第一巻「終幕」

 事件の翌日の午後二時。

 俺は一人で大和城内を歩いていた。

「あれ、隼人さん? どうしたんですか?」

「ちょっと姫様に用があってな」

「なんだ復帰じゃないんですか……あ、姫様ならさっき庭のほうに歩いていかれるのを見かけましたよ」

「わかった、ありがとう」

「いえいえ、私はこれで」

 警備の人が遠ざかったのを確認してからため息をつく。

「いや、普通に注意しろよ」

 顔見知りだとしても軽く挨拶を交わしてスルーとか……大丈夫かよ。



約一年ぶり訪れた庭はあの頃のまま。

色とりどりの季節の花で覆い尽くされている。

若干入り組んでいるのでパッと見では見つけることは困難だが三年分の記憶が的確な場所を教えてくれる。

目的地である藤棚に行くと案の定紅葉がいた。

「まだ季節じゃないだろ」

「まあね。それよりどうやって入ってきたの?」

「普通に正門からだ。何人か警備員に出くわしたが全員顔パスだったぞ。大丈夫かよ……」

「皆、君が私には危害を加えられないことを知ってるからじゃない。で、何か用事?」

「西園寺のやつが先に帰るから渡しそびれたんだよ」

 俺は竹刀袋に入れた愛刀を見せた。

「持っとけばいいのに」

「そうかもしれないがな」

 文句を言いながらも紅葉は愛刀を受け取る。

「事の顛末は聞いた?」

「今朝アリシアから大まかにだけどな」

 御門家からアトリシア公国王家に抗議したらしいがレイル王子は若狭家との関係を否認。

 若狭家本家の人間は牢屋に入れられた若狭真琴を含めて忽然と姿を消した。

「若狭家の消息は?」

「今、西園寺家が総出で捜索しているけど芳しくないみたい」

「道理で城内を歩いていても息がつまらないわけだ」

 珍しく紅葉の周りだけでなく城内に式神の気配はない。

「聞きたいことがある」

「時間がないから一つだけだよ」

「なんで、俺とアリシアを引き合わせたんだ?」

 紅葉の目的がアリシアを救うことにあるから別に引き合わせる必要はない。

 秘密裏に俺を動かせばいいだけの話。

 親善試合の対戦カードを急遽変更するほうがリスキーだ。

「君は独りじゃ生きられない……からかな?」

「そうか」

 これ以上問いただしても意味はなさそうだ。 

「それじゃあな」

「私からも一ついい?」

「時間ないんじゃないのかよ」

「元々私が聞くための時間は省いてるから」

「さいですか……」

 あの時と同じ表情であの時と同じ声音より少しだけ柔らかく紅葉は問う。

「答えは見つかったの?」


――じゃあ君は……何のために刀を振るうの?


「……未だ道の途中だ」

「そう。けど、答えのきっかけは見つかったみたいだね」

「お陰様でな」

 振り返ることはない。

 堂々と歩き出す。

 さっき昼食を食べたばかりなのに今からアリシアの夕食が楽しみだ。


 ◆


 数日後の週末のお昼すぎ。

 約束通りアリシアと鍵を作るために出かけている……のだが。

「あのーアリシアさん?」

「何ですか、隼人さん」

「どうして俺達は人通りの多い伊吹通りを歩いているんだ?」

「鍵屋さんがあるからですね」

「そっかー。あのーアリシアさん?」

「何ですか、隼人さん」

「俺達の関係は一応学園内で秘密にするって話だよな?」

「そうですね」

「じゃあ何でお前は……堂々と腕を組んでるんだ!」

 道行く人が皆有名人であるアリシアの顔を見て振り返ると同時に腕を組む相手の俺を見る。

 問題なのはその中には同い年ぐらいの少年少女の姿がチラホラいることだ。

 目立つことは苦手なので週明けのことを考えると胃が痛い。  

「私が組みたかったからです」

 そんな俺の精神的苦痛を他所に我が婚約者は登山家みたいなことを言う。

「あ、今日は帰りにスーパーに寄ることを忘れないでくださいね」

「ん? 食材はまだあるだろう」

「隼人さんはここ数日冷蔵庫の中身をあまり見ていないので言いますが買いに行かないともう食材がありません」

 事件の翌日からキッチンを支配したアリシアシェフ。

 あっさりと胃袋を掴まれた俺は従うしかない。

「荷物持ちを頑張ってくれたら好きな物を作ってあげますから」

「なら、頑張るかー」

 毎日ご飯が美味い。

 それだけで幸せだな。

「そういえば来月の連休は国に帰るのか?」

「いえ、帰るつもりはないですね……いてもいいですか?」

「なぜ急に不安になる……あそこは俺たちの家だろ」

「……」

「嬉しいのはわかるが無言ですり寄るなよ。話題に出したのは連休中に実家で祭事があるから一緒に来てくれないかなーって」

 若干親父たちの反応が気になるが……気にするだけ無駄だな。

 それに。

「行きます!」

 アリシアが楽しそうなのでいいか。

 あー早く鍵屋につかないかな。

 でないと、わざと胸を当ててくる奥ゆかしさの欠片もない婚約者の誘惑に負けそうだ。

 

 ◆

  

 人は誰かのために生きられない。

 自分のために生きられない俺ですらそうだ。

 空っぽの器を満たす代用品を探すだけで。

 そこに他人の幸せとかは考えてはいない。

 紅葉はそんな俺を見かねて同じ生き方をしていたアリシアを引き合わせた。

 鏡を見せることで考えを改めるようにと。

 そして、彼女を変えられるのは君だと言わんばかりに。

 ホント……何年経ったとしても紅葉には敵いそうにないな。

 まだ俺とアリシアは出発点に立っただけ。

 これからだ。

 これから……変わっていけばいい。

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