第三話「作戦会議」
昨日の応接間に戻って地図を広げる。
空間に慣れたのか昨日より紅茶が美味い気がする。
「今日下見したのはこの辺り。拠点にするには些か懸念材料が多いですね。対してあちらの視線から逆算するに向こうはこの辺ですか」
「別に旗取りじゃないんだから拠点はどうでもよくないか?」
「わかってはいましたが、大人しくする気はないんですね」
「相手がお前じゃなければ姫プされるのを躊躇わなかったんだがな」
「そんなに嫌ですか?」
「後から上から目線で何か言われたら斬りそうになる」
「器の小さいことで」
「なんとでも言え」
そういった発言をすることを否定しない辺りがこの女らしいな。
「明日も午前中は下見になりますがよろしいでしょうか?」
「構わない」
「結構。時に風見隼人」
「なんだよ」
「そこまで身構えないでください。この戦争に参加した意図を聞いておきたかっただけです」
「意図も何も紅葉に招集されたら断れないだろ。まぁ、まさかあんたと組むことになるとは思わなかったがな」
「私が聞きたいのはそういうことではなく、どう勝利しようとしているか? ということです」
これだから勘の良い女は嫌いなんだ。
「誰も殺さずに恐怖を植え付ける。もうこの国へ戦争など仕掛けようと思わないほどにな」
俺が個人で出来ることなんてたかが知れている。
政は不得手。
ただ今回は向こうが先に口火を切ったお陰で武力が求められる。
大義もない、名分もない。
しかし、行動に価値を見出すとしたら今後のために動くこと。
俺だけでも相手に恐怖を植え付ける抑止力にはなれる。
「殺さないとはなんとも甘い考えですね」
「殺しても恨みを生むだけだ。そして恐怖とは生きてこそ語り継がれる」
一人の恐怖が他の者に伝播する。
それが複数人ならもっと早い。
「殺さなくても争いは次の争いを生む。そして生きた恨みはあなたが無理だとわかれば周りに危害が及ぶ」
「あんたが心配するなんて珍しいな」
「あなたを選んだアリシア姫が気の毒だと思っただけです」
「それには同意する」
幸せを誤魔化すためかたまに思う。
アリシアは剣の才能しかない俺を選び、最近では甲斐甲斐しく世話を焼いている。
どれだけ言葉を交わしても、どれだけ触れ合っても未だにわからない。
アリシアは俺のどこを見てあんなにも好いているかを。
「惚気けられても困りますし話を戻しましょう」
「話を戻す前に俺もあんたに聞いておきたい。何故、今回の招集に承諾した?」
俺とは違い西園寺藍には護衛役という最も断りやすい明確な理由があったのにも関わらず、俺の目の前で紅茶を嗜んでいる。
「西園寺の名を広めるためです」
間髪入れずに返ってきた答えに首を傾げる。
「十分広まっているだろ。この国の者で西園寺の名前を知らないやつを探すほうが難題だ」
大和開国時から風見家と共に両翼として御門家を支えてきた由緒ある家柄。
しかも、一年前から次期当主候補である西園寺藍が紅葉の護衛役を務めている。
それ以上に何を求めるというのだ。
「世間に疎いようですね。巷では西園寺家は風見家に劣ると言われているんですよ」
「それは陰陽術をよく知らない奴らの偏見だ。気にするほどでもないだろ」
現に俺は西園寺藍に負けてもいないが勝ってもいない。
力の差は同等と言わざるを得ない。
「そんな有象無象如きでもわかるように示さなければならないのです」
「西園寺のほうが上だと? 次期当主は随分な面倒事を背負い込むね」
「あなたが異常なのです。そもそも家名に対しての矜持というものはないんですか?」
「上だの下だの優劣を気にしてたらしんどくないか?」
たまたまその家に生まれただけとまでは言わないがそれで自分の生き方を決めることは俺には無理だ。
それと何となく西園寺藍が俺に対して突っかかてくる理由がわかってきた。
「こんな方が風見家の次期当主とは」
「バカらしいか? けど、俺から言わせれば家名に縛られているあんたのほうがバカだと思う」
伝統は確かに大切だが今を生きる人間にそれを押し付けてはならないというのが俺なりの持論だ。
これも単なる押しつけになるので言わないでおく。
