第八話「忌み子」
「隼人さんはアトリシア公国にどういった印象をお持ちですか?」
淡々と語るアリシアの声音はとても冷たく。
感情の欠片も感じられない。
「魔法で発展した魔法大国ってところだな」
「それで相違ありません。アトリシア公国では魔法の才能がその者の価値と言っても過言ではない」
震える手が視界に入ったので落ち着かせるために軽く握る。
「王家に女性が生まれたのは実に三百年ぶりだそうで。王宮内で騒ぎになったそうです」
「悪い意味でか」
「ええ、何せ王家に生まれた女は呪いを受けた忌み子なのです。これを見てください」
アリシアが胸の前で手を組み祈るように目を閉じる。
すると大気から光の粒子が生まれるがアリシアに集まる前に霧散した。
「通常魔法を行使する際のプロセスは大気中のマナと体内のマナを体内で練り合わせて物質に変換しますが私の身体は大気中のマナを弾く性質があります」
「つまりアリシアは……」
「ええ。私は魔法が使えません」
最初にアトリシア公国の話を出した意味を知る。
彼女は遠回しに『私には人としての価値はない』そう言っている。
そのことに対して怒りがこみ上げてくるが今は抑えた。
「幸いなことに母だけは私の味方でしたが、父や兄弟はそうではありません」
次の言葉を聞きたくはないが聞かないといけない。
自然と握る手に少しだけ力が入る。
「人としての価値のない忌み子の使い道は一つ。政略結婚の道具として育て国を発展させるための礎となること」
非人道的。
そんなことを許されるはずがない。
「私がここへ留学できたのは婚姻できる年までの三年間を表立って守れなかった母の最後の罪滅ぼし。それに報いるために私は強くならなくてはならなかった」
一秒でも長く抗うために。
誰よりも強くなるために。
今まで彼女はその思いで剣を振るってきた。
「それも一夜の夢でしたがね」
冗談っぽく笑い、肩を竦めて誤魔化すアリシアだがその瞳は今にも泣いてしまいそうに潤んでいる。
「紅葉に大和一の剣士を指名したのは?」
「剣の腕には自信がありましたから研鑽相手が欲しかったんです。まぁ、その相手が格上過ぎたのは誤算でしたが」
これには苦笑するしかなかった。
「その余裕から察するに婚約を破棄できる方法があるんだな」
「そもそも王である父に報告していませんから厳密には婚約していません」
「酷いお姫様だな」
「我ながらそう思います。ただ……」
「若狭真琴か」
「はい」
若狭真琴はレイル王子と繋がっている。
そう考えると若狭真琴経由でレイル王子に伝わっていると思うのは間違っていない。
「そこまで心配することではないと思うぞ」
「どうしてですか?」
「若狭真琴は親善試合に出ることではなく、アリシアと戦うことだった。なら、婚約をすることが目的だったんじゃないか?」
「おそらくは……」
「これは推察だがレイル王子は若狭真琴に婚約が破棄できることを伝えていない」
「何故そう思うのですか?」
「相手を利用するのにデメリットとなる要素は極力伝えないのが常識だ。なら、婚約は絶対なものって思わせておく方が都合がいい。そんな中、若狭真琴の口からレイル王子に報告はしないだろう」
しかも、狐の面の剣士が俺ともわかっていないのに校則違反まで犯してきたところを見るに相当焦っている。
「説得力はありますね」
「だろ?」
「なら、私が王に婚約したことを報告すればいいだけの話ですね」
「できないことを口にするなよ」
「……言っている意味がわかりません」
今の間で確信できた。
我ながら性格が悪いな。
「婚約破棄の方法。色々あるかもしれないが一番わかりやすいのは婚約者が亡くなることだ」
「……っ!」
「その様子じゃ当たりのようだ」
彼女が婚約を報告しなかったのは俺の命が危険に晒されるリスクがあったからだ。
彼女の留学の目的は強くなることよりも時間稼ぎ。
おそらく王家では王家にとって価値のある彼女の見合い相手は決まっているのだろう。
もしそんな中『婚約者が出来ました』と言えば殺されるのは間違いない。
「全部わかっていたんですね」
「まぁ、後半は話を聞いてわかったがな」
「なら、先程の言葉を撤回してください」
「何を?」
「…………傍にいてほしいという言葉を」
アリシアは自分が泣いていることに気がついていない。
手の震えが止まっていないことにも気づいていない。
ただ俺を騙していたことに対する罪悪感で助けを乞うことも許しを得ることもできない。
いつも通り理屈をこね回して相手を説得する自信もある。
頑なでも必ずつけ入る隙はあるがそういうのはしたくなかった。
「撤回か……」
手を握ったまま立ち上がってアリシアの正面に立ち。
「悪いが断固断る」
そのまま引き寄せて抱きしめた。
「な、何を?!」
