第九話「開戦」
あの後、一日中色んな人から祝福と弄りを受けてアリシアは心底幸せそうだった。
西園寺藍辺りが聞いたら『何をやっているんですか?』と呆れられそうな日。
朝日が昇る頃には騒がしかったのが嘘のように風見家本家内は静かになる。
万が一のためほとんどの者が国を守るために各地へ赴いており残っているのは僅か。
手薄になった家に婚約者を残していくことに『抵抗はあるか?』と聞かれたら……答えはノーである。
「いよいよですね」
身支度を整えて門の前でアリシアに見送られる。
アトリシア公国ではなく、大和の戦装束に身を包みその腰には刀を差している。
もうすっかり大和の人間だな。
「けど、実感ないな〜」
「そりゃあ、あんだけいちゃついてたらそうでしょうね」
千歳は宣言通りに本家に残ってくれた。
より安心して出掛けられる。
「殺伐としてるよりかはいいだろ?」
「これが大和を背負う人間かと思うと心配になるレベルはどうかと思う」
「アリシアが可愛すぎるのが悪い」
「隼人さんがイジメてくるんです」
「はぁ……ツッコんだ私がバカだったよ。ちゃんと帰ってきなよ〜」
「あ、千歳」
気を使ったのか、耐えきれなかったのか。
千歳は屋敷内に戻っていこうとするので軽く耳打ちする。
「……本当にそれでいいの?」
「頼む」
「わかった」
もしもの時の保険はいくらあってもいい。
「こういう時、何と言うことが正解ですかね?」
「祈りのポーズで『無事に帰ってきてください』とかじゃないか?」
「隼人さんはそういうのが好み何ですか?」
「どうだろう。アリシアの場合は一切心配していないのがわかるからあんまり刺さらないかもな」
「隼人さんが負けるところを想像できませんからね」
「俺だって負けることはある」
「例えば?」
「アリシアの魅力」
「未だに襲う素振りすら見せてないので却下です」
「離したくないと思うだけじゃダメだったか」
「そのうち足りなくなりそうなので」
「貪欲な婚約者だな」
「愛とは本能が貪るぐらい求めるものですから」
「肉食系かよ。空腹だからってよそのものは食べるなよ?」
「そんな拾い食いみたいなはしたない真似はしません」
「なら、いいや」
これが死ぬかもしれない戦場へ向かう前の会話か?
色気もなければ感動もない。
ひどい話だが俺達らしい。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「はい、気を付けて。いってらっしゃい」
身体は一日ゆっくり休めたので好調。
心は幸せで満たされている。
死ねない理由も増えた。
帰りを待つ人たちがいる。
それに『いってらっしゃい』と見送られたら。
「いってくる」
ちゃんと『ただいま』と言わないとな。
◇
合戦場に着くと紫の結界で覆われており、向こうさんは既に入場している。
「やあ」
「なんで次期城主がここにいるんだよ……」
結界の外にある観客席には紅葉と葵先生が座っていた。
「ここが一番安全だからね」
合戦場はその性質上、結界が起動して両国が入場終了を宣言すると終戦するまでは出ることが入ることもできない。
また、それぞれの観客席も同様で開戦すると中にいる人間に危害は加えられない。
「葵先生。国のほうはどうなってるんだ?」
「中心地から離れたところでちらほらって感じかな」
「明らかな陽動作戦だな」
当たり前だが指名手配中の若狭真琴の姿はない。
おそらくあいつの目的は……。
「アリシアを置いてきてよかったの?」
「一人じゃないし、今のあいつは守られるような可愛げのある子じゃないんでな」
「風見の改造計画は順調のようだね」
「人の婚約者をサイボーグ扱いするのはやめてくれません」
「いや? どちらかといえば君をマッドサイエンティスト扱いしているだけだ。アリシアは可愛い女の子だよ」
「どうでもいいが、俺の知り合い全員アリシアのこと好きすぎるだろ」
昨日もアリシアの目元が腫れていることに気づいた全員が俺のことを叱責する始末。
アリシアが誤解を解いてくれなかったら今頃二度目の流派だけでなく家からも勘当される騒ぎだっただろう。
「婚約者がモテるのはいいことでしょ」
「確かに優越感はある」
そろそろ入場ゲートへ向かうか。
「隼人。少し注文して良い?」
「もう開戦するっていうのに今更何を頼むんだよ」
「軍人以外は殺さないで」
「相手は一万どころか、それの十倍いそうなのに?」
映し出される映像がフェイク動画じゃなければ明らかに前情報よりも人数が多い。
「お願い」
「……無理でもあとで文句言うなよ」
「――――」
「…………何か言ったか?」
「別に」
珍しくニヤけやがって。
国がかかっているのに相手を殺すな?
しかも、『捻くれ者』だと?
期待するのも大概にしろバカ主人。
◆
入場ゲートへ向かう隼人の背中を見て心配はいらなそう。
まぁ、元々してはいなかったけど。
「まさか紅葉姫があんな注文をするとは驚きです」
「軍人は命をかけているけど。それ以外の人達はそれ以前の話だからね」
映像に映る制服を着た少年少女達は虚ろな目ばかりで生気が宿っていない。
例の魔術師にする薬の副作用によるものか。
「戦後処理が大変そうではあるけど。戻せるなら彼らは夢だったとできるかもしれないし」
「敵の指揮官の采配ですかね」
「どうだろ。本当に勝ちに来たか……あるいは」
「あるいは?」
「国を滅亡させにきたか」
戦争は個人ではない。
様々な思惑が混ざり合っている。
「答えは終わったらわかるだろうさ。若狭真琴の現在位置は?」
「予想通りといいますか。アリシアの居場所を探して学園付近にいるみたいです」
「本当にモテモテだね」
「本人は風見一筋でよそ見もしませんけどね」
「それは上々。さて、祝勝会は何作ってくれるんだろう」
「風見の勝利を疑わないんですね」
「もちろん」
「いい主従関係ですね」
「主従関係じゃない友情だよ」
「どうやらアリシアだけでなく風見もモテモテのようですね」
「アリシアも苦労するだろうね」
「まったくです」
今日が終わって少しすれば学園も夏休み。
慰労を込めて二人には旅行でもプレゼントしようかな。
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