第六話「I needed you」

ハルバール王国。

かつて大和に戦争を仕掛けて敗れた敗戦国。

それまでは緑豊かな土地を活かした農産物を輸出していたが今は見る影もない。

 その国の先月新たに作られた軍事演習場で一人の少年はこれまでの成果を試していた。

「風見隼人」

 彼の名は若狭真琴。

 二ヶ月前、アリシア=オルレアンに危害を加えようとした罪で国際的に指名手配された少年。

 現在は比類なきその腕を買われてハルバール王国軍の特別顧問の地位についている。

 本来なら魔術師を作り出す薬の副作用で自我を侵食されている彼が未だに自我を保っているのは自分の花嫁になるはずだったアリシアを奪った隼人への憎悪のみ。

 かつで居合で名を馳せた若狭家の好青年は存在していない。

 一族全員行く宛がなく、たまたま辿り着いた大和に恨みのある国。

 魔術師を増産するという軍事強化を手土産にすることで若狭家はハルバール王国に根を生やした。

「精が出るな、真琴殿」

「?! 総帥殿、いかがなされましたか?」

 彼に声をかけたのは代々軍の総帥を受け継いでいるライメル家のご老人。

 そして十数年前に大和へ戦争を仕掛けた際、軍の指揮を預かっていた人物。

「なに。二日後に控えた作戦前に部隊の視察をしていたまでだよ。真琴殿のお陰で軍はすっかり別物になった。軍を代表して礼を言う」

「勿体なきお言葉ありがとうございます」

 真琴にとって幸運だったのはこの御人が真っ先に若狭家を受け入れてくれたことで約二ヶ月という短期間で隼人に復讐できる。

 いわば恩人のような人。 

「総帥こちらにいらっしゃいましたか。陛下がお呼びです」

 二人の間に割って入ってきたのは正義感に溢れた若い青年。

 若くして総帥補佐にまで昇りつめた優秀な男だ。

「わかった。ではな真琴殿」

「はい」



 総帥と総帥補佐の二人は謁見の間へ向かう中、突如総帥補佐の足が止まる。

「どうかしたか?」

「……総帥は此度の戦争をどうお考えですか?」

 他の者がいれば注意される質問に総帥は力なく笑う。

「君は納得いっていないようだ」

「当たり前です! 我々軍人ならまだしもどうして年端も行かない者たちが駆り出されないといけないのです!」

「陛下の命に従うのが我々軍人だ」

「……申し訳ありません。取り乱しました」

「構わんよ。この国は君のようにはっきりと物を言う若者は少ない。しかし、長生きしたいなら気をつけ給え」

「ですが、大和にはかなりの手練れがいると聞きます」

「それは三年前の奇襲作戦のことか?」

「当時我軍最強と謳われた総帥のご子息を殺した彼の者が出てくれば我々の勝利も危ういかと……っ、申し訳――」

「構わん。アレも軍人。軍に所属した時点で死人も同然だ」 

 総帥補佐が失言を撤回する前に総帥はゆっくりと歩き出す。

 その背中から悲しみを感じだった総帥補佐は何も言えずに後ろを歩いた。



 本家や街で用事を済ませて紅葉の待つ庭へ向かうために廊下を歩く。

 戦争前のため城内の家臣たちは忙しなく動いている。

 そんな中、窓を開けてタバコを吸う不届き者もとい葵先生は俺に気づくと手を挙げる。

「先生。城内禁煙だぞ……」

「安心しろ。周囲には結界を張っている。気づくのは君か藍ぐらいだろう」

 今の言葉のどこに安心すればさっぱりだが問いただしたところで意味はない。

「鏡夜は?」

「遅めの昼食を取っている。私は君が来るから席を外すように言われた。まったく聞き氏にまさる護衛泣かせだね」

「面白がるなよ」

「いや何。君のことをよく知る身としてはよく三年も続いたと関心しているだけだ」

 一年目なんて目を盗んで脱走するわ、美味いもので釣って共犯にしようもするわで何度斬ってやろうかと思ったことか。

「褒め言葉として受け取っておく……俺の顔に何か付いているか?」

「余程良いことがあったと見える」

「そんなにわかりやすいか?」

「ああ。足元をすくわれて痛い目をみてほしいと思うぐらい良い顔をしている」

「あ、そう……」

 護衛役のストレスのせいなのかいつもよりトゲトゲしい気がする。

「戦争前に顔を合わすのは最後かもしれないな」

 そういうと先生は吸い始めたタバコの火を消して携帯灰皿にしまう。

「死ぬなよ、風見」

「そうやってフラグを立てるなよな」

「わりと真剣なんだがな」

 肩を竦める先生の横を通り過ぎる。

「死ねない理由ができたんだ。だから生きて帰るさ」

 先生は『そうか』と小さく呟くと再びタバコに火をつける…………喫煙していたことを紅葉に告げ口しておかないとな。



 庭につくと紅葉は縁側に座り紫陽花を眺めている。

「遅いと思ったら先生と話していたんだね」

「何でわかったんだ?」

「タバコの匂い。城内禁煙なのに……困った護衛役代理だね。あ、帰る前に消臭しないとアリシアに誤解されるよ?」

「俺の婚約者はそんなに嫉妬深くねえよ」

 何となく話が長くなりそうなので隣に腰掛ける。

「君が来るまで戦争のメンバーから外そうと思ってた」

「今更?」

「けど、顔見てやっぱりやめた」

「ちなみにどんな顔だ?」

「自殺願望者だったのが嘘のように晴れ晴れとしている」

「別に死にたがってたわけじゃねえよ」

「人は誰かのためには生きられず、自分のためにしか生きられない」

「最近よく聞くフレーズだな」

 どう足掻いても自己を満たすための範疇で結果として誰かが勝手に助かったに過ぎない。

「けど、誰かといないと生きられない」

「人は一人じゃ生きられないってやつか?」

「そう。面倒くさいけどそれが真理なんだよ。自己を形成するためには他人の評価が必要だからね」

 他人からどう見られてるかという考えが理性を形成し、他人を求める思いが本能を呼び覚ます。

 そうすることで人は"生きている"と言える。

「君と私のについては?」

「誰しも秘密の一つや二つは抱えてるもんだ。だから言ってない」

「カッコつけるのもいいけどさ。それで不安がらせたらバカらしいよ」

「時には大事な人よりも優先すべきことはあるだろ」

 例え共犯者に仕立て上げられても救われたことに変わりはない。

「私を優先しても何も出ないのに」

「ま、良い婚約者を紹介してくれたんだ。これ以上何も望まないさ。で、今日の本題は?

まさか、戦争に参加させないことを言うためだけに呼び出したわけじゃないだろ」

「藍さんから向こうの国の状況を聞いてね。藍さんには国の防衛に当たってほしいから一人で戦ってくれない?」

「やっぱり国全土が巻き込まれるのか?」

「間違いなくね」

「相手の規模は?」

「君の方は前情報通りの一万人。こっちは少なくともその十倍。できれば領土に入る前に殲滅したい」

「物騒な姫だな」

「国とそこに住む民を守るためなら鬼と言われようが悪魔と言われようが構わないよ」

「まったく……お前は変わらないな」

「それが私だからね」

 この子は国民のためなら躊躇うことなく命を投げ捨てる揺るぎない覚悟がある。

 そんな彼女だから俺は生涯を賭して付き従うと決めたのだ。

「引き受けるには一つだけ前払いでほしいものがある」

「どうせこれでしょ?」

 紅葉が袖から取り出した一枚の紙片。

 久々に驚いた。

「話が早くて助かるが……予知しすぎろ」

「私のせいで婚約者にも言えない秘密を抱えさせてるんだからこれぐらいはするよ」

「いや、普通そんな理由で発行していいもんじゃねえだろ」

「要らないなら別にいいけど?」

「ご厚意に感謝します!」

「うむ。良きに計らえ」

 もう少し揉めるかと思ったがわりとあっさりほしいものが手に入る。

 何か裏がありそうで怖いが……気にしないでおこう。

「前払いで渡したんだから祝勝会はきっちり開いてもらうから」

「いや、少しは勝利を疑えよ!」

「私は戦場に立つわけじゃないから慢心していても問題ない」

「いい気なもんだな」

「君が戦場に立つんだから不安なんてないよ」

「信頼を寄せすぎだ」

「事実そうなんだから仕方ない」

「そうかよ」

 これ以上ここにいたら照れてしまいそうになるので立ち上がる。

「期待には応えるよ」

「よろしく」

 こんな軽いやり取りをしているが明後日にはお互い国のために戦うことになる。

 きっちり与えられた仕事をこなして美味い飯にありつけるようにしないとな。



 隼人が去っても庭からしばらく動けなかった。

「はぁ……」

 わかっていたことだが何とも言えない気分。

 彼を死なせないために尽力して。

 ようやく巡り合った特別な人のために生きようとしている姿を見て嬉しいはずなのに。

「こりゃあ思ったよりも重症だね」

 どうして私は喪失感を抱いているのだろう。

 人は一人で生きられない。

 隣にいてほしい誰かを探して生きている。

 その誰かが自分じゃなかった。

 ただそれだけの話だ。

 たぶん隼人はアリシア姫と結婚しても私に付き従う。

 それを心の奥底で望んでいる自分が嫌いだ。

 自分のために生きてほしくないと遠ざけて。

 そうじゃなくなれば欲しがる。

 そんな天邪鬼っぷりに笑うしかない。

 もう少し素直になっていたら……違う未来があったかもしれない。

 この未練と後悔は墓場まで持っていこうと誓いながら。

 もう少しだけ白い紫陽花を眺めてから部屋に戻った。


  

 

 






 

 










 

 

 







 




 

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