第三巻

第三巻「序章」

  後一週間で六月になる今日この頃。

 今年の大和は梅雨入りが早く今日も窓の外は雨が降っている。

 そして天気だけでなく、昨日の夜中に呼び出されてからアリシアと顔を合わせていない俺――風見隼人の気分も悪かった。

 最も気分が悪い原因はアリシアに会えていないことよりも目の前でお茶を飲む少女――西園寺藍がいることが大半を占める。

「そんなしかめっ面をするほど口に合いませんでしたか?」

 何の嫌がらせか応接間に二人きり。

 本来、美味いはずの紅茶の味がわからない。

「安心しろ。この顔は飲み物のせいじゃねえ」

「そうですか」

 遠回しに皮肉を言ってもどこ吹く風。

 犬猿の仲である俺たちを招集した紅葉はまだ来ないのか。

「時に風見隼人」

「なんだ?」

「あなた刀を捨てたんではなかったのですか?」

 俺の横には愛刀である椿。

 城の入り口で渡されたものだ。

「紅葉の頼みだからな」

 裏を返せばそれ程の相手ということ。

 気を引き締めるのにアリシアと会わないのは正解といえる。

「相変わらずの姫至上主義ですね。まぁ、今は違う姫にもご執心のようですが」

「婚約者が羨ましいなら素直にそう言うよ。嫁の貰い手のない鬼姫が」

「あなたのほうこそ紅葉姫の恩恵にあやかったおこぼれでしょう? すぐ捨てられるに決まっているのですから調子に乗らないことです」

「言うね〜。結婚する時はぜひ招待状を送ってやるよ。風見家に招待された屈辱も含めて二倍のダメージを受けろ」

「風見家次期当主は随分妄想がお得意なのですね。ありもしない未来のことを語って虚しくならないんですか? あぁ、そうですか。それもわからないぐらい頭がお花畑なんですね。お労しい」

「君たち実は仲いいでしょ」

 椿を握ろうとしたところでタイミング悪く紅葉が入ってくる。

「取込み中っぽいけど話を始めていいかな?」

「ああ」「はい」

 西園寺藍をたたっ斬るのは今回の事態を収拾した後だ。

 まずは目の前の隣国――ハルバール王国との戦争問題に集中する。



 ハルバール王国。

 十数年前に大和に喧嘩を売ってきて無様に敗戦した国。

 前は作物等の輸出で有名だったが今は見る影もない。

 当時の王は責任を取って玉座を退いてその息子だった者が後を継いだらしいが暫定だったため、最近その王も代わり、その新しい王様が再びうちに喧嘩を売ってきたらしい。

「向こうの要求は前に負けたときの領土返還とここ十数年で不景気になった分の補填金。当然こんな無茶な要求は受け入れられないから戦争になりかけてるの」

「新しい王とやらは先々代と同じくバカなのか?」

 武力で有名な国に再び戦いを挑む。

 愚行にも程がある。

「つまり何か策があるということですね」

「これは三日前に撮影された国境付近の写真」

 見せられた写真は夜に撮られたようで暗いが数十名程の人間が写っている。

 その先頭に立っている男には見覚えがあった。

「若狭真琴……」

「どこに身を潜めていたかと思えばハルバールに亡命していたのですね」

 一番欲しい情報が手に入って歓喜するが少々厄介な状況になった。

「で、君は二人を呼んだ理由だけど。うちとしても向こうとしても被害は最小限に抑えたい。折衷案として人数を決めた合戦をすることになった」

「規模は?」

「それぞれ一万人」

「なら、俺一人で十分だ。この女は必要ない」 

「それはこちらの台詞です」

「二人共の案は却下。というかもう城主が二人だけで一万人を相手にするって言ってある。私は単なる通達係」

「その間の護衛はどうするつもりだ」

「風見家から相楽鏡夜、西園寺家から西園寺葵を派遣するらしいよ」

 まー表面上は角が立たない人選だな。

「西園寺当主も了承しているのですか?」

「うん。向こうの当主も本人も了承している」

 大方、職権乱用して知り合いを仮役に選んだのだろう。

 風見家から鏡夜を選んだのは葵先生の婚約者だからだな。

「……差し出がましいことを聞いて申し訳ございません」

「いいよ。気にしてないから。隼人の方は質問ある?」

「勝利条件は?」

「それぞれ大将役を立てて打ち取ったほうが勝ち」

「場所は?」

「国境付近の合戦場」

「開戦は?」

「一週間後。それまでに二人で話し合って作戦決めてね」

 伝達事項は以上だったらしく紅葉は席を立つ。

「おいコラ、どこに行く」

「アリシアとお茶の約束。何か言っておこうか?」

 城内は秘密保持のためにスマホの使用を制限されている。

 元護衛役であっても例外ではないので門前で預けている。

 一応、出掛ける前に言葉を交わしたがそれでも拗ねているだろうな……。 

「……埋め合わせはする。とだけ言っておいてくれ」

「りょーかい」

 紅葉が退席して一息つきたかったが。

「何か言いたげだな」

「いえ、思ったよりも順調なのですね」

「お前が俺の色恋に興味があるとはな」

「ええ、色恋に現を抜かして風見家が衰退することを願っています」

「だろうと思ったよ」

 目を合わせればメンチの切り合い。

 口を開けば罵り合い。

 拳を振り上げれば殺し合い。

 そんな二人で作戦会議?

 紅葉も酷い冗談を言うようになったものだ。

「とりあえず、今日のところは解散しようぜ」

「ええ、そうですね。私も代理の方に引き継ぎを済ませておきたいので」

 利害が一致したのでお互い席を立つと西園寺藍がこちらに手を差し出した。

「……何のマネだ?」

「一応、短い間手を組むのです。握手くらい交わしても罰は当たらないでしょ?」

「……」

 こいつが握手だと?

 俺に?

 ないない。

 絶っっっ対に裏がある。

「疑り深い男ですね。それとも婚約者以外には触れられないチキンですか?」

「……いいぜ、その挑発に乗ってやる」

 俺が西園寺藍の手を掴むと不自然に俺の右手首が赤く発光する。

 浮かび上がったのは大和の国旗にも使われる火の鳥の紋章。

「よろしくお願いします、大将閣下」

 ここぞとばかりに満面の笑み。

 こいつがここまで笑顔なのは初めて見た。

「……よろしくな、肉壁さん」

 まんまと大将役という枷をハメられた俺は密かに仕返しする内容を考えるのであった。

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