第十話「戦火の中で」

 入場ゲートを潜ると事前に設定した拠点に降り立つ。

 まぁ、今回は拠点防衛でもない。

 ただの大将獲り形式。

 相手は十万の軍勢の群れ。

 気配で相手の拠点は丸わかりなので何のためらいもなくそちらへ向かう。

 相手も俺の位置を把握したのだろう。

 炎の雨という手洗い歓迎に見舞われる。

「出来たらアリシアと見たかったな」

 一人一つ放てば十万の炎弾。

 二つ放てば雨となる数の暴力。

 まさに幻想的な光景の中を刀を抜かずに歩いていく。

 入場ゲートに入る前に見た光景。

 自分とそう年の変わらない少年少女達の虚ろな目。

 明らかな自我の喪失は例の薬の副作用か洗脳されたのだろう。

 非人道的な行いする程に敵の国は焦っている?

 ただ冷静のようで遠距離魔法攻撃が無意味とわかったようで、四方八方を大勢に囲まれる。

「お前一人か?」

 俺の目の前に現れた若い男。

 軍服に施された星の数の意味はわからないがそこそこ位の高い人物なのだろう。

「そうだと言ったら?」

 相手に見えるように袖をまくり、大将であることを示す。

「舐められたものだと思ってな」

「舐めてんのはあんたたちだろ? 戦争を仕掛けておいて侵略してきたんだ。明らかな協定違反だろ」

「ここで勝利を収めれば関係のない話だ」

「なるほどな。そのために学生たちを犠牲にするのも美談ってか?」

「……何のことだ?」

 反応を見るにこの男も思うところがあるようだ。

「悪いが国への侵略は失敗するぞ」

「やはり彼の者が防衛に当たっているのか」

「彼の者?」

 西園寺藍のことか?

「二年前の豪雨の夜。我々は君たちの国の要人を襲ったが失敗に終わった。その原因は一人の護衛によるものだった」

 二年前……豪雨の夜……そうか。

 あの時の襲撃者たちの死体は爆散したせいでどこの国の者か不明だったが……こいつ等か。

「……いいことを教えてくれたお礼に二つ教えておいてやる」

 少しずつ……少しずつ頭に血が上る。

 こいつ等が余計なことをしたせいで俺は紅葉に…………罪を負わせた。

 逆恨みかもしれないが事を起こした奴らにも非はあるだろう。

「一つはお前ら軍人は一人残らず斬り殺す許可が出ている」

 戦争に参加するモチベーションはなかったがこんな話を聞かされては上がるというものだ。

「もう一つは……その護衛は俺だ」

「っ?! 嘘を付くな! お前は見たところ学生だろう?」

「まあ、戦争相手の言葉なんて信じないよな」

 話をしている間に向こうの戦闘態勢が整ったよう。

 白兵戦を仕掛けようとするもの。

 援護射撃で銃や魔法を構えるもの。

 学生は殺すなと言われている。

 狙うのは若狭真琴の時と同様生命力を魔力に変換する歪な模様を切り刻めば少なくとも戦闘力は落ちる。

 それを十万の過半数にするのは骨が折れるが……不可能ではない。

「ここではお前を最後にしてやるからその目で確かめろ」

 まだ修羅の道行は使えない。

 刀を抜いて感知範囲を最大限広げる。

 近くの敵の数は二万。

 軍人は約一割ぐらい。

 

