第一話「指切り」

 アリシアは紅葉とお茶をするついでに夕飯を済ませると聞いていたので俺も外で済ませようかと思ったが何となく家に帰る。

 リビングには一人分の食事と不穏な書き置き。

 

 ――帰ったらお話があります。


 スマホのメッセージではなく、アナログを選んでいるところから心情を察する。

 半日も連絡が取れなかったんだ心配させて拗ねられても弁明はできない。

 紅葉が宥めていることを祈りながら最後の晩餐をありがたく食べる。

 紅葉が護衛役の代理候補から千歳を外したのは正直ありがたい。

 アリシアに何かあれば彼女は必ず動いてくれる。

 問題はやはり西園寺藍と二人で一万の軍勢をどう相手にするかということと若狭真琴がどう関わってくるかわからないことだ。

 若狭真琴のアリシアへの執着は尋常じゃない。

 一目惚れを拗らせたストーカーレベルだ。

 あのときはあいつが魔法使いとして未熟だったから半端な修羅の道行で封殺できたが次はそうはいかないだろう。

 愛刀の椿を持って帰ってきているから真剣での鍛錬はできる。

 ただ、何となく半端な気持ちで振るいたくないのも事実。

 我ながら面倒くせいな……。


 ――ガチャン。


「ただいま帰りましたー」

 そうこうしている間に裁判長のお帰りだ。

 声音を聞く限りそこまで機嫌は悪くはなさそうだ。

「おかえ――」

 俺の姿を見るやいなや縮地で突進。

 押し倒される前に回転して勢いを殺して抱きかかえる。

「アリシア。せめておかえりを言い切ってからにしないか?」

「朝のまったりタイムがなかったんです。一秒足りとも待てません」

 物足りないことには同意するが普通の人なら怪我しているところ。

 ただアリシアが寂しくて拗ねているだけのようで安心する。

「それを言われるとぐぅの音も出ないけどな。それと夕食ありがとう。いつも通り美味しかったよ」

「なら、作っておいてよかったです」

 梓さんに仕込まれていたから大和の料理も実に俺好み。

 アリシアの目論見通りに胃袋を掴まれてしまっている。

「先に言っていたように食事は済ませてきたのか?」

「はい、紅葉姫に良い店を教えていただきましたので今度行きましょう」

「了解。お茶でも飲みながら話さないか? 今日のこととか色々と話がしたい」

「わかりました。先に着替えてきますね」

 名残惜しそうな顔で身体を離すと軽い足取りで二階に上がっていく。

 さて、アリシアが帰ってくる前にお茶を用意しないとな。 

 


