第二話「大歓迎」
頂上の境内付近に近づくと殺気の種類が明確にわかる。
「鏡夜……これって」
「言わないほうが身のためだぞ」
感じたのは男たちからの嫉妬。
「隼人の野郎。破門されておきながらあんな美人な婚約者作りやがって」
「鏡夜も鏡夜だ。西園寺の苗字とはいえ葵さんだぞ」
「前々からあの二人は気に食わなかったんだ。今日こそ勝つ」
主に独身男性陣からのものだった。
「弓兵部隊は……林の奥か。当たるつもりないガ行動を制限されるのは面倒だな」
「なら、最初に潰しておくか。鏡夜はどっちに行く?」
「目の前」
「なら、ジャンケンだな」
「ちょっと待て…………よし見えた!」
両手をねじるように交差させて手のひらの間を覗き見る。
「毎回それやってるけど意味あんの?」
「勝率は五割だな」
「意味ねえ……ほらやるぞ」
「おう」
「「最初はグー! ジャンケン! ポン!」」
俺がグーで鏡夜がチョキ。
「クソが!」
「頑張れよー!」
うちの弓兵部隊は逃げ足速いから捕まえるの一苦労なんだよな。
「その代わりノルマ八連鎖だからな」
「ひーふーみー。ギリ足りるかどうかじゃねえか」
門下生たちの人数は約二十人。
土台は……真ん中辺りでいいか。
「八連鎖?」
「ぷよ◯よ?」
「いや八人連続ってことだろ?」
きっちり積まねえと崩れるから丁寧に……一人一人しばいていこう。
「あー違う違う……テトリスの方だ」
『へ?』
一気に距離を詰めて一番前にいたやつを殴り飛ばし狙い通りに境内の真ん中辺りに横一列で配置する。
泡を吹いて倒れる同門。
唖然とする門下生たち。
先程の殺気が消えて恐怖に変わっている。
「さてと……次はどいつだ?」
「に、に、に……」
『逃げろー!』
鬼ごっこ×人間テト◯スという狂人の遊び。
誰一人逃さねえから覚悟しろ。
◇
葵さんとお話しながら車に乗って五分。
車から降りて最初に聞こえてきたのは無数の悲鳴。
私達が境内の正門前に着くと泡を吹いた人が積み重なってキレイな長方形が二つ並んでいる。
そして門下生らしき二人を追いかける悪い顔をした隼人さん。
「風見は楽しそうだな」
「……そうですね」
確かにいい顔をしている。
「お、間に合ったな」
林の奥から出てきた鏡夜さんがスマホで撮影を始め出した。
「どうして撮影を?」
「滅多に見れるものじゃないからな」
私が疑問符を浮かべていると答えは直ぐにわかった。
「これで終わりだ!」
隼人さんの言葉とともに直立不動で打ち上げられる二人は縦一列に並び。
見事二つの長方形の間に収まると人で出来た建造物はバランスを保てずに崩れ去った。
「よっしゃ、八連鎖!」
嬉しそうにガッツポーズをする隼人さんに呆れていると鏡夜さんと葵さんは拍手喝采。
この空気はいったいなんでしょう……。
「ようアリシア。どうした?」
「隼人さんがおかしなことをしていたので呆れていたんです」
「いやー思ったよりも嫉妬が強いから先に締めとくのもありかと思ってな」
「嫉妬?」
「可愛い婚約者を見せびらかす時に面倒だからな」
「はぁ……なるほど」
だからといって泡を吹きながら気絶させるのはやりすぎだろう。
「あ、隼人兄ちゃんだ」
「鏡夜兄ちゃんもいるー」
道場の方から小学生ぐらいの子達がわらわらと出てくる。
あっという間に二人は囲まれた。
「相変わらず二人は人気者だねー」
その後ろから道着姿の千歳さんが出てきた。
「千歳さん」
「千歳さん?」
「……千歳姉さん」
「なーに、アリシア」
連休前の模擬戦で負けた私は千歳さんのことを千歳姉さんと呼ぶように強要されている。
「そういや昔から妹が欲しいって言ってたっけ?」
子どもの一人を肩車しながら隼人さんが戻ってきた。
「それなのに年の近い親戚は隼人くんみたいな生意気な弟しかいないんだもん」
「俺のほうが誕生日先だろうが」
「手がかかるからそう思われるんだよ」
「第一、世話になった覚えは……あるな」
「ないとかいったらアリシアにあることないとこ言ったのに」
「心当たりが多いからやめてくれ」
確かに千歳……姉さんのほうが年上っぽい。
「ねえ、隼人兄ちゃん。このお姫様みたいなおねえさんはだあれ?」
「んー? 俺の奥さん」
「ほんと?! すごーい」
「……子ども相手に嘘を吐かないでください」
何故この大勢の前で言うんです……素直に喜べないじゃないですか!
