしいでしょうか?」

ふすま越しに精神的ストレスの種から声が聞こえる。

「入っていいよ」

「失礼します」

 入室してきたのは長い白髪を一束に結った赤目の少女――西園寺さいおんじあい

 西園寺家の才女にして陰陽術の使い手。

そして隼人に代わり今の私の護衛役。

 彼女の正装である巫女服をきっちり着こなすあたりからも生真面目さが伝わってくる。

「何かようかな?」

「いえ、先程誰かと話していませんでしたか?」

 知っているくせに白々しい。

 彼女なりの配慮かもしれないが大きなお世話だ。

「別に独り言を呟いていただけだよ」

「……そうですか。失礼しました」

 彼女が退室し窓の外を見る。

 今日も空には半透明の青い鳥が旋回している。

 あれを見かけるたびに憂鬱な気分になる。

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