困惑するアリシアを他所に言葉を紡ぐ。
「俺を好きじゃなくてもいい、利用してもいい。ズルくてもワガママでもいい」
紅葉の頼みなんてどうでもいい。
ただ自分に価値がないという彼女の言葉を撤回したくなった。
「私には…………そんな価値……」
「自分の価値観は大切だと思うが俺の想いまでも否定しないでくれ」
俺は自分だけで生きる意味を見つけられない。
誰かを助けることで生きることを許されている気がする。
そんな俺でも誰かに手を差し伸べて救うことが出来たなら。
その時は後悔はするだろうが納得はできる。
「傍にいろ」
「……後悔しても……知りませんから」
強く抱きしめると背中に手が回される。
受け入れてくれたことに安心する。
また死ねない理由が出来た……けど、同じ結果にはならない気がする。
「しねえよ」
俺もアリシアも生きた方は変えられない。
そんな二人だからこそ何かしら影響しあえたら……なんていうのは楽観視がすぎるかな。
◆
アリシアが泣き止んだのは日を跨ぐ直前。
少しは甘えることにしたのか。
『足が痛い』
その一言でおぶっているが不服そうだ。
「私お姫様なんですけど?」
「お姫様だからといってお姫様抱っこを要求するのは安直じゃないか?」
「昼間はしてくれたじゃないですか」
「あのときは咄嗟だったからな」
人目がないとはいえさすがにあの格好では歩きたくない。
「そういえば私が母国でどう扱われているか話した時、あまり驚かれていませんでしたが紅葉姫に聞いたんですか?」
「いや、紅葉からは助けてやってくれとしか言われていない」
「では、何故?」
「友好国への留学とはいえ護衛がいなかったからな。何かあるんだろうなーって」
元護衛役としての職業病だな。
家に来た時も保健室へ拉致した時も。
そしてこうやって夜道を歩いていても視線が感じないことに不信感があった。
「そういうことですか。で、私のどこに一目惚れしたんですか?」
「急な方向転換だな。しかもなんで一目惚れ限定?」
「あってから数日ですよ? それぐらいの間のことは覚えています。ですが、隼人さんが惚れる要素がなかったのでそうじゃないかと」
自信家なんだか慎み深いんだか。
知れば知るほどわからなくなる。
「親善試合の時だよ」
「本当に一目惚れじゃないですか。……? 待ってください。散々煽ってロクにこっちも見てなかったじゃないですか! しかも試合終わったらそそくさと帰りましたよね?」
「綺麗な空だなー」
叩きのめしても格上だと知らしめてもアリシアは向かってきた。
目立つのが面倒だったのもあるがアリシアの心が眩しすぎて逃げたなんて口が裂けても言えない。
「『傍にいろ』と言いましたよね」
「……ああ、言ったな」
恥ずかしいからあまり思い出させないでほしいな……。
「それは……いつまでですか?」
先程までの上機嫌はどこへやら。
不安になるのが早すぎ……なのはアリシアの場合はしかたないのか。
「別に期限を設ける必要はないだろ」
「……安心できません」
「なら、アリシアが決めろ」
「隼人さんが決めてください」
「言わせたがり屋か?」
「聞きたいんです」
「随分と甘えただな」
「隼人さんが言ったんじゃないですか」
「言ってねえよ」
「では、何と言ったんですか?」
「俺はただ……」
「ただ?」
素直に答えるのは何かイラッとするな……あ、そうだ。
「一生傍にいろって言ったんだ」
「ふふふ、何度聞いても嬉しいもの……です……ね……?」
理解したのか大人しくなった。
背中に伝わる体温が徐々に熱くなっていく。
人を誂うから隙だらけになるんだ。
わかったなら首に回した腕の力を緩めてくれないかな……?
少し息苦しい。
「……女誑し」
「聞きたがったのはアリシアなのにその評価はおかしいだろ」
「だからって不意打ちは卑怯です……」
「隙を見せるからそうなる」
可愛い反応が見れたのでよしとする。
昨日までの態度はなんだったろうな。
「私は一緒にいてもいいんですね」
「そう言った」
「ありがとう……ございます……」
やれやれ泣き虫なお姫様だな。
問題はそこそこある。
とりあえず早めに解決しないといけないことは見えた。
あとは相手の出方次第だがなんとかなるだろう。
それに若狭家が関わっているなら力も入る。
「アリシアもうそろそろ腕の力を緩めてくれ。何がとは言えないが当たってるから。お兄さん実はかなりドキドキしてるから」
「意地悪な隼人さんの言うことは聞いてあげません。罰と思って甘んじて受けてください」
ドキドキするだけで罰にはなってないんだよなー。
家まであと数分。
持ってくれよ…………俺の理性!
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