第十話「成長の証」
ゴロツキ共を数秒で片付けて親善試合の会場に急ぐ。
たどり着いた時には五分程経っていた。
「何だこりゃ」
会場を覆うのは半透明の壁。
結界にも似ているが本来音を遮断する性質があるはずだが、中から爆発音が聞こえる辺り別物。
陰陽術の類は専門外だが触れられるなら話は別だ。
「せーの――」
「相変わらず野蛮人ですね」
膂力をフル活用した蹴りを入れようとしたところにこの国で最も聞きたくない声が背後から聞こえてくる。
聞かなかったことにするから大人しく帰ってくれないかな……。
「これは陰陽術と魔法の複合多重結界。そう安々と破れるものではありません」
声でだいたいの位置はわかるが無視だ無視。
再び全身に力を込める。
「頭の悪いあなたにはわかりにくかったようですね。言い直します。お前には無理だ。黙って下がれ下郎」
「結界の前にお前を蹴り殺すぞ、クソ
しびれを切らして振り返る。
そこに立っていたのは紅葉の現護衛役。
西園寺家始まって以来の天才陰陽師――西園寺藍。
俺が最も嫌いな女だ。
「まぁ、口の悪い。風見家の人間はまともに敬語も使えないのですか?」
「生憎と人を見下すやつに払う敬意はないと教わっていてな」
「あなた方が勝手に跪いているだけでしょう?」
「あーいえば、こういう。道理で嫁の貰い手が無くて護衛役を務めているわけだ」
「祟るぞ、クソガキ」
顔を見れば口論。
時間が経つごとに手が出始め。
最後には死合に発展する。
西園寺家というだけで相性が悪いのにこの女とまともに話した記憶がない。
「こんなところまで散歩か?」
「姫様の命で事態の収集に来ただけです。だからあなたは大人しく帰りなさい、つか帰れ」
「常日頃式神使って監視してるから鬱陶しがられてるんだよ」
「安全に万全を期しているだけです。前任が余程無能だったのでしょうね」
口の悪い生真面目な女ほど面倒なものはない。
「てか、中に用があるなら早く破れよ」
「先程の言葉が理解できていないようですね。陰陽術の他に魔法という専門外が使用されているんです。そう安々と破れはしません」
「何が西園寺家始まって以来の天才陰陽師"だよ。使えねーポンコツじゃねえか」
「婚約者を取られそうで焦っているんでしょう? 早く跪いて頭を垂れなさい。さすれば同行を許可してあげ無いこともない」
あーダメだ。
喋れば喋るほどムカついてくる。
「そもそもアトリシア公国のお姫様と婚約など分不相応。ちょうどいいじゃありませんか」
「そんな価値観なら引っ込んでろ」
「強がったところであなたのほうが専門外でしょう?」
「それがここから去る理由にはならねえよ……それにお前忘れてるだろ」
「何をですか?」
「この婚約はお前の主が仕組んだことなんだぜ」
「だから何だと言う……まさか!」
西園寺藍が何かに気づいて背後を振り返る。
煌めく一筋の光が空を駆けて俺の左横に飛来する。
舞った砂埃が晴れる前に飛来した愛刀を掴み鞘から刀を引き抜いた。
「話し相手が欲しいなら他を当たれ。悪いが俺は先に行く」
両足に力を込めて結界の天井辺りまで跳躍。
物理的に壊すことができない結界を一太刀で切り裂いた。
◇
あれから何分経ったのでしょう。
悲鳴を無視して全速力で会場内を駆け回る。
「鬼ごっこですか?」
若狭真琴は無数の炎の弾丸を放っているが疲れた様子がない。
方やこちらは避けるだけで足を酷使している。
随分と不平等な戦いだ。
「そんなに逃げなくてもいいじゃないですか、何せあなたは私のものなのですから」
「残念ながら私は隼人さんのものですので」
「その名前を出すな!」
激昂とともに大きな炎の塊が飛んでくる。
目測を誤ってしまい服の裾を焦がしながらなんとか避けるが逃げた先には若狭真琴がまるで来ることがわかっていたかのように待ち受けていた。
刀を振り下ろす予備動作が見えたので体制をわざと崩して転げ回ることで攻撃を回避。
直ぐに立ち上がり次に備える。
「アリシア姫は知らないだろうが相手は最低最悪な男だ。父の夢を壊すだけでなく私の花嫁を横取りした」
「父の夢?」
「あーそうだ。父は私以上の剣士だった。四年前の国内で最も大きな大会に出て優勝間違いなし。その決勝戦にあいつは現れた」
