第七話「ヨルヲアルク」

 家に帰宅して仰向けでベッドに寝そべる。

 壁掛け時計の針が進み、時間が刻一刻と過ぎていく。

 アキラから登校中に聞いた噂。

 若狭真琴の態度から逆算した人物像。

 アリシアから保健室で聞いた情報。

 紅葉から屋上で聞いた望み。

 アリシアが夕食後から新たな情報が追加される前にそれらを全て精査して整理する。

 レイル王子の目的はわかっても若狭真琴の目的が見えてこない。

 やはり決定的なピースが足りていないのか推測の域を出ない。


――コンコンコンコン 

 

『夕食ができました』

「あぁ今行く」

 時間だ。

 下に降りる前に紅葉に一件だけメッセージを入れた。


 ――キンコン


『いいよ』

 無理を承知だったか二つ返事。

 まるで俺が頼むことがわかっていたような早い返信だった。


 アリシアが来てから二度目の夕食は案の定静寂に包まれる。

 ただそこまで重苦しい空気ではない。

 お互い見計らうような……。

 臆病に怯えるような……。

 そんな空気感だ。 

「「ごちそうさま」」

 食べ終えたのは同時、洗い物を済ませて一息つく。

 アリシアは覚悟が決まっていないのか少し俯いている。

「足は大丈夫か?」

「はい、葵先生の適切な処置のお陰で普通に歩く分には大丈夫です」

「なら、少し付き合ってくれないか?」

 今、俺が出来ることはきっかけを作るぐらい。

 それとこの国での春が悲しみで塗りつぶさないようにすることだ。



 満月の夜。

 灯火のように心許ない街灯の下を歩く。

 暖かくなってきたとはいえ夜風は冷たく。

 煮詰まった頭を冷ますにはちょうどいい。

「アリシアからすればこんな時間に歩くなんて滅多にないだろ」

 一応周りに気を配るが怪しい気配はない。

「そうですね。アトリシア公国にいた頃もありません。隼人さんは?」

「不良少年だったんでな。盗んだバイクで走り出すことはなかったが夜に出かけることはザラにあった」

「今でも十分不良少年なのでは?」

「否定はしない」

 合わない歩幅。

 ズレる足音が夜の闇に溶けていく。

 当たり前だがこれが俺達の現状だ。

「隼人さんは保健室で私の話を聞いて……どう思いましたか?」

「どうとは?」

「大和の敵。そういう存在になりませんでしたか?」

 あえて兄弟の情報を開示することで自分から意識を逸らす立ち回りにも見えた。

 こうして俺に問いかけることでその立ち回りをさらに助長させて最後は身の上話でもして同情を誘う。

 ありきたりなシナリオだな。

「正直に言えば一瞬だけそう思った」

「隠さないんですね」

「そうしてほしそうな顔をしていたからな」

 それに加えて震えている。

 これが演技ならお姫様ではなく役者を目指したほうがいいだろう。

「あんまりレッテルっていう言葉が好きじゃないんだ。未確認生物じゃ怖いから誰しも自分の知っている名前をつけて相手を判断する。けど、一度貼り付けてしまえばなかなか剥がせない。それは今後相手を見ないと言っているようなもんだ」

