第十一話「修羅」
「戻ってきたか、臆病者が」
俺たちを探している間に言葉を話せるぐらいには回復したようだ。
「臆病者はお前だろ? 特別演習場に呼び出すほど俺のことが怖いかったんだろ」
「黙れ!」
若狭真琴が叫ぶだけで空気が振動する。
よく見ると全身から青白い光が立ち上っている。
「父の夢を壊し、俺の花嫁を奪ったバケモノめ!」
「お前の親父の場合は大会規定に違反したドーピング行為をしていたからな行動不能にする他なかった。アリシアに惚れた気持ちもわからなくないがだからといって傷つけていい理由にはならない。それにバケモノはお互い様だろ」
嫉妬と憎悪で凄まじい狂気に満ちている。
アリシアはよくこれにあてられながら戦ったものだ。
「黙れ黙れ黙れ黙れ」
さて、どうしたものか。
剣技だけなら抑え込めるが魔法は未知の領域。
その場その場で対応するしかない。
アリシアに攻撃意識が向いた時点でピンチだ。
あと気になるのはまだ抜いていない脇差しぐらいの長さの刀。
この国でと二刀流は珍しくないが若狭家の流派の基本は居合抜刀術。
読もうとすれば読もうとするほど深みにハマりそうだ。
「貴様だけは許さない」
意識を断ち切ってもバーサーカー状態。
おそらく若狭真琴から立ち上っている光はアリシアが言っていたマナという魔法を使用するためのエネルギー。
それも今のところ尽きる気配がなく、武器を壊したり手足を切り落としても止まらない。
「そりゃあ無理だ。諦めろ」
長引かせて分析すればするほどにアリシアを危険に晒す。
俺がやられたほうが話が早いまであるがアリシアのことに加えて愛刀を握っている時点で選択肢からは外れる。
「さっさとかかってこい。お前の御託は聞き飽きた」
こういうのは西園寺家の領分だが死んでもあいつには頼りたくない。
朝の幸運がとんだクソゲーを呼び寄せたものだ。
「風見隼人ー!」
常人を超えた膂力から繰り出される一撃を真正面から受け止める。
相手が左手を離したことを見逃さずに距離を取ると先程まで立っていた場所に炎の弾丸が降り注いだ。
「厄介だな」
単純な剣技のみなら圧倒できるが合間に魔法を繰り出して隙を潰される。
魔法に対して剣技で応戦すればこちらに隙を作ってしまい。
後退しすぎるとアリシアに注意が向く恐れがある。
「カザミ……ハヤ……ト!」
青白い光が勢いを増すと若様真琴の髪色が白くなっていく。
当然のことか。
魔法も万能ではない。
そしてその魔法を行使するためのエネルギーも無限ではない。
本来大和の人間は魔法を使えない。
その普通を破って行使している。
なら、それ相応のリスクがある。
若狭真琴自身知らないリスクが。
「レイル王子ってのはとんだクソ野郎だな」
おそらく、魔法を行使するために自我を。
元々ない体内マナを生命力で補っている。
このまま続けば彼の命は消える。
「大見得を切ったわりには情けないですね」
考え事をしている時に最悪な相手に声をかけられる。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「あなたの無様な姿が見れると思ったので」
「趣味の悪い女だな」
「なんなら手伝ってあげましょうか?」
「……茶でも啜ってろ」
お陰で余計な考えを捨てれたが間違っても礼は言わん。
「不甲斐ないあなたに一つ助言です。彼の者の体内マナの源は生命力ですが生命力を変換しているのは彼自身ではありません。アレです」
西園寺藍が指を指す方向は若狭真琴の襟元の歪な絵。
「まぁ、止まるかどうかはわかりませんがね」
「別に斬れば関係ない話だ」
「斬れるんですか? あの男を殺せるタイミングは何度もあった。それをしなかった理由に興味はありませんがね」
「アリシアの傍で黙ってみてろ」
「素直に『助言ありがとう』とか『婚約者を守ってください』と言えないのですか?」
「お前だけには死んでもごめんだ」
「私が優しいお姉さんであることを感謝なさい」
「一個上なだけだろ。とっといけ」
やることは決まった。
アリシアのほうももう気にしなくていい。
「もう少し一緒にいたかったんだけどな……」
千歳にも見せたことがないアレをアリシアに見せる……。
覚悟を決めるために一瞬だけアリシアを見た。
「『傍にいろって言ったくせに』とか言われたらマシなほうだな」
負けることは許されず。
殺すことを拒絶した臆病者。
行き着いた先はたった一つ。
「やるか……」
これを見て拒絶しなかったのはあの女ぐらいか。
皮肉もいいところだな。
◇
突然隼人さんの背後に現れた巫女服の女性が二、三言葉を交わすとこちらに寄ってくる。
「はじめましてアリシア姫。私は紅葉姫の護衛役の西園寺藍と申します」
「紅葉姫の……ということはあなたが隼人さんの後任の方ですか」
「え、えぇ……そうですね」
何だろう。
この素直に認めていないような感じは。
「そういえばアリシア姫は親善試合で大和一の剣士を指名したとか」
「ん? はい、そうですね」
「今からそれが見れますよ」
「それはどういう――」
聞き返すよりも早く空気が重くなる。
隼人さんの方を見ると私の本能が警鐘を鳴らす。
あれを見てはいけないと。
早く遠くに逃げろと。
鳴り響く。
「あれが大和一の剣士……"修羅"と恐れられる風見隼人です」
私との親善試合は手を抜いていたという次元ではない。
まるで別人……というよりかは別次元の存在。
あれを人と認識してもいいのかと迷うほどだ。
「恐ろしいでしょう? ですが、あれがあなたの婚約者です」
何故、この方は平然としていられるの?
