第七話「I stay with you」
大幅に作戦を変更するハメになったので予想よりも時間がかかったが夜になる前に本家へ帰宅。
廊下を歩く門下生たちにアリシアはどこにいるかを訪ねて返ってきた答えは一つのみ。
『あぁ、若奥様なら着いて早々梓料理長に連行されていきました』
本家ではアリシアが若奥様で統一されていることにはもはやツッコまないが。
「若奥様! チェックお願いします」
「わかりました」
何故か梓さんに代わって台所で指揮を執っていることにはツッコんだほうがいいだろうか。
「梓さん……職務放棄しないでください。あとそのカメラは何ですか?」
「私は弟子の成長を記録しているだけなので気にしないでください」
「てか、何でこんな騒がしいですか?」
「若と若奥様がお帰りになると聞いて急いで宴会の準備をしているのです」
「いや、その主役に料理作られせたらマズいでしょ」
「私はここに連れてきただけです。するとあら不思議。瞬く間に中心に立って指揮を執る姿が。これは風見家の未来は安泰ですね、若」
「どこに何を感じているんですか?」
ツッコミ役の千歳の姿がない。
宴会場のほうか?
「あ、隼人さん」
アリシアが俺に気づくと全員が手を止めて一礼し作業に戻る。
「おかえりなさい」
「ただいま」
割烹着姿のアリシアを見るのは二度目だが以前とは見違えるほどに板についている。
「若奥様。あとはこちらでやっておきますので!」
「え、ですが……」
アリシアは俺と台所を交互に見ている。
どうやら久々に本家で料理をすることが楽しいらしい。
「顔を見たかっただけだから、気の済むまでしてこい」
「ですが若……」
「俺たちを気遣ってくれるのは嬉しいが。アリシアの望みを叶えてやってくれないか?」
「わかりました。では、若奥様お願いします」
「はい! では、隼人さん。また後で」
「ああ」
嬉々とした表情でアリシアが戻っていく。
アリシアが身内に受け入れられたり、頼られている姿を見ると嬉しくなってしまう。
「梓さん撮る方向を間違ってますよ」
「これは失礼致しました。若がいい顔をしていたので、つい」
「いい顔?」
「この前来られた時は男の子だったのが。今日は男の顔をなされているので。余程良いことがあったのだろうと」
「だとしたら梓さんたちのお陰かな?」
「別に若奥様のお陰と惚気ても構いませんよ?」
「撮影されてるのにそんな恥ずかしいことを言うわけないでしょ」
「それは残念ですね」
この人はどこまでが本気でどこまでが冗談なのか未だに分からない。
「若は若奥様とのことをどこまでお考えですか?」
撮影を止めた梓さんは真剣な表情で聞いてくる。
いつもとのギャップのせいで思わず言ってしまいそうになった。
「今夜アリシアにそのことを言おうと思っているのでまだ誰にも言えません」
「それはめでたいですね」
「あの……話を聞いていましたか?」
「ええ、もちろん」
もしかして心の声が漏れた……わけないか。
本当にそうなら今頃アリシアがこっちに突撃してきている。
「やはり風見家の未来は安泰ですね」
梓さんは全てを知ったかのような表情で本来の立ち位置へ向かう。
アリシアに何か言わないことを願いつつ、宴会場の方へ向かった。
◇
祭事のときとは違い。
門下生たちは夕食の後も修行があるので宴会は早々に切り上げられる。
二人きりになった俺とアリシアは前と同じく風見家の敷地内で一番高い木に上る。
一応アリシアは私服に着替えていたがお姫様抱っこを要求されたら断ることはできない。
「今夜は満月だったか」
普段よりも高い場所にいるせいか月が大きく見える。
「月が綺麗ですね」
「……そうだな」
一瞬ドキッとしたがアリシアはアトリシア公国出身。
有名な文学作品は知らないだろうし。
今夜はそういうことを話したいわけでもない。
「アトリシア公国から連絡は?」
「魔法が使えない無能な娘には心配することもないようで」
こういう時表立って娘を可愛がれない親として立場が明るみになる。
「うちじゃあ門下生たちの舌を虜にするぐらい有能なのにな」
いつもよりおかわりの回数が多いと梓さんが少し嫉妬していたのを思い出して少し笑う。
「不謹慎かもしれませんが。こういう時に自分が他国の人間だと実感します」
俺が婚約者ということはまだアトリシア公国には伝わっていない。
言わば口約束のような状態だ。
どれだけ俺が愛を示しても、身内が良くしても彼女はただの留学生。
今回は特例として風見家が責任を負うことを条件に保護している。
「戦争が起きてたら守られるだけで。隼人さんが危険な地に赴くのに共に行けない悔しさ……これもワガママですね」
気丈に振る舞っているが内心は気が気でないだろう。
例えどれだけ強くても戦争に赴くということは死ぬかもしれないという最悪の結末が纏わりついてくる。
「俺としてはアリシアが無茶を言い出さないから有り難いがな」
少し意地悪を言うと怒った表情でこちらを見上げる。
機嫌を取るためではなく本能に従って抱きしめた。
「悪いが本心だ。アリシアが戦場に立つと思うだけで不安になる。だから……気持ちはわかるよ」
大切な人が傷つこうとも指を咥えて待つしかない。
それだけで地獄と大差ないのだ。
「そんなことを言って。大和とアトリシア公国が戦争になったらどうするんですか?」
