第十一話「戦姫」
隼人さんを見送ってから数時間。
私は未だに境内で立ち尽くしていた。
隼人さんの帰りを待っているわけではない。
望まぬ客人に備えるためだ。
「……来たようですね」
石段を駆け上がる音。
近づいてくるたびに魔力の渦を感じる。
相当修練を積んできたのだろう。
「お久しぶりです、アリシア姫。お迎えに上がりました」
若狭真琴。
かつて私に求婚して隼人さんに敗れた方。
「頼んでませんのでお引き取りください」
二ヶ月経っても彼の心は変わっていないよう。
むしろ増しているかのようにも思える。
「あの風見隼人に脅されているのでしょう。お労しい」
「勝手な妄想を押し付けないでください。私は自分の意思でここにいるのです」
隼人さんとの稽古で何となくですが相手の感情を読み取ることを覚えた。
若狭真琴は戦意よりも好意のほうが大きい。
要するに私を無害な少女として見ている。
「王家のしきたりによる強制的な婚約を受け入れただけでは?」
「そんな理由で今も隣りにいるなら二ヶ月前に自害していますよ」
婚約は破棄できないがそれは生きているから成立するもの。
死ねば無効となる。
私としても十五年の人生に未練などなかった。
「まさか心まで洗脳されているとは……私があなたを救ってみせます」
言葉とは裏腹に若狭真琴は刀を構える。
立ち昇るマナの柱は以前とは比べ物にならないほどに濃密。
隼人さんですら奥の手を使わないと制圧できなかった相手だというのに私は臆していない。
「心を洗脳されているのはあなたのほうです」
隼人さんの隣に立ちたいという思いで積んできた修練の経験が私に勇気をくれる。
隼人さんからの愛情が私の心を守ってくれる。
私はまだ隼人さんほど強くはない。
けど、以前よりは弱くはない。
「出来ればアリシア姫を傷つけたくはないのですが…………致し方ありませんね!」
突如放たれた雷撃に私は動かなかった。
確信があったわけではない。
ただの勘に身を任せると雷撃は私に当たる前に霧散した。
「なっ?!」
「やはりそうでしたか……」
私の身体はマナを取り込めない。
正しく表現するなら私以外のマナを身体が受け付けないのだ。
魔法はマナの塊。
ならば、他者の魔法攻撃も同じく身体が受け付けないだろうという予想は見事に的中した。
「あなたの思いは私に届きません」
「そんなわけあるか!」
化けの皮が剥がれて激昂しながら刀を振り下ろすと衝撃波が飛んでくる。
光と同等の速度で鞘から刀を引き抜き衝撃波を切り裂き、飛ばした斬撃は若狭真琴の腕を傷つけた。
「ぐっ……!」
「可愛げがなくて申し訳ありません」
切っ先を敵に向ける。
強者であることが隼人さんに隣に立つという意味ではない。
「それと迷惑なのでもう私に付きまとわないでください」
身も心も捧げるというのは他の誰にも自分を明け渡さないという覚悟。
それを体現するための強さを持つということ。
「あなたのようにこちらをロクに見ることなく、一方的な感情を押し付ける方はお断りです」
「甘い顔をすれば……つけあがりやがって!」
マナが身体を包むと傷口が塞がっていく。
「魔法が効かないならそれ以外でわからせばいいだけの話だ!」
治癒だけでなく身体強化までも習得してきた。
隼人さんへの憎悪が……私への好意が短期間で彼をここまで成長させた。
「できませんよ」
ならば隼人さんに代わって断ち切るのが今の私の役目。
刀を両手で持ち霞の構えを取る。
「あなたを見ても私の心はトキメキませんから」
これから先困難が待ち受けていたとしても私はもう隼人さんの隣いることを迷ったりしない。
だから可愛げがなくても力をつけることに躊躇ったりするもんですか。
◇
『若狭真琴が来たらアリシアに任せてやってくれ』
屋敷の玄関から戦闘を見守りながら今朝出かける前に隼人くんが言った言葉を思い出す。
アリシアの身分を考えると本当なら止めるべきなんだけど……。
「いったいどうすれば一国のお姫様を戦闘狂にできるんだか」