まるでアレと戦うことを望んでいるかのように。
「よろしければ外にお連れしましょうか?」
「お断りします」
隼人さんは私に言った。
好きでなくてもいいと。
利用してもいいと。
ズルくてもワガママでもいいと。
なら、好きで、利用したくなくて、あんな姿を見ても傍にいたら喜ぶだろうと思っているずる賢い私でも彼は想ってくれる。
「私は隼人さんの婚約者ですから」
なら、彼がどんな人間だったとしても。
私の好きな彼がいなくなるわけじゃない。
私はあなたの傍から離れないと伝えたい。
だから早く帰ってきて……抱きしめてほしい。
◆
全てを斬り、全てを拒絶し、全てを信じず。
常に戦いに身を委ねて地獄を歩きたどり着いた極地。
スイッチが切り替わったように目に見える景色が黒に染まり、不要な音が遠ざかっていく。
常に相手の情報を更新し続けて相手の行動、思考、言動を掌握して未来を支配する。
逃れた者は未だおらず。
道を阻む者は斬り捨てる。
「心眼――修羅の道行」
音もなく一歩で忍び寄り不確定要素である脇差しを切り刻み排除。
「お前どこか――」
反応速度は上昇しているので次の一手は決まらない。
狙いを逸らすための胴に一閃。
案の定後退して避けられるが予想の範疇。
相手が慣れる前に同じ走法で近づき脚の腱を斬る。
「クソが! 離れやがれ!」
痛覚は鈍っているが身体は思うように動いていない。
明らかに回避速度は落ちている。
仕込みは上々、次で決めるために刀を鞘に収めた。
「俺に居合いで挑むか……バカめ!」
相手の土俵にわざと乗ることで思考を狭めさせて退路がなくなったことを気づかせない。
プライドが高いだけの人間は扱いやすくて助かる。
この男を助ける義理はない。
この男は反省することはない。
また同じ過ちを繰り返すならいっそのこと父親と同じ道を辿らせるのも一興だろう。
たが今回は警告。
二度と俺に関わるなと。
そして二度とアリシアに関わるなという。
傍にいろと言ったことへの責任を果たすために。
「サヨナラだ」
悔いはある。
納得もできない。
けど、それを選んだのは自分だ。
受け入れるしかない。
「カハッ……!」
襟元の歪な絵を切り刻むと立ち上るマナに吸い寄せられるように身体から剥がれる。
あまりの衝撃で若狭真琴は白目を剥きながら崩れ落ちる。
動く気配もない。
起きる素振りもない。
希望通りに殺さずに済んだ。
刀を鞘に収める。
アリシアの方を見ることができずに酷使した脳と身体が回復するまで立ち尽くしていると背後から抱きしめられた。
「嘘つき。終わったら慰めてくれるんじゃなかったんですか?」
「……見てたろ。あんな動きをして疲れないわけがない。少し休んでからにしてくれ」
嬉しさがこみ上げて振り向いて抱きしめ返してしまいたい。
ただ、あの女の視線も感じる……魅せつけるのもいいかと思ったが身体が思うように動かないので無理そうだ。
「隼人さん。私、二つほど欲しいものがあります」
「なんだ? 聞くだけ聞いてやる」
「一つは連絡先です。今回の件で持ってないことに不便を感じました」
「ああ、わかった。で、もう一つは?」
「あの家の鍵がほしいです」
「まぁ、俺がいないと帰れないのは不便だよな」
「違います」
ようやく回復したので振り返るとアリシアは花が咲いたように微笑んでいた。
「あの家が私たちの家だという証がほしいんです」
「今度の休みに作りに行こうか」
アリシアにとって帰る場所になったことを嬉しく思う。
「キーホルダーはお揃いですからね」
「わかったよ」
結局愛おしくて抱きしめてしまう。
空気を読んだのか、単純に見たくなかったのか。
西園寺藍は若狭真琴を連れて立ち去っていた。
アリシアの暖かさが現実だと……夢じゃないと教えてくれる。
俺はもう独りで生きられないようだが……それも悪くないと笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます