第十一話「夜も更けて……」

 夕食を食べる頃にはアリシアの機嫌はすっかり元通り。

「そういや西園寺さんとはどうなの?」

 このように千歳が爆弾を投下しても問題ないレベルだ。

「ようやく今日方針が固まったから明日はオフにするかって話をしてる」

「では、隼人さんと久々に登校できるってことですね!?」

 戦争中は御門家の権限で免除されることになっているので正直家でゆっくりしようと思っていたが婚約者様に目を煌めかせてこっちを見られてはその選択肢はなくなってしまう。

「まあ、そういうことだ」

「……」

 さすがは長年従妹をしているだけはある。

 俺の考えなどお見通し。

 汁物を啜りながら視線だけで「ドンマイ」を伝えてくる。

「んふふ〜」

 調子が絶好調になってご満悦。

 こんな可愛い反応をされて断れるほうがどうかしている。

「ただし、登下校中に腕は組むのは勘弁してくれ。それに俺のクラスに顔を出すのも」

 アリシアと休日に出かけているところを目撃されてから常に誰かの視線を感じで落ち着かない。

 あの悪友のアキラですら用がなければ近寄ってこないレベルで視線を集めている。

「両方無理です。我慢できません」

「……千歳ヘルプ」

「馬に蹴られたくないし。それにアリシアのご飯を堪能したいから無理」

 藁に縋ったが長年の従兄妹関係より食欲を優先されたことに若干気付いた。

「それにアリシアの気持ちもわかるし」

「千歳姉さん、それは言わない約束ですよ?」

「そうは言うけどねアリシア。隼人くんは悪意には敏感でも好意には無沈着なの。だから最近の周りの状況に気がついていないの。言わないとわからないアホな子なの」

「おいコラ」

「それもそうですね……」

「え、嘘。アリシアまで?」

「「はぁ……」」

 二人してため息を吐かれるが千歳の好意という言葉に心当たりがない。

「隼人くん。最近学園にいる間どうしてる?」

「そりゃあ、視線が煩わしいから休み時間に教室にいないようにしている」

 屋上や葵先生のところは人が来ないので利用頻度は高い。

「その休み時間になると他クラスや他学年の女子生徒が見に来ていることに気づいてる?」

「なんだそりゃ。まぁ、アリシアと婚約していることは発表していなくても親しくしている男子を見に来るみたいなもんだろう」

 忘れがちだがアリシアは一国の姫君だ。

 そんな人が異性と親しくしていれば『あいつは誰だ? どこの馬の骨だ?』と思う人がいてもおかしくない。

「若狭真琴の件があった日。私、隼人くんに電話したじゃん? あの時何してたんだっけ?」

「何って。人間バリケードが邪魔だったから死なない程度にブチのめしたぐらいだ」

「その人達がどういう面子だったか知ってる?」

「面子? いや全然」

 確かのした奴らは御門家側が処理したとか言っていたな。

 今思えば一生徒に対してはやり過ぎな処置な気がする。

「彼らは力に物言わせて複数人の女子生徒達に迷惑をかけていたゴロツキ連中でね。実力主義の校風が仇となって教師陣も放置せざるおえない状況だったらしいの。で、その人達が一斉にいなくなって『何が起こった?』と皆が疑問を抱いているところにタレコミがあったんだって」

「……ちなみにその内容は?」

「『以前相楽千歳とアリシア=オルレアンの模擬戦に割って入った二年性が血相を変えてそいつ等をボコボコにしていた』だそうです」

 アリシアの耳にも入っているということは大和内だけでなく学園全体の共通認識ということ。

「で、被害者だった女子生徒たちは君にお礼をしたいのに来る日も来る日もいないってわけ」

「それとアリシアの懸念? がどう繋がるんだ?」

「その――――が――――の――を――に――かも――な――ゃないですか……」

「すまんアリシア。声が小さくて聞こえなかったんだが」

「その方たちが隼人さんのことを好きになるかもしれないじゃないですか!」

「は?」

 助けられた相手が異性だから好意を抱く?