「平行線ですね。唯一一致したのは圧倒的勝利だけとは……っともうこんな時間ですか」
時刻は十二時前。
休憩を挟むのにはちょうどいい。
「午後もここでいいのか?」
「無駄なことかもしれませんが今回の戦争の前に互いを理解することは必要だと思うので」
「理解ねえ……」
アリシアと過ごして他人と関わることに苦手意識はなくなってきたが何年経ってもこの女とだけはわかり合えない気がする。
「ああ、言いそびれるところでした。紅葉姫から昼食時は中庭に来るようにと伝言です」
「中庭? なんで?」
「私は伝言を頼まれただけなので知りません。本人に聞いてください」
それだけを言い残して西園寺藍は退室する。
次期城主からのせっかくの誘いだ。
ご相伴に預かるとしよう。
◆
三年間過ごした場所なので道に迷うことなく歩く。
中庭に続く廊下の両端には紫陽花が色づき始めていた。
もう少ししたらまた植物園に行くのもいいかもしれないと考えている間に目的地に着く。
「お疲れ〜」
待っていた紅葉は行儀悪く足をバタつかせて縁側に腰掛けている。
その傍らにはバスケットボックスが見えた。
「鏡夜たちは?」
「席を外してもらってる。まぁ、いてもいなくても態度は変えないでしょ?」
「違いない」
無遠慮に紅葉の横に腰掛けた。
「藍さんとはどう?」
「わかりきったことを聞くなよ。紅葉には悪いが協力して国のためにって感じにはならんよ」
俺もあっちも歩み寄るように見えて我を通す。
そしてその我の相性が悪い。
「けど、勝利は疑わないでしょ?」
「俺が知っている中じゃ間違いなく最強だからな」
風見家の関係者でも他国の人間でも刀を持った俺をあそこまで止める人間はいない。
「君にしては対人関係を頑張ってるから今日はご褒美を用意したよ」
バスケットボックスの中を開けると色とりどりのサンドイッチが敷き詰められていた。
褒美というにはささやかだが一つ懸念がある。
俺は三年間紅葉の護衛役をしてきた。
その間、城で食事をしてきたが大和の料理以外が出てきたことが一度もない。
一度、料理長と話す機会があったときにそれとなく聞いてみると大和城内の料理人は簡単なものであっても大和の料理以外を作れないとのこと。
つまり料理人以外となると候補者の一人は目の前の姫君。
そして俺は紅葉が料理したところは見たことがない。
何が言いたいか。
もし、紅葉が作ったとすれば誰にも教わっていない可能性があるということだ。
つまるところランチボックスではなく、パンドラの箱ではないかということだ。
「悪いな〜」
動揺しては懸念を悟られる。
潔くハムサンドを手にとって一口齧り……紅葉を睨みつけた。
「何アリシアに面倒かけてんだ……」
パンに塗られた独特の風味の正体は最近アリシアがハマっている味噌マヨネーズ。
「妻の愛妻弁当は君にとっては何よりのご褒美でしょ? というか私が作ったんじゃないかって不安が顔に出てたし。失礼しちゃう」
「まだ妻じゃねえ。それにお前料理できんのか?」
「焦がした卵焼きが食べたいなら作ってあげるけど?」
「遠慮しとく」
やはり紅葉は紅葉だな。
あの頃のまま変わらない姿に和む。
「昼からも会議でしょ? アリシアのサンドイッチに免じて話ぐらいは聞くけど?」
紅葉の分入ってたのか。
道理で多いわけだ。
「いい人そうに見えてサンドイッチ目当てなのが残念だ」
「私はそんなに見返りなく動くような安い女じゃないからね」
「いやサンドイッチで相談乗ってる時点で安いからな?」
アトリシア公国の姫特製サンドイッチ……非売品という意味ではある意味高いのか?
「そんなことよりオススメは?」
「初手はシンプルにたまごサンド辺りだな」
そういやシャノワールに連れて行ったときも他国の料理が出てくるだけで喜んでたな。
「とりあえず話をするのは飯の後にし――」
「いただきます」
こっちの話など聞いちゃいない。
全て食べ尽くされる前に俺も食べる。
帰ったらアリシアの頭を撫でくりまわしてやろう。
ついでに時間的に紅葉からは聞けそうにないのでお茶会で何を話したかゲロさせるか。
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