 結局それは自分の知っている相手を押しつけているだけで相手を見ていない。

 "疑わしきは罰せず"が俺の流儀だ。

「実際出会って二日目程度だ。それで判断できるほど観察眼も優れていない。感受性も持ち合わせていない」

「単なるお人好しですか?」

「残念ながらそこまで人間が出来ていないんだ」

「では、何故?」

 最もな疑問だ。

 こういう疑問は素直に答えるに限る。

「俺が最も信じている人にアリシアを助けてやってくれと言われたからだよ」

 紅葉は俺より人を見る目がある。

 特に感受性が強く相手が悩みを抱えているとすぐにわかる。

 善悪の良し悪しなんて人それぞれだがあいつが善と判断したなら俺も善だ。

「羨ましいぐらいの信頼関係ですね」

「単なる元主従関係だ」

「けど、信じているのでしょう?」

「ああ、これ以上ないくらいにな」

 ワガママでも、独裁政治をしたとしても。

 最後まで俺はあいつの味方であり続ける。

 それが自ら紅葉に仕えた時に誓ったことだ。

「アリシアが何かを抱えて俺を利用するならそれはそれで構わない。ただそれにもやり方があるってことを言いたかっただけだよ」

「それを言うためだけにわざわざ夜の散歩に誘ったんですか?」

「それはついで。本命は……ここだ」

 行き着いた先は親善試合の会場。

 いつもは電気はついておらず真っ暗だが今日は中から灯りが漏れている。

「立ち入り禁止なのでは?」

「安心しろ、許可は取ってある」

 臆することなく正門を通るが警報はならない。

「騙されたと思ってついてこい」

 少し前を歩いて振り向き手を差し伸べる。

「帰り道もわかりませんし大人しく従います」

 理由はどうあれ差し伸べた手を握り返してもらえるってのは案外いいもんだな。


 ◆


 手を繋いでいるせいか自然と歩幅とリズムも揃っていく。

「よく来るんですか?」

「いや、年二回程度だ」

「道理で落ち着きがないと思いました」

「あまり人と手を繋がないのもある」

「なら、なんで繋いだんですか……」

「逃さないため?」

「疑問形……他の理由は?」

「一昨年までは紅葉がいたが去年は護衛役を辞めていてな。不法侵入して警備員と逃走劇をしたせいかもしれない」

「何をやっているんですか……」

 しかも、『地獄まで追ってくるのでは?』と思うほどにしつこかったせいで軽くトラウマだ。

 許可を取っても尚、通路から飛び出してこないかヒヤヒヤしている。

「それぐらいの価値があるんだよ」

「紅葉姫との思い出ですもんね」

「妬くならもう少し好意を寄せてからにしてくれ」

「ノロケをうざいと思うことに好意は関係ありませんよ」

「違いない」

 一年目は紅葉を探しに来たときに知って。

 二年目は去年の光景が頭から離れず。

 三年目は最後だと思っていたので名残惜しんだ。

 四年目は未練からか不法侵入。

 そして五年目は……なんだろうな。

「隼人さんは……自分の生きる意味とか考えたことはありますか?」

 若干深夜テンションもあるが茶化すのは野暮だな。

「似たようなことは考えたな」

「似たようなこと?」

「死んでもいい理由」

「何ともネガティブな意見ですね」

 誰にも話したことがない言葉がすっと出た気がした。

「昔、人は必ず死ぬのに勝手に死ぬことが悪だという風潮が気に食わなくてな。どうしたら死んでも文句を言われないかを考えたことがある」

「意外ですね」

「結論、他人の評価を考えるから面倒だと気付いた」

「……凄く隼人さんらしいですね」

 かなり言葉を選んだな。

「後悔のない人生なんてものはない。なら死ぬ時に一つだけでも『大切なモノがあった』と言えたら納得は出来るかなって」

「隼人さんはその大切なものを手に入れたんですね」

「ま、手放したんだけどな」

「え……?」

 アリシアの中で俺の大切なもの=紅葉という構図が崩れ去ったようだ。

「確かに紅葉は特別だ。お互い友情や愛情とは違う場所にいる」

 人間関係の形や名前は人それぞれだ。

 全てが当てはまるわけではない。

「だから今死んだら後悔するから生きることにした」

「消去法じゃないですか」

「生きる意味なんてそんなもんだよ。高尚な理由なほうが稀だ」

 そんなものを考えるからしんどくなる。

 明日のご飯とやりたいことだけ考えていればいい。

 観客席に続く扉が見えてきた。

「話の続きは少し後にしよう」

 扉を開けて目の前には広がるのは満開の桜。

 親善試合の時よりも咲き誇っている。

「騙されたかいはあったか?」

「ええ。あの時余裕がなかったんだと気づけました」

 毎年恒例にしている花見は無理かと思っていたがなんとかなるもんだ。

「そろそろ足も疲れただろう。座ろうぜ」

「はい」

 エスコートはここまで。

 手を離して用意してもらった徳利とお猪口二つを持つ。

「アトリシア公国でもお酒は二十歳からです」

「酒じゃねえよ」

 徳利の中の液体をお猪口に注いで渡すと恐る恐る匂いを嗅いでいた。

「お酒じゃないのはわかりましたが……これは何ですか?」

「飲んだら答える」

「……」

 疑心暗鬼。

 俺とお猪口に注がれた液体を交互に見ている。

「信用ねえな」

 進まないので目の前で飲んでみせた。

「な?」

「……いただきます」

 アリシアがお猪口の水を飲み干す。

「ただの水ですね」

「ああ、味はな」

 疑問符を浮かべるアリシアに徳利の内側の底を見せた。

「白い……アネモネ?」

 大和では馴染みのない花。

 どちらかといえばアトリシア公国のほうが馴染みはあるだろう。

「正解。これを作った陶芸家は陰陽術が得意らしくてな」

「確かこの国の魔法ですよね?」

「そうだ。ちなみに白いアネモネの花言葉はわかるか?」

「いえ、さすがにそこまでは……」

「いくつかあるらしい。希望や期待、あとは……真実」

 陰陽術という摩訶不思議な現象。

 そして真実という言葉。

 効力は『隠し事を話す』と連想したのであろう。

 アリシアは急いで口を覆った。

「っていうことを伝えて、よくイタズラをする子どもにカマをかけたり、逆に素直になれないやつが使用して本音を言うための大和の人間なら誰でも知っているジョークアイテムなんだよ」

 肩を竦めながら本当のことを言うと顔を真っ赤にしたアリシアにポカポカ殴られた。

「酷い! 酷すぎます! あれだけ『話さなくてもいいよー』みたいな雰囲気を出しといてカマをかけるなんて!」

「勝手に妄想して自爆したのはアリシアだろ?」

「性悪! 鬼畜! ヘタレ!」

「言いたい放題だな」

 予想していたよりも見事に引っかかったのがおかしくて笑ってしまう。

「察するのは苦手なんだ。そんな俺の横で『何かを抱えてます』をしていたらこうなることを知らしめようと思ってな」

「だとしても、もう少しマシな方法はあったでしょう!」

「考えるのが面倒だった。反省はしているが感情的なアリシアが見れたから後悔はしてない」

「本当に性格が悪いですね!」

 十分に笑ってのどが渇いたのでお猪口に水を注いで見せつけるように飲み干した。

「確かに上手くすることも考えたが傍にいてほしいと思った相手だからな。ズルかろうが酷かろうが暴くことにした」

「……今、なんと?」

「上手くすることも考えた?」

「その後です」

「ズルかろうが酷かろうが暴くことにした?」

「……わかってますよね?」

「恥ずかしいんだ。察しろ」

「面倒くさい婚約者ですね」

 ほぼ一目惚れみたいなもんだ。

 シラフで言えてたまるかよ。

「私の話……聞いてくれますか?」

 アリシアがお猪口を俺の方に差し出す。

「聞くさ……いくらでも」

 水を注ぐとアリシアは一気に飲み干し。

 そして彼女は語りだす。

 アリシア=オルレアンがどういう人間なのかを。

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