「何度も考えたが答えが出ない」
今朝東雲に断言した言葉を吐くほど今の俺は虚勢を張れない。
情けなくてもこの子の前ではありのままでいたい。
「私が望む望まない関係なくこの血はアトリシア王家の血を引いていて私の身分はアトリシア国民。大和を選ぶことはできません」
「……普通ならな」
アリシアを話してスボンのポケットから一枚の紙片を取り出して渡す。
「俺は大和一ズルい男だと思う」
月明かりがアリシアの手元を照らす。
それは指輪よりも明確に固い絆を結ぶ魔法のカード。
「アリシアの考えや思いを無視するとわかっていても」
空き教室の時とは比にならないくらい。
アリシアの目から大量の涙が流れ出す。
「俺は君に隣にいてほしいという願いを無理矢理叶えてしまうのだから」
もし仮に両国が戦争になったとしてもアリシアが道を選べるようにという建前と。
それでも俺を選んでほしいという本音。
「これをどうするかはアリシアに任せるけどな」
手渡したのは御門家のみが発行できる大和の永住権。
他国の姫に対して発行するチートを使用したのは歴史上俺ぐらいだろう。
「私の答えなんて……わかっているくせに」
泣きじゃくる顔を見せまいと抱きついてくる。
いつものように優しく頭を撫でる。
「やっぱりどう考えてもアリシアが離れることは嫌なんだ」
彼女が母国を滅ぼされて憂いを帯びても離したくないというエゴ。
それこそが偽りようのない俺の本心だった。
「私よりワガママですね」
「そうかもな」
今はアリシアの選択肢を一つ増やすのが精一杯。
しかも自分に都合の良い選択肢。
それを受け入れるとわかっていて自由を選ばせる。
まさに悪魔的諸行だ。
「ズルいと言われようが誰にも渡したくないんだ」
唯一無二かもしれない特別な相手。
これが盲目による認識なのかどうかなんて時間が経たないとわからない。
死にたくなるような後悔は一度で十分。
俺はこの選択を決して悔やむことはない。
「だからといってタイミングが最悪すぎます。私が不安を抱えているのを知っていて。こんなものを渡すなんて……ご機嫌取りと言われたほうがまだマシです」
頑なに答えを言わないことにしびれを切らして顎を持ち上げてこちらを向かせる。
目は可哀想なぐらい腫れていた。
「そう言って欲しいのか?」
「そんなわけないでしょ……隼人さんのバーカ」
「今日は怒ってばかりだな」
「誰のせいだと……」
「俺のことを好きなアリシアが悪い」
「自意識過剰はモテませ――」
「そろそろ答えが聞きたいんだがな」
「っ……!」
頑なに言わなかった反動のせいで羞恥心が募り頬を赤らめる。
「今凄く言いたくないです」
「そう言われると物凄く言わせたくなる」
「隼人さんって押しに弱いように見えて生粋のサドですよね……」
「アリシアに対してだけな」
「そんな特別は要りません!」
「なら、どういうのがいいんだ?」
「…………本当に隼人さんですか? 背中のチャックを確認させてくだ――」
証明するために口づけを交わすと茹で上がったアリシアは両手で顔を隠した。
「確認できたか?」
「何で今日はそんなに積極的なんですか!?」
「たまにドキドキさせとかないと飽きられるかなと思ってな」
「絶対に私をイジメて楽しんでるだけです!」
腕の中で暴れるアリシア。
口約束ではなくちゃんとした形で隣にいれるような物を贈り、相手が受け入れてくれた。
今夜ほど嬉しい夜はないだろう。
「戦争が終わったら覚悟してください。絶対に同じようにドキドキさせてみせます!」
「はいはい」
「……不束者ですがよろしくお願いします」
「こちらこそ」
あまりいじめ過ぎたら拗ねられそうなのでこの辺にしておくか。
「お互い疲れたから今日は早めに寝ようか」
「そうします……」
そろそろ門下生たちが戻ってくるのでアリシアと一緒に部屋へ戻り布団に入る。
余程根に持ったようで珍しく抱きついてこなかったが……今夜だけは好都合。
「てっきり指輪が出てくると思ったらまさかの永住権とは……」
「指輪のほうがよかったか?」
「いえ、ロマンチスト隼人さんらしくないと思いまして。まぁ、指輪は指輪で身につけられるので欲しいですけど」
「ほら、埋め合わせの件で指切りしただろ?」
「はい」
「実は買い物という名目で外に連れ出し、婚約指輪を選ばせようとしていた」
「それは言ったら駄目なやつでは?」
「その必要性がなくなったからいいんだよ」
「…………そうですか」
婚約指輪を貰えないと思ったのか少しシュンとしている。
慰めるためと寝返りを打たせないためにわざと後ろから強めに抱きしめて眠りについた。
◇
深夜二時。
目論見通りアリシアは寝返りを打っておらずに起こすことなく簡単に布団から抜け出す。
机の引き出しから昼間に買ったリングケースを取り出して開ける。
こういうのを何のためらいもなく買える財力があることに感謝しつつ。
アリシアの左手の薬指に婚約指輪を嵌める。
「もう買ってしまったから買いに行く必要性がなくなったんだよな」
あと数時間後に目が覚めたアリシアがどういう反応をするのかを楽しみにしながら再び眠りについた。
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