第四巻「終幕」

 目が覚めて最初に見えたのは白い天井。

 知らない病院かどこかかと思ったがタバコとコーヒーの匂いですぐわかる。

「やぁ、起きたかい?」

 思った通り不良もとい特別養護教諭の根城である第三保健室。

「…………どれくらい経った?」

「丸二日」

「……」

 一瞬で血の気が引いて青ざめる。

「二時間ぐらいだ。アリシアを含めて風見家の誰にも連絡は入れてない」

 悪質すぎる寝起きドッキリを受けて再び瞼を閉じた。

「余程婚約者が怖いと見えるな」

「誰だって心配させたくないだろ……」

「心配ねえ〜」

 病人の前でタバコを吸い始めるとはどういう了見だ? とツッコミを入れは前に水の入ったコップを差し出される。

「その顔だと倒れた理由はわかっているようだな」

「脳が情報量を処理しきれなかった状態で身体が異常な回復力を発揮したせいで身体が驚いて休眠したってところか?」

「ご明察」

 修羅の道行は一時的に脳のストッパーを外すことで動体視力や視野角を無理矢理上げることで相手の急所を探ったり、相手の行動を脳内でシュミレートすることで行動を予測している。

 つまり、一人間の脳で通常の何百倍もの情報量を捌いている無茶をしている。

 そのため、使用時間は情報量によるがだいたい三分が限度。

 あのときは明らかにその時間を超過していた。

 そんなところに細胞が活性して超回復したんだ。

 身体が休めと脳に信号を送って強制的にシャットダウンしてもおかしくはない。

「たまに風見はバカなのかと思っている」

「何だよ藪から棒に」

「そんな危険を冒さなくても、ただ殺すだけなら息を吐くようにできるだろ?」

「人を勝手に殺人鬼扱いするんじゃねえよ」

「その歳で。できないとは言わないのはお前ぐらいだ」

「正直者なもんでな……アリシアの方は?」

「千歳から連絡があったよ。若狭真琴を無事撃破したらしい。彼、最後は花火のように散ったそうだ」

「……アリシアの精神面のほうは?」

「さすがは君の婚約者というところか。変わらない様子で風呂に入って君の帰りを待っているそうだ」

「そうか」

 直接的でないにしろ人を殺めたんだ。

 あとでちゃんと様子を見ないとな。

「君は他人よりも自分の心配をしたほうがいい」

「望んでも死なない身体だぞ? 何を心配することがある」

「修羅の道行。使用時間が短くなっているんだろ?」

「痛いところをつかないでくれ」

「これでも医者でね。クランケの体調面は手に取るようにわかる」

 葵先生はタブレットを投げてくる。

 映し出されたのは俺のバイタルデータ。

「確かに君はほぼ不死の体だが万能ではない。回復をマニュアルで行っている弊害で即死の場合は防げない」

 擦り傷ぐらいは自然治癒力でどうにかなるため、不死の炎は顕現させずに済ませている。

 本来自動能力を手動にしているのは俺がこの力を拒んでいるからだ。

「紅葉は何か言っていたか?」

「『首輪つけてて正解だった』って」

「言い得て妙だな」

 この炎が俺の中に宿っている間はどう足掻いても死ねない。

 なぜなら生命に危険が及べば主である紅葉に察知され、俺の意思に関係なく発動される。

 問題はその場合主である紅葉の生命力を代償にすることだ。

 なので、俺はギリギリのラインでしか回復を拒めない。

「死ねない身体だけでなく理由も与えられて。あまつさえ脅されている。君はつくづく面白い人生を歩んでいるな」

「遠回しに言わなくても"不自由"と明言してくれてもいいんだが?」

「それは君を想う二人の姫に失礼というものだ」

「愛が重い……」

「世の中にはどれだけ欲しても愛されない者がいるんだ。贅沢を言わないことだ」

「肝に銘じておこう」

 ベッドから起き上がり軽く体をほぐすが問題はない。

 大和の秘宝様々だな。

「これは医者としての忠告だ。そんな戦い方ばかり続けていてはいずれ死ぬぞ」

「何だよ。てっきり先生は俺のファンだと思っていたのに」

「ファンだからこそ。コンテンツは長く楽しみたいのさ」

「俺の味方がいなさすぎるだろ」

「君が自分の生命を軽んじるのが悪い」

 さすがにズタボロの服で帰って無傷だと怪しまれるため、保健室に置いてある予備の制服を借りて袖を通す。

「生命の価値ってどれくらいだろうな」

「今夜はやけに詩人だな」

「少なくとも数万人は斬り殺したからな。そりゃあ、気も病む」

「テンプレの『これじゃあ、愛した女も抱けやしない』とでも言うつもりか? 似合わなさすぎるから冗談でもよしてくれ」

「……先生の辞書には慰めるって言葉は無いのか?」

「どうせ帰宅したら周りが砂糖を吐くぐらい甘えさせてくれる婚約者が待っているんだ。私がどう言おうが問題ない」

 ぐうの音もでないのでため息を吐く。

「ああ、それと。世間一般的には君一人で勝利したと報道しないらしい。よかったな」

「それがせめてもの救いだな」

 正直アリシアの婚約者という立場として戦争に勝利した英雄という称号は箔が付く。

 ただ俺の中の陰キャは必要以上に騒がれることを嫌がっているのも事実だ。

「風見家で今晩は宴会だろうな。先生も来ないか?」

「是非参加したいがまだ仕事が残っているんでね」

「今日、休校だろ?」

「先生としてではないよ」

 白衣の内ポケットから取り出したのはよく知った赤い便箋。

 もしかしなくても紅葉のやつ相当怒ってる?

「明日にしない?」

「君が拒否したと伝えていいならね」

「……頂戴します」

 深呼吸してから中を開ける。

 入っていたのは往復の船のチケットが二枚。

 行き先を見て自然と瞬きが多くなる。

「今回の報酬だそうだ」

 報酬?

 嫌がらせの間違いでは?

「鍵は宴会場で返してくれればいから」

 鍵を机の上に置いた先生はそそくさと保健室を出ていく。

 窓側に移動して沈む夕日を眺めながら小一時間黄昏れるのであった。

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