 それは物語だけの話で現実ではあり得ないだろ。 

「ね、アリシア。私の言った通りでしょ?」

「ええ。まさかここまで説明しても理解していただけないとは思いませんでしたが」

「……なんか悪い」

 イマイチ納得できないがアリシアに呆れられては謝るしかない。

「いいんです。それぐらい私しか見ていないという意味でもありますから」

 つまりアリシアが学園でも大っぴらに交友してきたのはマーキングみたいなものだったというわけか。

「実際教室に訪ねてきてた子の中で何人かは手紙持ってたみたいだよ」

「意地の悪い笑みを浮かべて不安を煽るな。趣味の悪い」

「それぐらい気をつけなよって忠告。いっそのこと婚約は無理でも付き合ってるって公言すればいいのに」

「アリシアは姫君だぞ? そんな簡単に公言できるか」

「いや同棲して実家の挨拶済ませておいてよく言うよ」

「前者に関しては事の成り行きだが。後者の方はそうしないわけにいかないだろ。俺たちは出会って日が浅い。その相手に大切だと言葉だけで信用してもらえるとは思ってはいない。それ相応の態度でも示すのは当然だろう」

「それで実家挨拶とか重すぎ……いや、アリシアは肯定派だからいいとして普通それを相手の前で言うかね?」

「最近の溺愛っぷりを見てるとお前言いそうだからな」

 事あるごとにアリシアを構う始末。

 アリシアにそっちの気がなかったからいいものの、そうじゃなかったら百合ワールドが完成していただろうな。

「夫婦の間で隠し事はなしと」

「それはないだろう。どれだけ親しくても隠し事の一つや二つはある。ただその内容が相手を傷つけるものじゃないなら無理矢理聞く必要はない」

「隼人くん、隼人くん。否定忘れてる」

「茶化すために言っているのがわかっているし。それに俺はアリシアを手放すつもりはないという意思表示だ」

「わぉ、惚気カウンターか。まぁ、相方にも決まってるみたいだけど?」

「……あ」

 気安く言い合っていたせいでアリシアのことを考えていたなかった。

 見事に顔を真っ赤にして茹だっていた。

「夫婦……夫婦……」

 普段自分もネタにしているのに第三者から言われて認識するのは違うようだ。

「デザートいらないくらい砂糖吐きそう」

「今日は昨日から仕込んでいた抹茶プリンだったか」

「やっぱり食べる」

 今日の千歳は『気の使えるキャラから腹ペコキャラにジョブチェンジでもしたのか?』と聞きたくなるような食い意地を発揮している。

 それだけこの料理に魅力があると思うのは婚約者としての色眼鏡なのだろうか。



「あ、もうこんな時間」

 デザートを食べてしばらく三人で話をしていると時刻は九時過ぎ。

 明日も学園があることを考えると少し遅い時間だ。

「それじゃあそろそろお暇するね」

「泊まっていけよ」

「いやそれは……」

「え? 千歳姉さん帰るのですか?」

「……え?」

 アリシアの発言が予想外だったのだろう。

 珍しく驚きを隠せていない。

「アリシアは泊まらせる気満々だったぞ。食事を作っている間にいそいそと客間に布団の準備をしているようだったし」

「隼人さん気づいてたんですね」

「俺の日課は料理しているアリシアを眺めることだからな。千歳と話をしていてもいなくなればすぐに気づく」

「もう隼人さんってば」

「違う意味で帰りたくなったんだけど……けど、アリシアはいいの?」

「もちろんです」

「私、隼人くんのこと好きだけど?」

「んー」

 言わなくてもいいことをあえて言っている。

 つまり本当に引っかかっている部分なんだろうな。

「もちろん異性としての好きもあると思いますがそれ以前に千歳姉さんは隼人さんのことを大切に思っていますし、隼人さんだって千歳姉さんのことを大切に思っている。それにきっかけは隼人さんと婚約したからですが、私のことも同じように大切に思ってくれているもわかっているつもりです」

 アリシアの言葉に俺も千歳も否定できない。

 独占欲もあるだろうにそれ以上に俺や俺の周りを気遣う心に。

 改めて俺はこういうアリシアだから好きになったんだと思う。

「そんな千歳姉さんを邪険にするなどできませんし。したくありません。これが私の本音です」

「アリシア……」

 千歳は少し泣きそうで。

 同時に慈愛に満ちた瞳をアリシアに向けている。

「なら、お言葉に甘えるね。そうと決まればお風呂行こっか」

「それはまだ恥ずか――」

「隼人くんが止めにこれない状況で色々昔話聞かせてあげるけど?」

「すぐいきましょう! あ、隼人さん先に行ってきてもいいですか?」

「はいはい。いってら」

 さっきまで感動的なことを言ったかと思えば子どものように目を輝かせて食いつく姿を見せる。

 あの様子だと二人とも長風呂になって逆上せそうなので冷たい飲み物でも用意しておくか。

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