第十話「久々の来客とお預け」
幸運と不幸は表裏一体。
良いことがあれば悪いことがある。
迂闊だったといえばそれまでなんだろう。
「隼人……さん?」
帰宅した時にはアリシアの姿はなかったのでこれ幸いと今日久しぶりに受けた傷を手当てすることにした。
ただリビングでやると帰ってきた時にアリシアと鉢合わせする。
二階の部屋は外から明かりが見えるので帰宅したアリシアは必ず声をかけに来る。
言い訳できるように道着に着替えて道場に向かい、上半身を露出した瞬間に背後から聞こえた声に動揺する。
ゆっくり振り返ると青ざめた顔のアリシアがいる。
まぁ、婚約者がところどころに傷を作って帰ってくればそんな表情をするだろう。
しかし、俺の婚約者はそれで済まないのだ。
「……すみません。用事を思い出したので少し出てきます」
「待て待て待て!」
目のハイライトが消えて立ち去ろうとするアリシアを強引に止めた。
「一応聞こう。どこへ行く?」
「西園寺藍さんのところです」
誰にやられたとも言っていないのに察しの良い娘!
「とりあえず落ち着こう。な?」
「私は冷静です」
たぶんアリシアの脳内はあの人を『どう料理してやろうか?』のみ。
怒りに身を任せて暴力を振るわず、的確に相手の急所を責めるんだろうな……。
「お、お腹すいたな〜。アリシアのご飯食べたいな〜」
「すぐに済ませてきますので待っていてください」
ダメだ!
話は聞いてくれているはずなのに頑なに進路変更してくれない!
「無理、待てない」
「……さっきから何故あの方を庇おうとしているのですか?」
「え?」
止まってはくれたが雲行きが怪しくなってきた。
「別に庇っているつもりはない。アリシアの怒りが俺が傷をつけたことならやめてほしいだけだ」
アリシアのことだ正々堂々勝負を挑むのは目に見えているがその原因は敵討ち。
嬉しい気持ちはあるが情けなさが勝つ。
「隼人さんだって私が傷を作って帰ってきたらやり返しに行きませんか?」
「……そんなことはしない」
想像して相手を切り刻むところまではイメージしたが納得するわけにはいかない。
「アリシア。隼人くん、い……た?」
緊迫した状況をぶち壊すように千歳が来訪。
好機と思ったが何故か千歳は踵を返す。
「ごめんさない場所間違えました」
「合ってるから! なんでどこかに行こうとする?!」
ツーカーの従兄妹に視線でヘルプを送るが目をそらしているせいで伝わらない。
「え、だって……ねぇ?」
いたたまれなさそうな雰囲気。
そこでようやく客観視できた。
薄暗い道場。
半裸の男は自分の婚約者を肩を掴んで強引に引き止めており、アリシアは未だにどう料理するか悩んでいるのか小声で何かを呟きながら目のハイライトが消えている。
見た目だけは強引に迫る婚約者とまさかの行動に脳の処理が追いついていない少女の図だ。
「確かに隼人くんの家にお邪魔しに来たけど。二人の仲を邪魔したいわけじゃないからさ」
「こんなところで変な勘違いしたまま空気を読むな! お前は察しの良さが長所だろ!?」
「え? アリシアが迫ってるほう?」
「あーもー!」
埒が明かないのでとりあえず道着を着なおして三人で母屋に戻ることにした。
アリシアは客人である千歳をもてなすためにお茶の準備をしている。
その間に道場内で起こった出来事を説明すると爆笑していた。
「いつもより離れているせいでアリシアの嫉妬心が爆発したってところだね」
「笑い事じゃねえよ……」
「いや周りからすればクソ大惚気だから」
「あはは。千歳も冗談言うようになったな」
「……」
「はい、クソ惚気ですね。すんません」
今日は厄日だな。
「てか、隼人くんが怪我するとか何年ぶ……見たことないね。逆にどうやったら怪我するの?」
「竜の一撃」
「……伝説の生物じゃん。てか、逆によくその程度で済んだね」
「アリシアと婚約して使い果たしたかと思ったが運がまだ残っていたようだ」
「また惚気……てか、悪運の間違いでしょ」
「否定はしない」
そういえばこうして千歳と話すのは祭り以来か……。
「急に立ち上がってどうしたの?」
「喉が渇いたんだよ」
「とか言って。アリシアの顔見たくなっただけでしょ?」
「言ってろ」
浴場のこととか帰り際のことを思い出して居たたまれなくなった。
「どうかされましたか?」
キッチンの中に入るといつものアリシアに戻っていた。
「喉が渇いてな」
「す、すみません」
「いや、責めたいわけじゃなくてだな……」
さっきのことを恥じているのか少しぎこちない。
「傷……大丈夫ですか?」
「たいした傷じゃないよ。何なら脱いで見せようか?」
「……………………後にします」
千歳がいてくれて助かった。
危うく冗談が冗談ですまないところだ。
「そういえばどうして千歳がいるんだ?」
「今日お一人で夕食を食べると聞いたのでつい……家に招く許可を取らずにすみま――」
言い切る前にお茶漬けのクッキーで口を塞ぐ。
「ここは俺とアリシアの二人の家だ。客人を呼ぶのにいちいち許可を取る必要はないよ」
「モグモグ……けど、事前に連絡はするべきかと」
『二人の家』という言葉に少し照れたようで可愛らしく頬を赤らめている。
嫉妬されるよりもこういう表情のほうが愛情を感じる。
「そうだな。連絡はほしいな」
「わかりました。ジー……」
余程気に入ったようで上目遣いで見上げる瞳がもう一度あーんを要求している。
これ以上遅くなると千歳に何を言われるかわからないので気づかないふりをしてリビングに戻ろうとすると意地悪に気付いて頬を膨らませたアリシアに脇腹を小突かれた。
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