 ▼


 軍人になったのは二十歳の時。

 国のためにこの身を捧げ。

 幾度となく戦場を経験してきた。

 そして、去年ようやく総帥補佐という地位についた。

 この作戦には納得いかない部分があり、小人数対多勢ということもその一つだった。

 しかし、私の考えは間違いだった。

 個は所詮個でしかない。

 どんなに力があれど組織に敵わない。

 しかし、総帥の息子を殺したと虚言を吐いた少年は私の常識を覆す。

 荒れ狂う魔法と射撃の雨を無駄のない動きで避けながら一人また一人と斬り伏せていく。

 最も恐ろしいのは軍人は首をはねて、自我のない学生は薬によって現れた歪な模様を切るだけで外傷がまったくない。

 歪な模様を切られたものは自分に新たに備わった機関の喪失による喪失で気絶していき無力化され。 

 ものの数分で私以外の全員が戦闘不能になった。

「……バケモノ」

 私が無意識に呟いた言葉に彼は鼻で笑う。

「理解できたようで何よりだ」

 少し後退してしまいそうになったが後方から聞こえる足音に安堵する。

 戦況が不利と悟ったのか。

 かなりの人数が増援に来ていた。

「無駄に命を散らすことはないと思うんだけどな」

 自分よりも若い少年が異常な行動に恐怖することもなく、ただ淡々と作業をこなしている。

 一体どれだけの修羅場を潜ればこんな精神になる。



 増援が到着したので息をつく暇もない。

 一応宣言通りに指揮官には危害を加えずに周りの奴らを蹴散らしていく。

 嬉しい誤算だったのは歪な模様を斬り刻むだけで学生たちを気絶させられること。

 若干後遺症とか心配になるが今考えも仕方ない。

「もらった!」

 背後から迫る軍人を一差しで仕留めるが腹筋に力を入れられて簡単には抜けない。

「油断したな!」

 その隙を狙って数人斬りかかってくるが死体から適当に剣を拝借して投擲。

 次が来る前に椿を引き抜いて構える。

 正確には数えていないが半分ぐらいは無力化したところで上空に大きな気配を感じたのでそちらを向く。

「いい腕だな」

 空中に立っていたのは白髪の老人。

 他の奴らとは違う覇気に警戒心を高めた。

「総帥!」

 さっき会話をしていた若い男が反応すると老人は地面に降り立つ。

「他の者を撤退させなさい」

「しかし」

「これは命令だ」

「……わかりました。ご武運を!」

 若い男は負傷者を含めて軍勢を引き連れて後退していく。

「あんたが大将か?」

「いかにも」

 老人は手袋を取ると手の甲の大将の証が光りだす。

「名を名乗り給え、少年」

 ここまでの強者は世界広しといえどそうはいない。

 まったくこんな奴がハルバール王国にいるとはとんだ誤算だったな。

「名前を聞いてどうする? 話し合いでもするつもりか?」

「先程彼としていた作戦には息子が参加していてね」

「敵討ちか? 悪いが俺はそいつを覚えていな――」

 一歩で距離を詰められてかろうじて防御が間に合うが少しだけ身体が仰け反る。

 老人はその隙を見逃さず。

 老体とは思えない膂力によって吹き飛ばされた。

「あれも軍人。しかし、私も人の親でね」

「今の剣筋で思い出した」

 あの夜、唯一手強いと感じた青年と同じ剣筋。

 そいつはご丁寧に一矢報いてきた。

 少なからず因縁はある。

「風見隼人だ」

「なるほど。真琴殿が負けるわけだ」

「あいつのこと知ってるのか」

「ああ、何せこの軍勢を作ったのは彼だからね」

「軍勢? 傀儡の間違いだろ」

 老人が総帥ということは軍の決定権は彼にある。

 つまり非人道的な行いをした張本人だ。

「傀儡なら罪には問われまい」

「勝利しようが敗北しようが操られていた事実さえあれば学生たちは罪に問われないと? そんな上手い話はないだろ」

 この戦場だけでなくハルバール王国は大和国内に侵略してきている。

 言い訳のしようがない。

「我々の国は滅んだと言っても過言ではないのだよ。ならばいっそのこと割に合わない賭けに乗るしかない」

「それが嫉妬心で動く男に賛同した理由か?」

「今とは違えば何でもよかったんだよ」

「あんたほどの実力があれば国を変えられたんじゃないのか?」

 老人の目には恨み以外に諦めの感情が色濃く感じる。

 初めから勝つ気がないような……。

「力だけで全ては変わらんさ。君も覚えておくといい」

「そのことについてはここ最近痛感している」

 力だけあっても好きな女の子を笑顔にすることはできない。

 力だけあっても自分の思い通りになることはたかが知れている。

「若いのに苦労しているようだ」

「爺さんほどじゃないさ」

 加減できる相手ではないが一つのことが原因で修羅の道行は使えない。

 それに使ったとしてもこの老人に絶対に勝てる保証はない。

 それなのに……。

 なんでこんなにも焦っていないんだろうな。

「そういや爺さんの名は?」

「若者が老木の名など覚える必要はない」

「人には名乗らせておいてそれかよ」

「横暴は年配の特権みたいなものだ」

「老害ってガラじゃねえだろうが」

 またとない機会を他人に譲ることがないので一人で来てよかった。

「そろそろいいか?」

「ああ、十分だ」

 老人は剣を構える。

 久しく忘れていた剣客としての矜持が叫びだす。

 ただ相手を斬ることのみが思考を支配し、生き残ることだけが命題。 

 今の俺はアリシアの婚約者でもない。

 紅葉の護衛役でも、千歳の従兄妹でもない。

 ただ老木と嘯くこの強者の屍を踏み越えることを望む一人の人間だ。

 

 



 

 




 


 

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