 日課になりつつある食後の談笑。

 元々はお互いを知るために始めたが良い案だと思っている。

 俺は基本的にはソファに腰掛けているがアリシアは日によって違う。

 ソファに座らずに俺の足の間に座ったり、膝の上を陣取ったり。

 時には膝の上に頭を乗っけてくる。

 今日は余程寂しかったのか肩を触れさせて寄りかかってきた。

「てことは今真剣を持っているんですね」

「あ、食いつくところそこなんだ」

 事細かく今日のことを報告すると愛刀を持ち帰っていることに目を輝かしていた。

「一応、言っておくがアリシア相手には抜かないからな」

「イケズです……」

 最近竹刀で相手をしても不服そうにしていたから無理もない。

 ただ断固として刀を使えば傷つける可能性があるほどにアリシアの実力は格段に上がっている。

「テロでも起こしましょうか……」

「そしたら頭も撫でれないし、一緒に寝られなくなるが?」

「今日のところは諦めます」

 俺の婚約者は今日もクソチョロ可愛いな。

「てなわけで一週間ぐらい忙しくなるから」

「晩御飯は軽いものにしておきますね」

「話聞いてた?」

「はい、聞いてましたよ。けど、毎日帰ってくるんですよね?」

「まぁ、泊まり込む予定はないな」

 学園の方は公欠すると思うが開戦までは日中は訓練するぐらいだな。

「ただ何時に帰るかわからんぞ?」

「構いません。隼人さんが帰ってきてくれるなら何時でも待ちます」

「連絡したらちゃんと先に寝ててくれ」

「それはその時の私に言ってください」

「どうせ今もその時も聞きやしないんだろ?」

「もちろん」

「開き直るなよ」

「だって、そう言っておけば隼人さんは必ず帰ってきてくれますから」

「……あんまり期待するなよ」

「わかっています」

 以前よりも強い絆で結ばれすぎて扱い方を熟知されている気がする。

「何か楽しそうだな」

「ええ、少しだけ」

「小規模とはいえ戦争だぞ?」

「そちらではなく、隼人さんは一週間も苦手な西園寺藍さんと行動を共にするわけですよね?」

「不本意ながらな」

「精神的に参った隼人さんが素直に甘えてくれたらいいなーと。そういう期待をしてしまって」

「年上甘やかしても何も良いことないぞ?」

「私の意地の問題です。甘えるばかりだと嫌ですから」

「それを言うなら昼飯以外の食事は甘えているだろう」

「料理は趣味みたいなものですし、それに料理をしていると必ず隼人さんの視線を釘付けにできますから」

「……」

 最近やたらとエプロンしたの服装に気合が入っているのはそのためか。

「隼人さんの好みは家庭的な子みたいですね」

「分析はやめなさい」

「では、お聞きします。どんな女の子が好みですか?」

「アリシア」

「そ、そういうことを聞いているんじゃありません、もう」

 もう一押しだが今日はこの辺で勘弁してやろう。

「違う心配が出てきました」

 はしたなくも俺の方を向いて跨り膝を立てているのでアリシアの顔を見上げる。

「今の問答で何が心配になるんだ?」

「うっかり天然女誑しが発動して西園寺藍までも隼人さんに惚れないか心配です」

「そんな特殊スキルを持ち合わせてないし、仮に持ち合わせていたとしてあの女が相手なのは誠に遺憾だ。名誉毀損で訴えるぞ」

「大和では嫌よ嫌よも好きのうちというそうですよ?」

「紅葉のやつロクなこと教えねえな」

「私としては有意義な時間でしたよ。またお茶に誘われました」

「両国の姫君が仲いいのは結構なことだな」

 最近アリシアが家庭的で忘れがちだがアトリシア公国のお姫様なんだよな……。

 あまり姫様扱いした記憶はないが。

「そういえば、紅葉姫から隼人さんが『埋め合わせをする』と言っていたとお聞きしましたが」

「その件だが埋め合わせとは少しニュアンスが違うくなるかもな。それと今回の件が片づくまで保留にしておいてくれ」

「別に構いませんよ」

「よかった」

「その代わり待った分は期待しますからね?」

「あんまり待たせることもしないし、期待してくれて構わないよ」

「珍しく自信家ですね」

「たぶん、喜んでもらえると思うからな」

 少し早いがわかりやすい形あるものは必要だろうと思う。

 そう思えるようになったのもアリシアのお陰だ。

「では」

 おもむろにアリシアが小指を差し出してくる。

「よく指切りを知っていたな」

「紅葉姫に教えてもらいました。隼人さんはこうすると必ず約束を守ってくれると」

「願掛けみたいなものだよ」

 ロクでもないことだけではなさそうだ。

 指を絡めて呪いの言葉を紡ぐ。

「そろそろ寝る支度をしようか。先に風呂どうぞ」

「一緒じゃなくていいんですか?」

「何故、『いつも一緒に入っている』みたいな雰囲気を出す? 入ったことないだろう」

「従兄妹の千歳姉さんとは入るのに……」

「子どもの頃な?」

「……この前入ってましたよね?」

「早く行かないと抱きしめる時間が少なくなるぞ」

「すぐに行ってきます!」

 家の中で気軽に縮地を使っているがそれ普通に高等技術だぞ……。

「俺も悪い男になったもんだな」

 シャワーの音が聞こえてきてから道場に向かう。

 いつも通りなら三十分は帰ってこないのでその間に真剣での稽古を済ませておこう。

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