第二巻
第二巻「序章」
――拝啓、お母様。
あれから約一ヶ月経ちました。
若狭家の消息は未だ不明。
レイルお兄様もお変わりないと聞いております。
先日報告した婚約者の隼人さんとの仲も良好です。
連休の二日目から最終日までご実家の方にお邪魔することになりました。
一度私一人でご挨拶に伺った際は淡々と説明していただけだったので粗相がなかったか心配です……。
それでも隼人さんの傍に居たいので頑張ってきます。
――追伸
先週の休みには見事な藤棚を一緒に鑑賞したので写真を同封します。
お身体にはお気をつけください。
「こんなところでしょうか」
心配されるのでお母様に手紙を書いていますがそろそろスマホぐらいは買って欲しい。
まあ、持たないところが機械音痴なお母様らしいですが。
「アリシア……っと邪魔をしたか?」
「いえ、ちょうど終わったところです。すみませんお待たせしてしまって」
「気にするなよ。その写真……」
「お母様に贈ろうと思いました。……いけませんでしたか?」
「あーいや、そういうわけじゃない。今の御時世スマホやクラウドサービスなんかもあるから必要ないけどさ。アルバムを作るのもいいかなって」
「ふふ」
「何だよ」
「隼人さんって意外とロマンチストですよね」
「……先に行く」
「あ、待ってください」
普段は意地悪だったり、かっこいいのに時折可愛い反応をする愛しい人。
「あ、待ってください!」
最近では夜中に潜り込まなくても最初から横で寝ていてるだけでなく何も言わずに抱きしめてくれる。
それと朝少し早く起きて寝ている私の髪を撫でるのがお気に入りみたいです。
邪魔したら悪いのと起きたらしてくれないのでニヤけるのを我慢しながらの狸寝入りは辛いですが……。
あんな優しい顔をされながらだと心が満たされてどうでとよくなる。
ああ……私は隼人さん大好きなんだなーと思えることが幸せです。
◆
若狭真琴の件は未だに進展はない。
紅葉曰く西園寺藍も浮かない顔をしているとか。
それにもう焦りはない。
どちらかといえば最近はアリシアのことのほうが気になっている。
「今日もあの顔……」
案の定、鍵を作りに行った日に何人か学園の生徒に目撃されて翌週から大騒ぎ。
休み時間のたびに質問攻めから逃げられるために窓から逃走。
午後は葵先生のところでティータイムで凌ぎ。
もうすぐ一ヶ月経とうとしているのに収まる気配はない。
これで同棲していることがバレたらどうなるんだろうな……。
「あの日からだよな……」
そんな中、つい先日まで俺は若狭真琴の消息について進展しない状況に心此処にあらずという日が何日か続いた頃。
ふと、紅葉に愛刀を返しに行った際に藤棚を見たことを思い出した。
大和内で穴場で見れるところを知っていたのでアリシアを誘って見に行った際、少し昔のことを話した。
それからというもの時折まるで慈しむかのような顔をする。
その意味を聞けないヘタレな俺は毎朝アリシアの髪を撫でて精神安定剤にしていた。
「確認終わりました」
「こっちも終わった」
今日から五日間は家を空けるのでガスの元栓や戸締まりをきちんとお互いに確認してリビングのソファに座って待機。
「鏡夜のやつあと五分ぐらいだと」
「マスターには申し訳ないですが助かります」
風見家本家まで正門までは徒歩二十分ほどだがその先は車で十分程かかる登り坂だ。
武芸者と言えど五日分の着替えを入れた荷物を運ぶのは精神的に少ししんどい。
「……あのーアリシアさん?」
「何ですか?」
「何で俺の膝を枕にして寝そべっているんですか?」
「落ち着くためです」
一度例の婚姻届の件で実家を訪れているのに?
と聞くのは野暮だろ。
あのときとは想いがまるで違うのだから。
「頭でも撫でてやろうか?」
「……寝てしまいそうなので我慢します」
「気に入ってくれてるようでなによりだよ」
時計の針が進む音がだけが聞こえ。
左手をアリシアに握られているので暖かさが染み渡る。
「鏡夜着いたって」
「名残惜しいですね」
「またしていいから」
「なら起きます」
甘えられることが増えたせいか前より可愛く見えてしまう。
少しずつ……俺の中でアリシアの存在が大きくなっていく。
「閉めますね」
「頼む」
藤棚を見に行った日に買った藤の花のキーホルダーがついた鍵。
何気ない光景を嬉しく思う。
「おはよう、お二人さん」
「おはよう」
「おはようございます。迎えに来ていただいてすみません」
「気にするな。それとお前ら二人は後部座席な」
「……なぜ?」
「その方がイチャつきやすいだろ?」
「変な気遣いはしなくていい!」
「冗談だ。今日は実家による前にもう一人連れていくんだよ」
それを聞いて一人だけ心当たりに思い当たる。
「……マジ?」
「お前の親父さんが『構わん連れてこい』とな」
アリシアもいるしちょうどいいかと思ったんだろうな。
「どなたです?」
「鏡夜の婚約者」
「マスター、婚約者がいたんですか?!」
「ああ、こう見えてな」
興味津々なアリシアを他所に俺は額に手を当てた。
今回の祭事は嵐の予感がする。
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