第二話「アーユーレディ?」
朝、目が覚めると既に隼人さんは出かけた後。
今日に限って熟睡するとは一生の不覚!
お陰で朝のまったりタイムがなかったので絶不調です。
「アリシアどうかしたの?」
稽古相手になってくれた千歳姉さんが手を止めるほどに集中できていない。
我ながら情けないですね。
「すみません。少し考え事を」
「内容は……聞くまでもないか」
隼人さんが言っていましたが本当に千歳姉さんはエスパーじゃないでしょうか?
「カフェにでも行こうよ。たまにはお姉さんが奢ってあげる」
このまま竹刀を振っても身にはならないのでお言葉に甘えることにした。
◇
本来学生たちは別科目の時間なので学園内のカフェは閑散としている。
しかし、職員の方たちは咎める様子もなく、注文を受けてくれる。
「驚いた?」
「ええ、誰も咎めないんですね」
「武芸者といえど人間だからね。休むことも時には大切だよ。まぁ、隼人くんは最近休み過ぎだけどね」
私が大衆の面前で腕を組んだだけで翌日から大騒ぎ。
今も尚その反応は収まることはない。
「隼人くん、夜には帰ってくるんでしょ?」
「そうなんですが……」
私が歯切れの悪い返しをすると千歳姉さんは笑っていた。
「……そんなにおかしいですか?」
「ごめんごめん。裏を返せばそれだけ一緒にいたってことだからさ。隼人くんをよく知る身内としては面白くって」
昨日のお茶会で紅葉姫も似たようなことを言っていたような……。
「隼人さんは人嫌いなのですか?」
「違う違う。むしろ逆」
「逆?」
「アリシアも知っての通り。隼人くんって妙に人を誑し込むときがあるよね?」
「はい」
ある意味私も千歳姉さんもその被害者です。
ただ何故そうなのか原因を考えたことはなかった。
「それはね。彼が人であろうと人に好かれたいと思うからだよ」
「……人であろうと? 隼人さんは人ではないのですか?」
「ごめんごめん言い方が悪かったね。彼は生まれた時から剣の神様に愛されているかのような才能を持ち、十二歳にして大和一。しかも、全部無傷で勝つほどのバケモノっぷりでね」
自分より優れたものに嫉妬し、知らないものに恐れる。
隼人さんの剣の才能は嫉妬することもなく、恐れるほどにレベルの違いをわからせる。
「彼の人間性を見るよりも彼の才能に恐れる人ばかりである種の人間不信だったんじゃないかな」
その孤独故にたどり着いたのがあの姿というわけですか。
「一時期は私ですら遠ざけていたからね。けど、彼はバケモノと言われながら人であることを望んだ。でないと欲しいものが手に入らないから」
物思いに耽る千歳姉さんはアイスティーのストローをくるくると回す。
「それは……なんですか?」
聞いてはいけないとわかっている。
それでも知りたいと思った。
「自分を見てくれる人」
彼も私と一緒のものを求めていたのだと少し嬉しくなった。
「少し前までは紅葉姫のように割り切った相手のほうがいいかと思ってたんだけどね」
友情や愛情ではなくただ存在のみを求めた。
紅葉姫はそう言っていた。
「アリシアといるところを見ていたら。どうやら隼人くんは存在を求められるだけじゃ物足りなかったんだなって」
「……千歳姉さんから見て隼人さんは幸せそうですか?」
「あれだけ想っているのにアリシアは不安なんだね」
「重い女ですみません……」
「他の相手ならともかく隼人くんにならいいと思うよ」
「どうして言い切れるのですか?」
「アリシアが想っている以上に彼がアリシアを想っているから」
千歳姉さんがスマホ画面を見せてくる。
そこに映っていたのは今朝隼人さんが送ってきたメッセージ。
――しばらくの間、アリシアを頼む。
「前の隼人くんなら自分で何とかしようとしてたけど。私を頼るぐらいアリシアのことを大切にしている。だから自信を持ってもいいんだよ」
「はい……」
ここが学園内でなければ直ぐに飛び出して隼人さんに抱きついてしまいたいぐらいに。
千歳姉さんの言葉は嬉しいものだった。
「まあ、心配しなくても一緒にいるのが西園寺藍なら大丈夫だよ」
「どうしてですか?」
「彼女が好意を抱くのは人ではなく強さという才能だから」
その言葉を聞いて思い出したのは隼人さんと若狭真琴が戦った時に見せた平然とする姿だった。
◆
一夜明けて多少はマシに……なるわけはなく、西園寺藍と顔を合わせてゲンナリする。
「失礼がすぎます」
「悪い他意はないんだ」
「尚、悪い」
実地調査の名目で戦いの舞台である合戦場に来たがそこそこ知っている場所だ。
今更新しい発見はない。
「で、西園寺一の肉か……才女様の作戦は?」
「余程昨日のことを根に持っているんですね。器の小さいこと」
「だまくらかした性悪女には言われたくない」
「きちんと握手はしましたから騙してなどいません。言いがかりです」
「なら、お前が大将をやれよ」
「そう言ってエサにする気でしょう?」
「その考えはお互い様だ」
第一、大将は本陣から動くと敵に位置を知られるリスクがある。
仲間の機動力を奪ってこいつはバカなのか?