「隼人くんが頭の悪いこと言い出した」
「隼人も春の陽気にあてられたんだろうな」
「それか人間テト◯スで頭を使いすぎたんだろう」
千歳姉さん達は呆れた様子。
「ねえねえ」
隼人さんの周りを囲んでいた女の子の一人に服の裾を軽く引っ張られる。
「? 何でしょうか?」
「おねえさんのお名前何て言うの?」
「アリシアと言います」
「じゃあアリシアおねえさんだね」
この気持ちは何でしょうか。
千歳姉さんが姉扱いを強要する気持ちが少しわかった気がします。
「騒がしいと思ったらやはりお前らか」
屋敷の方から現れたのは着物を着た女性。
黒い髪に青い瞳。
どことなく隼人さんに似た雰囲気。
一度お会いしていますが緊張してしまう。
「ただいま、母さん」
風見家総師範代――風見華音様。
隼人さんのお母様であり千歳姉さんのお母様とは姉妹にあたるらしい。
「鏡夜は……いつも会ってるか。久しいな葵」
「ご無沙汰しております」
あの葵先生ですら礼を尽くす相手。
そんなお方に私は連帯保証人の欄にサインをいただいことに今更恐怖を感じている。
「華音様挨拶が遅れてしま――」
「おい、バカ息子!」
ただ言葉を発しただけなのに一喝されたように身体が固まる。
やはりあの時の態度が問だ――。
「何故可愛いアリシアに『お義母様』と呼ばせない!?」
確かに華音様と千歳さんの血の繋がりを感じます……。
◆
母さんが頭の悪いことをこれ以上言う前に客間に移動。
現在部屋の中にいるのは俺、アリシアと母さんの三人。
鏡夜たちは先に葵先生が泊まる場所の相談へ向かった。
「あらためて風見華音だ。よろしくな」
武闘派の風見家の流派の門下生を束ねる長。
女性の色香を覆うように覇気を纏っている。
「アリシア=オルレアンです。その……連帯保証人の時は申し訳ありませんでした!」
まぁ、アリシアがビビっているのは他の理由だけどな。
「いや、私も夫も気にしてないよ。むしろこのバカ息子に素敵な嫁さんが出来たと喜んでいたぐらいさ」
「滅相もございません。私よりも隼人さんのほうが素敵な方です」
「……おいバカ息子」
「ロクでもなそうだが一応聞こう。なんだ?」
「お前、剣術やめて催眠術を覚えたか?」
「少しは息子を信用しろよ!」
それが一年ぶりに会った息子に対する言葉か?
「あの時はしきたり云々で納得できたが、たったの一ヶ月でここまで誑し込んでいるんだぞ? そりゃあ疑うだろ」
「色々あったんだ」
「ほう」
ダメだ。
母さんの性格に押されて饒舌なアリシアが会話に参加できていない。
「まぁ、互いに想い合っているなら何も言うまいよ。あーそれとアリシア」
「は、はい……何でしょうか」
「きっかけなんて粗末のものだ。だから気にするな」
こういうところを見ると確かに俺の母親だなと思う。
「ですがお義母様……私は」
「……うっ」
あの母さんが涙を流しているだと?!
はっ! アリシアの健気さに感動して――。
「やはり娘に『お義母様』と呼ばれるのはいいもんだな」
絶対に場を和ませるためじゃない。
本気で感動している。
「せめてアリシアの話を聞いてやれよ……」
「と、言われてもなあ……。どう言えばいいものか」
母さんがアリシアを受け入れているのは正直有り難い。
もう既に娘認定しているのは若干アリシアの身の危険を感じるが今は良しとしよう。
「アリシアは隼人のこと好きか?」
「はい、もちろんです」
「悪いが私は単純な女だ。自分の大切な息子を大切にしようとしてくれる子が傍にいる。それにあれだけ独りで生きようとしていた息子が受け入れている。それ以上の言葉は不要だ。私は今のアリシアに好感を持っているし、ぜひこのまま隼人と添い遂げてほしい」
「……はい、ありがとうございます」
これで母さんへの挨拶は済んだ。
問題はあと一つだな。
「父さんは?」
「お前たちを出迎える少し前に宴会場の方で『迎え酒だ!』と息巻いていたな」
「そうか……アリシアに屋敷内を案内してから行くと伝えてくれ」
「わかった。アリシアまた後でな」
「はい」
母さんが出ていって息を吐こうとしたが精神的に疲弊したアリシアが無言で抱きついてきたので中断した。
「受け入れてもらえるか不安でした……」
「俺はどちらかといえば母さんがアリシアを気に入ってる異常さのほうが不安だ」
元々娘がほしいとは聞いていたがほぼ初対面であの様子。
今後、猫可愛がりする気満々だろうな。
「いつまでもこうしていると誰か見に来るぞ」
「あと一分だけ充電させてください……」
「はいはい」
急速充電できるように頭を軽く撫でる。
結局終わる頃には五分ほど経過していた。
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