第八話「幸福な朝模様」
隼人さんは本当にお疲れ様だったご様子。
珍しく私のほうが早く起きる。
ただ昨日は恥ずかしくて背を向けているので寝息と落ち着いた心臓の音しか感じられない。
寝顔を堪能するべく寝返りを打つ。
「すーすー」
今日は朝稽古に参加するとは聞いてない。
明日が戦争のため少しでも身体を休めるのだろうか。
私としては朝食の準備に参加したいところだが……。
「ふふ」
寝返りを打ったせいで出来た隙間がお気に召さなかったよう。
隼人さんはすぐに私を抱き寄せる。
昨日の意地悪大魔神だったのが嘘のようにこういう可愛らしいことをする。
本当にこの方は……どこまで私が傍にいても良いと伝えてくるのでしょう。
愛情だけでも言葉だけでも十分だったのにまさか強引な手段で公的な永住権を取得するなんて。
外堀を埋められてるというのに嬉しくなってしまう。
「アリ……シア?」
「はい。あなたのアリシアですよ?」
「いま、なんじ?」
「私もわかりません。隼人さんが離してくれたらわかりますが」
「……じゃあ、いい……や」
今朝は本当に珍しい。
あの隼人さんが朝稽古よりも二度寝を選択して再び瞼を閉じる。
学園も休校ですし、今日だけはゆっくりしてもらいましょう……昨日イジメられたことを思い出してイタズラ心が芽生える。
隼人さんが起きるまで無防備な右頬を突つこうと思い左手を伸ばしたところで私の思考は一瞬止まる。
薬指に寝る前までにはなかったものが朝日に反射して煌めいている。
それが婚約指輪であることに気づいて慌てて飛び起きた。
◇
ぬくもりが消えたことで意識が覚醒する。
目を開けるとベッドの隅でアリシアが左手を凝視して口をパクパクさせていた。
「おはようアリシア。どうかしたか?」
原因は丸わかりなので気にせず身体を伸ばした。
「おはよう……ございます…………」
何か言いたそうな顔をしているが手招きすると寄ってくるところが可愛い。
「私はまだ夢でも見ているのでしょうか?」
「確かめてみるか?」
「……またイジメられそうなのでやめておきます」
「それは残念だ」
少しいじめ過ぎたようだがどうせまたやるので反省はしない。
「心臓に悪いのであまりやらないでくださいね?」
「考えとく」
「まったく、もう」
せめてもの抵抗なのかアリシアは背を向けた状態で体重を預けてくる。
「最大限の意思を示した婚約者を朝から座椅子扱いとは良い身分だな?」
「私のものをどう扱おうと勝手です」
口調は強いのに声音が本心を隠しきれていない。
今日の俺はダメだな。
どう足掻いてもアリシアを愛しく思う。
「傲慢なお姫様だな。今朝は随分ご機嫌と見える」
「軽々しく私に指輪を嵌めるからです」
「本当に軽い気持ちで嵌めたと思っているのか?」
「……思ってません」
「なら、よかった」
後ろからでも指輪を見るアリシアの瞳が見える。
嬉しさを噛み締めて大事なものを見るようなキラキラした瞳。
悪態をついていないと幸せが溢れ出してしまうな……そんな表情だ。
「形にこだわるつもりはなかったし、重荷になるとも考えた」
指輪を贈ってしまえば少なからず意識は変わる。
良くも悪くも相手を縛る装飾品。
離れてほしくないという呪い。
それでも……アリシアの表情を見て贈る価値はあったと思う。
「いらないって言われたらどうしようとかな」
「本当にこういう部分はネガティブですね」
「相手がいい女だからな余計そう思うよ」
「出ましたね、天然女誑し」
「これだけでその判定をされると、もはやアリシアがチョロいだけだと思うぞ?」
「隼人さんが卑怯すぎるんです」
「けど、嫌じゃないんだろ?」
「……本当にそういうところが卑怯だと言うんです」
「わかっていても言わせたいことあるだろ?」
「その気持ちはわかりますが……隼人さんのは加減してくれませんから」
そろそろ部屋を出ないと誰か来るかもしれないので名残惜しいが立ち上がる。
「好きな子ほどイジメたいもんでな」
座り込むアリシアに手を差し出す。
「小学生みたいですね」
無防備に掴んだので引っ張り起こして頬に口づけする。
「ま、独占したいって気持ちは年齢関係なく共通だと思うぞ」
何だかんだ今まで遠慮していたがもうその必要性はない。
「それでも孤独だった私を満たせないと思いますが」
「必要とあらば愛情で溺れさせてしまうかもな」
「本当に私のことが好きなんですね」
「でないと指輪なんて贈らねえよ。ほら、朝食に行こうぜ」
「別に構いませんが。このまま行くと冷やかされそうなんですが……」
ゆっくりし過ぎたのでまず間違いなく宴会場に門下生を含めた全員が集まっている時間だ。
そんな中、指輪をはめたアリシアが登場すればピラニアの池に生肉を投げ入れるようなもの。
「ほら、行くぞ」
「待ってください」
冷やかされようが嫉妬されようが今日ぐらいは見せびらかしたい気分だったので構わず宴会場へ向かった。
◇
「「あ」」
宴会場へ向かう廊下で最初に出会ったのは朝稽古を終えた千歳。
手を繋ぐ俺とアリシアを見てニヤニヤしながら寄ってきた。
「昨夜はお楽しみでしたね〜」
「お前は宿屋の主人か?」
「朝稽古に参加せずに婚約者と朝からいちゃついてたんだからそうも言いたくなるよ。まぁ、その要因は丸わかりだから変な想像はしてないけどね」
千歳の視線はアリシアの婚約指輪に向けられている。
「よかったね、アリシア」
「はい……」
恥ずかしそうにはにかむアリシアを見て衝撃を受けた千歳が真顔になる。
「ヤバい……何かに目覚めそう」
「勝手に目覚めるな。寝てろ」
「?」
気持ちはわかるがせっかくいい感じなのだ。
百合ルートは断固阻止だ。
「戦争前に殺伐とするよりかはいいけど……独身の人達から刺されないでね?」
「むしろその憎悪を力に変えて獅子奮迅の活躍をすれば相手が見つかるんじゃないか?」
「相手がいる人の上から目線って腹立つね。私と浮気して泥沼にしていい?」
「ダメです! いくら千歳姉さんでも隼人さんは渡しません」
「あら〜昨日だけで随分たらしこんじゃって」
「人聞きが悪すぎる」
「明らかにアリシアの独占欲レベル上がってるんだもん。ほら、アリシア落ち着い――」
アリシアを撫でようとした千歳の手を無意識に払い除けてしまった。
「……」
「隼人さん?」
「……まさか隼人くんの方もレベルが上ってるとは。いじりがいあるね」
「……先に行く」
自分らしくない行動と無意識なことも相まって顔が熱くなる。
早くも『やはり感情は抑えるべきだ』と反省した。
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