第一話「待ち合わせ相手は……」
結局、隼人さんは助手席ではなく私と二人で後部座席に座りました。
……手を繋いだら気づかれるでしょうか。
「マスターの婚約者さんってどんな方なんですか?」
「どんな方……ね」
「おいおい。俺の婚約者に微妙な反応するなよ」
「説明するのが難しいだろ……」
「ハハハ、違いない」
隼人さんは相手に対して負の感情を持っていないのだけは何となくわかりますが二人の反応が対照的なのが少し疑問ですね。
「ま、それはお互い様だろ。お前だってアリシア姫のことを簡単に説明できないだろ」
「そりゃそうだろ」
頬杖をつきながら逆の手で私の手を握る。
バレていましたか。
「あーそうだ、アリシア姫」
「アリシアとお呼びください、マスター」
「なら、俺も鏡夜でよろしく。風見家についてどれぐらい知っている?」
「代々御門家の武官を務めている家系で多くの門下生を抱えている」
風見家の流派は大和一。
剣術に限らず弓術や近接格闘術も含まれている。
「隼人の立場については?」
「それは先週のお休みの際に」
隼人さんはその流派から破門されているらしいですが次期当主の権利を持っている複雑な立場だそうで。
実家の話をあまりしたがらない。
「あとは西園寺家と仲が悪いぐらいですかね」
「そうか。なら、驚くかもしれないな」
「それはどういう――」
待ち合わせ場所に到着したようで車が停止する。
窓の外を見ると見知った場所で驚きました。
「大和学園?」
「そ」
鏡夜さんは正門前にいた青いサマードレスの女性を手招きする。
いつもと格好が違うかったせいで女性が車のドアを開けてようやくその人物が誰だかわかった。
「葵先生?!」
「やぁアリシア姫。ご機嫌いかがかな?」
ただ隼人さんが微妙な反応をした理由が余計わからなくなりました。
◆
葵先生が乗り車は風見家本家に向かう。
「改めて自己紹介だ。私の名前は西園寺葵、相楽鏡夜の婚約者だ」
「西園寺……そういうことですか」
俺が微妙な反応をした理由を悟ったアリシアにジト目で睨まれる。
言ってなかっただけで隠していたつもりはない。
「私は西園寺家を勘当されているが風見家でよくは思われていないだろう。鏡夜には苦労をかける」
「別に苦労なんて思っていないぜ。俺は好きだからお前を選んだんだ」
「鏡夜……」
助手席を譲ってよかった。
甘ったるい空気に吐きそうだ。
「……」
自分も部外者という似たような立場だと思ったのか感化されたアリシアは不安そうに指を絡めてくる。
「だいたい面倒なのは伝統派ぐらいで親父たちは鏡夜と先生の関係は受け入れている。だから心配そうな顔をするな」
「……はい」
全部はわからないがここ数日でアリシアの不安だけは読み取れるようになった。
「そういえば隼人さんと葵さんは仲がいいですよね?」
「いや別に西園寺家を嫌っているわけじゃ」
「けど、西園寺藍さんの時は……」
「……あいつの名前を出すな」
名前を聞くだけでイラッとする。
「はは、私の妹は随分と嫌われているようだ」
「え? 西園寺藍さんは葵先生の妹なんですか?!」
「ああ。向こうはどう思っているか知らないが私にとっては可愛い妹さ。まぁ、その妹を邪険にしている風見を見るのは実に愉快だけどね」
相変わらずいい趣味してるな。
「そういや護衛役を引き継ぐ時に揉めたんだっけか?」
「……揉めてねえよ」
ただ実力を確かめるために御前試合をすることになって死合になりかけたところを紅葉に止められただけだ。
「隼人さん、こっちを向いてください」
アリシアに両頬を包まれて無理やりアリシアの方を向かされる。
「にゃにする」
「ジー」
白状せい。
そう言っている気がする。
「キスは後でな」
「っ! ……そういう意味じゃありません!」
相変わらず攻められるのが弱いな。
「別に俺達のことは気にしなくてもいいぞ」
「ああ、気にせずするといい」
「やるわけねえだろ」
「……やらないんですか?」
「……後でな」
俺が悪かったから物欲しそうな上目遣いでこちらを見ないでくれ。
◆
他愛もない会話を続けていると正門前について坂を上る。
「……隼人」
「あぁ、手荒い歓迎だな」
坂の頂上から発せられている複数の殺気。
帰省ぐらいのんびりさせてほしいものだ。
「隼人さん?」
「ちょっとした通過儀礼だ。鏡夜、俺だけで行こうか?」
「いや今回は数的に俺も含めてだろう。葵、運転変わってくれ」
「ああ構わないよ」
坂の途中にある平坦な道で車を停めて鏡夜と二人で降りる。
「アリシアは先生と一緒に後から来てくれ」
「………………わかりました」
すごい不服そうにしているが葵先生を一人にするのも気が引けたようだ。
助手席に移動するためにアリシアが降りてくる。
鏡夜と葵先生が話し込んでいる隙にアリシアの頬に軽くキスをした。
「……こういうときにしかしないのズルくはないですか?」
「効果的と言ってくれ」
少し機嫌がよくなったので助手席のドアを開けて誘導して閉める。
「鏡夜! 先に行ってるぞ」
「おう、すぐ追いつく」
葵先生たちが来るのはおそらく五分ぐらい。
それまでに終わらせないとな。
◇
「そういえばこうして二人なのは初対面の時以来か」
「そうですね」
葵先生は私以上に風見家との関係が複雑そうだが気にした様子はないことが不思議だ。
「最近、風見とはどうだい?」
「他に比較対象はいないので正確ではありませんが順調だと思います」
若狭真琴の事件を経て私は自分のことを話して隼人さんは受け入れてくれた。
また、藤棚を見に行った日に隼人さんは自分のことを話してくれて私はそれを受け入れた。
まだ、お互いのことを全て話したわけではないが想い合っているのは確かだ。
「アリシアは私と違った問題があるだろうが心配することはない」
「どうしてですか?」
「私は鏡夜とは同級生でね。彼と過ごす中で風見を見ることがあった。最初は『本当に子どもか?』と思うほどに達観視した印象だった」
幼い隼人さん……見てみたいなあ。
「最近学園で君たちのことが話題になっているせいで保健室に来る日が増えてね。驚くほどに年相応な反応をするようになった。何でだと思う?」
自惚れてしまってもいい。
そう思った。
「……私ですか?」
「ああ、君を大切にしようとする気持ち。形だけじゃない本気の想い。それがあの面倒くさがりで素直じゃない風見が露わにしているんだ。どんな困難も跳ね除けるだろうな」
「葵先生は――」
「葵でいいよ。今はプライベートだ」
「葵さんは……不安になることはありますか?」
どれだけ想い合っても少しの隙間で不安になる。
ただその隙を隼人さんはすぐに気づいて埋めてくれる。
私は対等でありたいと思いながらその優しさに甘えている……。
「ないと言えば嘘になるな。ただ鏡夜はそういうのに敏感でね。気付いた時には不安を無くしてくれる。それに甘えているなと思ったこともある」
「……今は違うんですか?」
「それは鏡夜からの想いだから。気にするよりも彼が不安がったら同じことをすればいいとね。その場その場で対等になるのではなく、お互いに支え合うことが長続きの秘訣だよ」
支え合う……。
「参考になったかな?」
「はい……とても」
はたして私にできるでしょうか。
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