魔法が通じないと見るや白兵戦を仕掛ける若狭真琴を軽くあしらい。
少しずつダメージを与えていく。
これは私もウカウカしてられないな。
「止めなくていいのですか?」
「梓さん。隼人くんの頼みだから必要ないよ」
「若にはアレほどまでに師範としての才能があるとは驚きです」
「いやいや。アレは普通にアリシアの実力と隼人くんとの相互愛が成せる技だよ」
「なるほど〜。それは他の方には指南できませんね」
口を押さえて上品に微笑む梓さんも異常者側だ。
他の門下生たちなんて自分との実力差を見て開いた口が塞がらない者もいれば単純に心配する者もいる。
誰一人落ち着いていない。
「それにしても若奥様はこんな時にも気を遣うとは思いませんでした」
「そうだね。後で褒めてあげないと」
若狭真琴の魔法攻撃をあえて避けなかったのは使わせることを封じて建物に被害を出さないため。
そういうところは隼人くんに似てきつつあるので何とも微笑ましい。
「そういえば他の戦況はどうなってるの?」
「西園寺藍さんがあっちこっち飛び回って鎮圧。風見家はその後始末をしており被害はゼロですね」
「さすが藍さんだね」
「おや。名前で呼ぶようになったんですね」
「本人からの希望。一応お兄ちゃんたちの結婚には賛成してくれてたみたい」
「風見家の未来は安泰ですね」
呑気に会話していられるほどアリシアの形勢は優勢。
「誰かを想う剣は美しいですね」
「あれはそんなレベルじゃないよ」
『隼人さん以外には絶対に負けない!』
そんな意思が籠もった剣に惚れ惚れする。
「強い覚悟……あれこそ剣士としての矜持だよ」
「どちらかといえば惚気全開ですけどね」
「確かに」
隼人くん早く帰ってこないと先に私がアリシアを抱きしめちゃうよ?
なんてね。
◇
身体が羽のように軽い。
「クソっ……! クソ!」
相手の動きがスローモーションのようによく見える。
絶望を刻むために攻撃の悉くを撃ち落として倍の手数の攻撃で返す。
「どうして! なぜ私を拒む?!」
悲痛な叫びに耳を傾けずに相手の次の行動を読む。
「風見隼人など私より先に出会ったに過ぎないだけだろ!」
「例えあなたと先に出会ったとしても私は隼人さんを選びます」
誰よりも強くなれるはずなのに人であろうとする優しい人。
だから私は追いついて『あなたは普通です』と笑いながら言ってあげたい。
「そんなはずはない!」
刃を交えても心は繋がるどころか一方通行の感情ばかり。
虚しさだけが募り私の剣技は鋭さを増していく。
「お前は私のものだー!」
大振りによる致命的な隙を見逃さずに脇腹を刺そうとしたところで若狭真琴から笑みが溢れる。
刺し貫いた脇腹からは血が流れず代わりに大量のマナが溢れ出した。
「さぁ、アリシア姫! 共に永遠の時を生きましょう!」
「アリシア!」
千歳姉さんの叫び声が聞こえる。
私の身体は防衛本能を発揮して勝手に動く。
刀から手を離して若狭真琴の足を払う。
「何を?!」
「申し訳ありませんが……どうぞお一人でお願いします!」
浮き上がった身体を渾身の力で蹴り上げて爆風に備えて身を屈める。
青い閃光と共に半径数百メートルの爆発。
せっかく頂いた刀は粉々でしょう。
隼人さんに剣術だけでなく格闘術を習っていたことが功を奏しました。
「? お二人共どうかしましたか?」
「いや……別に」
「……若が帰られるまでお茶にしましょうか」
「いいですね。けど、先に汗を流してきてもいいですか?」
「あ、うん」
なぜ千歳姉さんが唖然としているかわかりませんがそれよりも自分の格好が気になる。
傷はないものの土煙で服も身体もドロドロ。
この格好で隼人さんを出迎えたくはない。
それに今回はちゃんと一人で勝てたのでうんと褒めてもらわないといけないので綺麗な状態で待つとしましょう。
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