第四話「呪い」
昨日今日の西園寺藍とのやりとりを話す。
思えばこうしてゆっくり紅葉と話すのは久しぶりか。
「ふーん。けど、思ったよりもギスギスしてないんだね」
ひょいパク。
「俺はあいつ個人に対して苦手意識はあるが、向こうは家系に対してだからな。一方通行な敵意がすれ違ってるからだろう」
モグモグ。
「そもそも、こんなに関わることなかったから知らないだけだったってのもある」
ゴックン。
「そもそも君はなんで藍さんのことを嫌ってるの?」
「……言いたくない」
初対面で失礼な物言いだったが問題はその内容。
紅葉を軽く貶す内容にカチンと来て試合をすることになったが思い返せば挑発の類いだ。
あの戦闘狂が戦いに対して手段を選ばないと知っていれば乗らなかった話だ。
「まぁ、だいたい察しはつくけど」
「なら、聞かないでくれ」
本人を目の前にして言えるほど俺の顔の面は厚くない。
「大方、私をダシに煽られたんだろうし」
「話聞いてた?」
相変わらず人の恥や外聞を考えてくれないやつだ。
「元従者が慕ってくれてるって話だからね。上に立つ者としては嬉しいもんだよ」
ひょいパク。
モグモグ。
「それを本人に言うなって話だ」
ゴックン。
「じゃあ、アリシアに言ってもいい?」
「また一日中離れなくなりそうだから勘弁してくれ」
何の嫌がらせだ。
「可愛い嫉妬だね。君、そういうの好きでしょ?」
「嫉妬する姿が可愛くても相手は辛い思いをするんだ。そういうのは良くないだろ」
「初カノみたいなものなのに慣れてるね」
「異性間の面倒くささは紅葉やら千歳やらで学習しているからな」
ただアリシアがそれにあまり当てはまらないから時々困る。
「出てくる名前が元護衛対象や従妹とか……君の女性関係も寂しいね」
「確か愚痴を聞くって話だよな? なんで今俺は傷つけられてるんだ?」
「話の流れってやつだからね。私じゃどうにもならない」
ひょいパク。
「……さっきからいつツッコもうか迷ってたんだが」
モグモグ……ゴックン。
「何?」
「サンドイッチ食いすぎだろ!」
会話の合間に器用に食べることに感心していたが我慢の限界。
半分以上食べられて夕食まで保つか怪しい量だ。
「藍さんに変わってから自由に出かけられなくなって大和の料理以外を食べることがめっきり減ったんだよ。誰かさんが私に他国の美味しいもの教えたのがいけない」
あの女は生真面目だからな。
俺のように「外に行きたいのか? なら、連れて行ってやるよ」とは絶対にならない。
元々勝手に城を抜け出して城下町を練り歩いていた自由奔放人だ。
少し考えれば縛るよりもガス抜きするほうがいいとわかるのに式神を展開してガチガチにしていたんだろうな。
「だから、サンドイッチを寄越せってか?」
「しかも、毎日の食事の大半はアリシアの手料理とか……羨ましすぎる」
「そういう風に仕向けたのお前だよな?」
「ねえ、今回の戦争が片付いたら君の家で祝勝会開こうよ」
「話聞けよ! というか、負けることは考えてないのか……」
「君だけでも十分なのに藍さんもいるんだから。心配事なんてないよ」
「試合ならな。けど、これは何でもありの戦争だ。しかも、二対一万だぞ? それとも相手の情報を何か掴んでいるのか?」
「いや全然」
「楽観が過ぎるだろ……」
思わずため息が出る。
愚痴から一転して紅葉に説教する必要がありそうだ。
「楽観ねえ……」
紅葉の手が俺の頬に添えられる。
何事かと思い顔を上げると瞳の奥を覗き込むように凝視していた。
「例えどんな相手だろうと足手まといがいなければ君は死なない。そう私に証明してきたはずでしょ?」
「……死なないからといって勝てるわけでもないだろ」
久しく忘れていた感覚。
紅葉の言葉が直接本能に語りかけるように聞こえてくる。
思考が徐々に停滞していき急激に喉が渇いてくる。
俺もアリシアに対してはズルい男だと思う。
それを軽く凌駕してくるのが御門紅葉という少女だ。
「なら、言ってあげようか? 『必ず勝て』ってさ」
「…………必要ねえよ」
抵抗力を必死にかき集めて視線を外す。
俺の中の何かが揺らめき引きずり込まれそうになっていた。
「今回の戦争は城主が承諾したモノだ。お前が責任を負うことはない」
「私もその血を引く者だからね。責任の一端は感じてないとやるせないんだよ」
「だから俺を推薦したのか」
城主だけの判断なら西園寺藍の名前は出てきても俺の名前は絶対に出てこない。
この口の上手い一人娘に脅すように言い負かされたのだろう。
「何があっても私の味方なんでしょ?」
耐性がついたので視線を戻すと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「
「私にとってはお守りみたいなもんだよ」
「そんなご利益ないだろ」
「まぁ、確かに?」
「おいコラ」
「あはは」
ひとしきり笑うと気が晴れたのか紅葉はバスケットボックスを持って立ち上がる。
「祝勝会の件、お願いね」
「死亡フラグになるから嫌だ」
「ケチ。ヘタレ」
「俺をヘタレ呼ばわりするの流行らせるのやめない?」
「事実でしょ」
気づけば俺の周りの女子コミュニティの共通認識になっていた。
「あと優柔不断」
「どこがだ!」
「じゃあ、聞くけど。もし、大和とアトリシア公国で戦争が起きたら君はどちらにつくの?」
「……可能性があるのか?」
「今のところはない。で、どっち?」
「……俺は大和の人間で風見家の次期当主だ。母国につくに決まってるだろ」
「お守りのことを否定しなかったから予想してたけど、やっぱりはぐらかすんだね。なら、ちゃんと聞いてあげる。私とアリシアのどっちを守るの?」
呪いにかかったように言葉が発せなくなる。
「ほら言わんこっちゃない。まぁ、即答しなかっただけ進歩したことは嬉しいかな」
「確認方法がエゲつなさすぎるぞ」
「こうでもしないと本音を話さないでしょ?」
「否定はしない」
最後の最後で特大の爆弾を投下するから油断できないんだよな。
「会議頑張ってね」
「ああ」
紅葉の足音が遠のくまで中庭を眺める。
ぽつぽつと雨が降ってきたので立ち上がり応接間に戻ることにした。
◇
自室に戻り窓の外を眺める。
せっかく、一年ぶりに青い鳥が旋回していない空なのにどんよりとした雨雲が広がっていた。
少し大きめの雨粒が窓を伝って下に落ちていく。
あの日よりも少し弱いのに思い出を想起させるには十分だ。
「悪いことをしたかな……」
久しぶり言葉を交わして本音を知りたくて繋がりを使ってしまった。
隼人は以前と変わらずに嫌悪もなく、咎めもしない。
当たり前かのよう内側に入ることを許す。
ただよかったことはその内側に微かだがアリシアがいたこと。
植えた種が少しずつ芽を出し始めたことだけが罪悪感を緩和する。
あの時のことを全く後悔していないわけではない。
けど、そうしなければ私は人生で最も大切な繋がりを失っていたのだ。
「私も大概だね」
今回隼人を戦争に召集したのにはいくつか理由がある。
今後の大和のことを考えて西園寺家の次期当主である藍さんと繋がりを持ってほしいこと。
彼が憂いていた若狭真琴の件を進展させること。
そして……私と彼の繋がりを再確認するため。
公私混同。
しかも私のほうに重きを置いた行動だ。
父上を説得した時に邪推されることを考えなかったが、一人娘が可愛いせいであまり疑ってはいなかった。
最大の懸念である隼人の負傷の可能性も彼の実績があって押し通せたのが大きい。
つくづく隼人頼りなことに笑えてくる。
「もうこんな時間か」
眼下を見下ろせば葵先生が正門を潜る姿が見える。
私の専属医じゃなければ護衛役になってほしかったが彼女も色々と面倒なことを抱えているこれ以上負担は増やせない。
「さて、お仕事頑張ろう」
戦争に対しての唯一の心配事は……隼人と藍さんの仲だが。
あの天然女誑しのことだから大丈夫だろう。
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