攻撃が止んでいる間に少しでも足を休める。
相手を見る余裕が出来てようやく気がついた。
本来魔法は大気中のマナと体内のマナを体内で練り合わせて具現化する。
重要なのは体内のマナをいかに使用せずに魔法を行使するのことだ。
なのに若狭真琴は常に体内からマナを放出しているのにマナが尽きる気配がない。
まるで別の何かを……。
「あの男は父を必要以上にいたぶり大衆の前で恥をかかせるだけでなく、武芸者としての矜持を踏みにじった。お陰で父は廃人同然その治療をするためにありとあらゆる人脈を使いたどり着いたのがアトリシア公国。レイル王子に出会ったのはその時だ」
人をたぶらかすことに長けた兄だ。
甘い言葉で誘惑したのが目に見える。
「父の治療は上手くいかなかったが私はこの力を手に入れた。そして今、君を手に入れようとしている」
憎しみと狂気に支配され、自我を失っていく。
これが取り憑かれた者ですか。
言葉にできない恐怖で足が竦み、勝つビジョンがまったく見えない。
「俺のモノになれー!」
千歳さんとの戦闘経験の産物。
彼の剣筋がスローモーションに見える。
あの時と違うのは避けられるという確信。
振り下ろされる刀を半身で避け、隙をついて反撃を試みるが相手の刀が方向を変えて急上昇。
その勢いを利用して相手の刀を下から跳ね上げた。
「終わりです!」
もう二度と来ないであろう決定的な隙。
身体を半回転させて突きの構えから間髪入れずに胴元へ。
「ああ……お前がな!」
切っ先が相手に当たる前に見えない壁に阻まれて折れてしまう。
「死ねえ!」
確かな成長の手応えがあったのに。
以前よりも強くなったと思ったのに。
私の人生はここで終わる?
迫る刃は寸分たがわず首を狙っている。
避けることもできない。
嘆く時間もない。
最後にもう一度だけ…………隼人さんの暖かさを感じたかった。
「無茶して怪我長引いても知らねえぞ」
上空からガラスが砕けるような音が聞こえたと思ったら若狭真琴が吹き飛んでいる。
何事かと状況を把握する前に望んでいた暖かさに力が抜ける。
満身創痍なのもあって身を委ねると優しく抱きとめられる。
「遅いですよ……。まったく……どこで浮気していたんですか」
「浮気はお互い様だろ」
本当に私が弱っているときに不意打ちをするのが得意な婚約者だ。
◆
ギリギリ間に合ってよかったと思う。
「まぁ、アリシアの方は相手の趣味がいいとは言えなさそうだな」
力任せに吹き飛ばしただけでダメージはさほど入っていない。
土煙から出てきた若狭真琴を観察する。
意識が飛んでいるのか虚ろな瞳。
口から涎が垂れているのにも気づいていない。
破けた襟元から見える首元には何かの模様みたいなものが青白く光っている。
「あいつに何が起きている」
「おそらくレイル王子の非魔術師を魔術師にする研究成果のようです」
「爆発音の正体は魔法だったのか。それよりも……立てるか?」
「隼人さんが来たことに安心して力が抜けて立てません」
「すぐにでもお姫様抱っこをしてやりたいがそうも言ってられないようだ」
まっすぐ突っ込んでくるのが見えたのでアリシアを抱きとめながら愛刀で受ける。
少し力を抜いて空間を作り再び力を入れる。
加速した刀で相手の刀を弾いて一太刀入れるつもりが先に後退された。
「惜しい」
「……私を圧倒した相手に余裕でいられるとヘコみます」
「さっきの攻防を見ていたが足が万全なら勝てたと思うぞ」
「もう少し慰めてください」
「注文の多い奴め」
さっき西園寺藍と口論になっていたせいかアリシアの言動が可愛く聞こえる。
我ながら評価基準が甘くなっているな。
「後でめいっぱい慰めてやるからとりあえずこれで我慢しとけ」
お姫様抱っこで観客席に飛んで頭を優しく撫でる。
あまりの速さに若狭真琴は俺たちを見失っていた。
「絶対ですよ?」
「もちろんだ」
再び跳躍して武舞台に戻る。
散々婚約者を痛めつけてくれたんだ。
それ相応のお返しはしてやらんとな。
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