第十二話「不条理な結末」
油断なく、驕りなく。
死体から武装を拝借してあらゆる手段で攻撃しながら老人の反応を観察する。
「手癖が悪い」
銃撃や刀剣類での投擲、爆発物すらその場を動かずに対処している。
伊達に歳は食っていないようだ。
「そっちこそ若いの相手に大人気ないんじゃないか?」
足を使って多角的に攻撃したが全て無駄のない同じ動作で防がれる。
隙を探すどころじゃない。
「戦場において年齢は関係ない。勝てば官軍、負ければ賊軍」
「こっちはあんたと違って軍人でもなければ宮仕えでもないんでな」
今、ここに立っているのは剣客としての矜持。
義理もなければ義務でもない。
「では、君は何のためにここへ来た?」
「半分は元主人のワガママ。もう半分は自分のためだな」
紅葉がこの老人の存在を把握していたかはわからないが被害を最小限に抑えたかったのは間違いない。
もし、この戦いにちゃんとした軍勢で挑んでいたらこっちも国も被害ゼロにはできなかった。
「腕っぷしぐらいしか取り柄がないもんで……な!」
相手の力量は関係ない。
反応速度に物を言わせて攻勢に出る。
「大義のない戦いでも国が戦えといえば戦わなければならない我々とは違うわけだ」
それを苦なく防がれて少しへこみそうだ。
「高尚な理由じゃなくて悪いな」
「謝ることはない……何せ騙しているのはこちらなのだから」
突如老人が飛び上がると遥か後方に大きなマナの塊が見える。
純粋な力の奔流。
俺の脳内は一つのことを考える。
ここの結界は内から出られないのもあるが、外からの侵入を防ぐことを重視している。
そして、数万人規模のマナを一点に集中させた場合、破壊されないとは言い切れない。
「君の敗因は私を疑わなかったことだ」
発射されたマナの塊は地面をえぐり、周囲に真空波を生む。
触れるだけで弾き飛ばされそうなその物体は俺の背後にある紅葉たちがいる観客席どころか大和の領地を侵略しそうな勢いがある。
「嘘つき爺が」
軍人だけでなく気絶した学生たちを巻き込みながら。
「個人の矜持など既に捨てた身だ。我々は勝利のみが求められる」
「過程ではなく結果こそ全て……か」
刀を鞘に収めて目の前の不条理から顔を背けるように目を閉じる。
明らかに西園寺藍の一撃よりも威力は高い。
可か不可を考える範疇を超えている。
それに防いだところで満身創痍になれば敗北同然。
戦争で勝利を収めることが俺に与えられた使命だ。
結界を信じて避けるが吉。
――『いってらっしゃい』
……ちゃんと、胸を張ってただいまと言わないとな。
――『軍人以外は殺さないで』
相変わらず無茶を言う元主人だな。
「何を笑っている?」
「いや別に……。期待されることは苦手だったと思ってな」
ここで逃げては勝利しか求めないこいつらと同じ。
可か不可かなんてやってもないのに決めつけている時点で自分の才能に蓋をするようなもの。
そして俺は常にアリシアの前を歩いていないと気がすまない負けず嫌い。
なら、やることは一つだ。
「心眼――修羅の道行」
どんな攻撃にも弱点はある。
こんな強大な技を二発放つのは不可能。
その証拠に発射した途端、学生たちは全員気を失っている。
「あんたに個の矜持ってやつを見せてやる」
力の奔流に飛び込むとかまいたちで所々切り裂かれる。
久しく感じる肉が裂ける痛み。
真空状態で身体も上手く動かない。
息も吸えない状況だというのに。
それら全てが言い訳に感じた瞬間に真っ二つに切り裂いた。
形を保てなくなった圧縮されたマナは空気中に霧散した。
「これが個の矜持ってやつだ」
血を流したのと修羅の道行の反動で身体が鈍い。
それでも真っ直ぐに刃を相手に向ける。
「防いだことは素直に賞賛したいが……これは戦争だ」
背後からの足音に視線を向けるとそこにいたのは紫髪の少女。
完全な奇襲だが予想していたので驚くことなく他の学生同様に対処し、眼前に迫る老人の剣を受ける。
「ほう。どうしてわかった?」
「たまたまだよ」