「安心なさい。不甲斐ないあなたの代わりに敵本陣を沈めますので」
悔しいことに品性はド三流だが陰陽師としては超一流。
特に広範囲攻撃に関しては大和一だろう。
「不甲斐ないかどうか証明してやろうか?」
だからといってこいつに姫プされるのは屈辱で我慢ならない。
紋章は譲渡できないのでリスク承知で真正面から特攻するのも辞さない覚悟だ。
「遠慮しておきます。あなたのせいで負けたとしても国民からの非難を受けるので」
「随分他人を気にするようになったんだな」
「それはあなたもでしょう? 独りがお似合いだというのに群れをなそうとするから弱くなる」
「……それは挑発か?」
俺だけでなくアリシアまでもバカにするとは思わなかった。
「そうだと言っても何もできないでしょう?」
防がれるのを承知で刀を抜いて斬りかかる。
案の定強固な結界に阻まれた。
「加減しなくても構いませんよ?」
「……なら、遠慮なく!」
二撃目で結界をぶち破るが予想していた西園寺は反撃の構え。
鳥を模した十数羽の炎が宙を舞い、蛇行しながらこちらに向かってくる。
あの熱量……接触すれば即爆発。
避けるが吉だが切り刻んで爆炎を利用して加速して首元目掛けて刃を走らせる。
「惜しかったですね」
刃は先程より圧縮された結界に阻まれる。
俺の刃が迫ってからではない。
最初から仕込んでやがったな。
「お眼鏡に敵ったか?」
安い挑発に乗ったが見返りがないのは虚しいものだ。
刀を鞘に収めて出方を伺う。
「ええ。思ったよりも腕は衰えていないようですね。この前の戦闘で勘が戻りましたか?」
西園寺藍は自分に同等かそれ以上の強者に微笑む。
護衛役を代わる際に戦った時から俺が本気で斬りつけると狂気じみた笑みを浮かべる。
まさに戦いに飢えた獣。
強さのみを信じるからこそ彼女は揺るがない精神力と腕が評価されて護衛役の座についた。
「本気なら結界ごと首を跳ねていた」
「不可能。そう言い切れないのがあなたの素晴らしいところです」
「そんなところを褒められたって誰も嬉しくはない」
「まぁ、その分品性がゴミですから差し引いてマイナス評価です」
「本当に喧嘩を売るのが好きだな」
「安い挑発に乗る方をからかうのは気分がいいですから」
「趣味の悪い女だ」
「あなたが本気を出すなら私はどんな手も使います」
「そんなに護衛役を代わる時の試合を止められたことが気に食わなかったか?」
「生まれて初めてこの狂気が収まるかもしれないところを邪魔されたのです」
「良い医者を紹介してやろうか?」
「どうせ姉さんでしょうから遠慮しておきます」
葵先生からはそこまで不仲ではないと聞いているが、どうも西園寺藍からは確執を感じる。
「それよりも城へ戻りましょう。ここは気分が優れません」
「同感だ」
こちらを観察する複数の視線。
中には敵意が見て取れるので大方向こうも合戦場の下見に来ているのだろう。
開戦は一週間後。
それまでは派手に動くことはできない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます