第十二話「川の字?」

 千歳が泊まることになって数時間後。

『川の字というもので寝たいです』

 という大和文化に憧れたアリシアの提案で急遽リビングに二人用布団と一人用布団を引いて寝ることになった…………だが。

「隼人くんよくそれで理性保っているよね?」

 最初は左を俺、右は千歳。

 そしてアリシアが真ん中に寝ていたが眠ったアリシアは無意識に俺に抱きつき真ん中が偏った川の字になっていた。

 普通は呆れたりするのだが千歳は我が子を見るように微笑ましい表情だ。 

「あんまり俺の本能を呼び起こさせないでくれ」

「私の記憶が正しければ君達会って二ヶ月しか経ってないよね?」

「そのこと考えたら自分が異常者に思えるから考えないようにしている。あ、千歳。すまんが俺の部屋から紐とペン取ってきてくれ」

「何のために? てか、自分で行きなよ」

「少しでも離れると起きるんだよ」

 音をどれだけ出しても起きないので体温が離れるとダメなようだ。

「しかたない。今度アリシアとの買い物に行くときに荷物持ちしてくれるので手を打とう」

「安い対価だな」

「美味しい料理を作れるお嫁さんに感謝するんだね。あと梓さんが『いつ若は若奥様を連れてきてくれるんですかね?』って怒ってたよ」

「戦争始まる前日にアリシアを預けに行くと言っといてくれ」

「はーい」

 足音を立てずに俺の部屋から紐とペンを持ってくると取りに行く間に意図がわかったようで何も言わずにアリシアの左手の薬指を測り始める。

「こういうところは古典的だね」

「これでも大和男子だからな」

「よく言うよ。というか、隼人くんの性格なら店に連れて行って選ばせると思ってたのに」

「千歳がそう思うならサプライズは成功しそうだな」

「悪い男だね」

「一生に一度の思い出だ。その表情を独り占めしたいと思うのは普通だろ」

「アリシアなら学園にも付けていきそうだけど……いいの?」

「構わないから渡すんだ。それにいくら鈍感でも気づく」

 俺に何人か好意がある話をしていた時、少しだけアリシアが曇った顔をしていたのを見逃していなかった。

 元々贈るつもりではあったのでサプライズを上乗せする分にはいいだろう。

「目立つの嫌いなのに」

「それを言っていたらアリシアの隣にいられないだろ」

「わーゾッコンだ。惚気クソうざーい」

「楽しそうだな」

「うん。アリシアと出会ってから隼人くんが楽しそうだからね」

「否定はしない」

 恋は盲目というが悪いことばかりじゃない。

 彼女を見ていると自然と前向きにならないとと思えてくる。

「だから…………死んだらダメだよ」

「バーカ。俺を誰だと――」

「約束して。出ないとこれは渡せない」

 サプライズに重要な紐を握る千歳の顔はいつになく真剣で。

 さっきの仕返しに茶化してやろうと思った気持ちが失せていく。

「……わかった約束する」

「ん。机にしまっておくからアリシアにはバレないようにね」

「おう、サンキュー」

 そういうと千歳は再び俺の部屋に向かう。

 そんなに念押ししなくても大丈夫なのにな。

「ん、んんー」

 いつもとは布団が違うからか寝苦しそうにするアリシアの頭を撫でるとすぐに夢の中に戻る。

 こんな子を残して誰が死ねるんだろうな。

「そうしているとアリシアが隼人くんの子どもに見えるね」

「言いたいことはわかる。羨ましいか?」

「うん。私が撫でたら起きそうだから我慢するしかないのが辛い! 本当に幸せそうだね」

 普段は凛々しい雰囲気なのに心底安心するかと言うように緩みきっており。

 頭を撫でれば撫でるほどにすり寄って体温を伝えてくる。

「月並みかもしれないけどさ。この表情を見ていると守らないとって気持ちになる」

 どこにもいかないでと寂しさを表すようにしがみついて。

 言葉を紡ぐ以上に伝わってくる感情にほくそ笑んでしまう。

「水を差すつもりはないけど……噂じゃ今回の戦争」

「あぁ、例の王子が絡んでいるだろうな」

 今回の戦争を仕掛けてきたのはハルバール王国側。

 理由に関しても腑に落ちない点があった。

 まず軍事力では大和が圧倒的に上なのに何故交渉ではなく、武力を行使することを選べたのか。

 俺の脳裏には若狭真琴の姿がチラついている。

「魔法を使える一万の軍勢が相手でも問題はないだろう」

「まぁ、相方があの西園寺さんだからね」

 ちょっとやそっとじゃ埋まらない圧倒的実力があり、広範囲殲滅に特化した陰陽師。

 むしろ、有象無象に対して俺の出番があるのか? と疑うレベルだ。

「まさか風見家と西園寺家が協力するなんてね」

「おかしなことじゃないだろう。腐っても大和の両翼と呼ばれた家柄だ。歴史でも有事の際は協力したと記されている」

 方向性は違えど、何千年もの間共に御門家を支え続けた間柄。

 その真価がこういう時に発揮されるのは皮肉かもしれないがな。

「もしかしたら隼人くんと西園寺さんが婚約する未来があったのかもね」

「……冗談でもやめてくれ」

「えー、いいじゃん。たまには恋バナに付き合ってよ」

「修学旅行かよ。それにたらればだろうとこっちは婚約者の目の前で違う女性の話をする程肝は座ってない」

「面白くない。少しでいいから、ね?」

 そう言われて想像するが常に角を生やして目のハイライトを消しながらグチグチ言うことしか想像できない。

「毎日胃に穴が空きそうだな……」

「いや、どんな想像したのよ」

「ん、んー……」

 俺が別の女性のことを考えたからか。

 それとも考えて手が止まったからか。

 アリシアが不機嫌に唸ったので撫でる手を再開すると穏やかな寝息を立てる。

「こりゃあ、将来浮気できないね」

「するつもりねえよ」

「私とも?」

「……この前から思っていたが。そのちょいちょいするアピールは何だ? 確かアリシアとの婚約に賛成してくれてるんだよな?」

「してるよ。まー隙あらば隼人くんの隣は狙っているけど」

「そんなに魅力ある椅子じゃないからやめとけ」

「愛は非売品」

「良いことを言っているつもりだろうが購入しようしている時点で台無しだからな?」

 冗談なのか本気なのか判断がつかない。

 乙女心は複雑ってやつか?

「もしアトリシア公国と戦争になったらどうするの?」

 若狭真琴の件やもし今回ハルバール王国の裏にレイル王子がいると公になれば戦争とはいかないものの彼女はその国の王族。

 大和国内でのアリシアに風当たりは強くなるだろうし、留学も中止になって強制送還される可能性もある。

「想像したくはないな……」

 例えアリシアが国を捨てて大和国民になって、戦争になってアトリシア公国が負けたとすれば。

 彼女のこの安らいだ寝顔を見ることは二度とない。

それは立場が逆になっても同じことだ。

 どちらを選んでも選ばなくても彼女の心は傷つく。

 争った時点で負けのクソゲーだ。

「ふふ」

「何笑ってんだ」

「いや隼人くんにとってアリシアは運命の相手なんだなって」

「一体今の会話でどういう結論出してんだ。恋愛脳のお花畑か?」

「他人を優先するのはいつものことだけど、そこに自分自身を勘定に入れているから」

「……いつだって俺は自分大好きだぞ」

「嘘つき。少し前まで『いつ死んでも構わない』って顔してたクセに。恋というのは例外なくいい影響をもたらすから良いものなんだよ」

「十代の生娘のくせに知った風に言うなよな」

 アリシアに抱きつかれているので背を向けれない。

 意思を示すために瞳を閉じる。

「それでも知っていることはあるよ」

 その言葉を最後に千歳は眠りにつく。

 俺はつくづく周りの人に恵まれている。

 そう思いながら少しだけアリシアを抱きしめる腕に力を込めて眠りについた。

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