東雲の頼みがなければシズクと呼ばれた少女のことなんて気にすることなどなくあっさり刺されていた。
とりあえず約束は果たした。
「しかし、満身創痍だろう。潔く眠るがいい」
この機を逃すほど甘い相手ではない。
こちらに力がないとわかると鍔迫り合いをやめて突きの構えを取る。
あまり好きな言葉ではないが今は強く思う。
――ああ、何て不条理なんだ。
「私は夢でも見ているのか……?」
老人がそういうのも無理はない。
正直コンマ何秒前まで相手の剣を掴み取れる余力はなかった。
「夢は夢でも悪夢だろうな」
身体から炎が吹き荒れると瞬く間に傷を癒していく。
今までの戦闘が幻だったと言わんばかりに傷は癒えて、所々切り裂かれた服が現実だと知らしめる。
「そうか……最初から我々は敗北していたということか」
再び芽生えた剣客としての矜持が崩れ落ち。
残ったものは虚無。
勝敗を決定づけないといけないため、諦めて動けなくなった相手を無慈悲に斬りつける。
「騙して悪かったな」
俺が相手と対等でいられるのは無傷の時まで。
このことを知られてしまえば同じ土俵に立つことはできない。
「それが……大和の秘宝か…………」
「さぁ……どうだろうな」
後退した敵には今の光景は見られていない。
近くにいるのは気絶した学生たち。
味方の観客席には当事者の紅葉と事情を知る葵先生だけ。
問題なのは相手の観客席のほうだが…………そこは俺の範疇ではない。
「最後に言っておくことはあるか?」
「学生たちは操られていただけだと便宜を図ってくれ」
「承知した」
せめてもの慈悲で苦しめることなく、一刀で名も知らぬ老人の首を刎ねると戦争は終結となり、結界が崩れ去っていく。
「おつかれ」
自国の観客席から紅葉が何とも言えない顔で労いの言葉をかけてくる。
「葵先生は?」
「勝利報告のために先に城へ戻ったよ」
「そうか」
俺の役目は終わったのでこの場を立ち去ろうとしたが服の袖を掴まれた。
「……今日、結構働いたと思うんだが?」
「じゃあ、誰が私の護衛をしてくれるの?」
「何で一緒に帰らなかったんだよ!?」
「さすがに今回は無茶させたからね」
「その無茶はさっきなくなったがな」
身体は完全に元に戻っている。
本当にチートみたいな回復能力だな。
「ごめん」
「何を謝ることがあるんだよ。お前のおかげで今日も死ななかった。感謝することはあっても恨みはない」
「それでも君から大事なものを奪ったことは変わらない」
病気も怪我もしない身体のせいで真剣勝負が出来なくなった。
けど、そうなってしまった原因は俺にある。
紅葉のせいではないと主張してもこの頑固者は聞き入れようとはしないだろうな。
「国の上に立とういうものが過去を引きずるなよ」
「けどさ」
「この話は終わりだ。それと戦争に参加していた学生たちの処遇を軽くしてやってくれ」
「……わかった」
話が平行線になると察したようで口を噤む。
「それとアリシアには秘密にしておいてくれ」
「いいけど。一生傍にいるならいずれバレるよ?」
「わかってる」
この前の西園寺藍との戦いや今日の戦争でどの程度で力が発動するのかはだいたいわかった。
「アリシア姫なら気にしないでしょ」
「それもわかってる」
あの子は俺が本当のバケモノでも今まで変わらないように接してくれると確信もしているが誰にも言えない秘密を抱えさせることに変わりはない。
「なら、私から言うことはないよ」
「悪いな」
視界の端で御門家直属の家臣たちが行動しているのが見える。
ここは任せて良さそうだ。
「そろそろ城へ送ってくれる?」
「喜んでオトモいたしま――」
急な目眩に襲われて意識が途切れそうになる中、あの時と同じ心配そうな紅葉の顔が見える。
出来ればすぐに起きて本家に帰りたいが……たぶん無理だろうな。
薄れゆく意識の中でどうやってアリシアのご機嫌を取るか考えるが…………答えはでない。
起きた後の自分に期待するしかな――。
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