第四巻
第四巻「序章」
寝た場所が違ったせいか。
それともアリシアを強く抱きしめていたので身じろぎに敏感だったせいか。
いつもより少し早い時間に目が覚める。
もう少し寝かせてやりたいので身体は起こせなかったが視界内で寝ていたはずの千歳の姿はない。
生真面目なあいつのことだ。
風見家本家の朝稽古へ向かったのだろう。
「ふー……」
あまり覚えていないが懐かしい夢を見た気がするが憂鬱になるどころか思いの外清々しい。
きっとそれはこの幸せそうな寝顔をしている婚約者のお陰だな。
「ん、んんー……」
規則正しい生活サイクルのアリシアが眠りから目を覚ます。
「おはようアリシア」
「おはよ……うございます、隼人……さん」
口元を押さえた上品な欠伸。
しかし、珍しく起きずに胸元にすり寄ってくる。
本当なら千歳がいたはずの状況で甘えてくることを考えると少し微笑ましくなる。
「珍しいな」
「久々に隼人さんと登校するので先に充電していないと授業をサボってしまいそうなので」
「アリシアが授業をサボっているところを想像できないな」
もし本当なら中毒レベルなので一度葵先生に診てもらうべきだろうか?
「それに千歳が見たら驚くぞ?」
「家の中に千歳姉さんの気配はありません。抜かりはありませんよ」
「最近腕を上げてはいるが……力の使い方を間違ってないか?」
「何も間違ってありません。それともこういうのはお嫌いですか?」
「否定出来ないから朝から過激なことはやめてくれ。朝稽古で怪我しそうだ」
「それは嘘です。隼人さんは私が本気で打ち込んでも顔色一つ変えないじゃないですか……」
「そうだっけ……?」
どちらかというと手が抜けなくなって強張っている気がする。
「もう……。ほら、手がお留守ですよ?」
「そろそろ起きないと朝稽古の時間が無くなる」
「いつもの起床時間まであと三分あります」
視界に入ったデジタル時計がアリシアの言葉を裏付ける。
「どんな体内時計だ」
「それだけ日常化しているというわけです」
「慣れとは怖いものだな」
「んふふ〜」
要求通り頭を撫でるとご満悦。
どう考えても二日後に戦争を控えているとは思えないな。
「今日こそ勝ちます」
「腑抜けた顔をしていたら説得力がないぞ」
「キリッ!」
「お?」
「へにゃ〜」
「ダメだこりゃ」
そんなやり取りをしていると三分はあっという間に経ったので名残惜しいが身体を起こして窓の外を見る。
少し雲行きが怪しいが登校している間は持つだろう。
「今日は早めに切り上げようか」
「構いませんが……珍しいですね」
「何となく、ゆっくり朝食を食べたい気分でな」
「何かリクエストはありますか?」
「な――」
「何でもいい以外で」
「……」
先にワイルドカードを封じられたのでちゃんと考える。
「オムレツ」
「では主食はトーストにいたしましょう」
「ああ頼んだ」
立ち上がって着替えるために二階に向かいそれぞれの部屋に分かれる。
机に置いていたスマホがメッセージを受信して光っていた。
送信者は千歳。
「起こさないようにメッセージにするとは律儀なやつだな…………おい」
そう関心したが内容を見て既読をつけなければよかったと後悔した。
送られてきた内容は俺とアリシアが抱き合って寝ている写真が添付されており、ご丁寧に『昨夜はお楽しみでしたね』とニヤケ面の顔文字付き。
千歳のことだから無闇に拡散することもしないだろう。
画像を保存して既読無視を貫くことにした。
朝稽古は予定通り早めに切り上げた。
内容はアリシアの希望でお互い竹刀での模擬戦形式。
日に日に鋭くなる剣筋に感心しながら捌くように打ち落としていく。
たまに何度か反撃されそうになるがまだまだ負けるわけにはいかないので身体能力に物を言わせて防ぐこと数十分。
結局、一撃も食らうことなく完勝。
不服そうなアリシアが作った美味しいオムレツを堪能してから久しぶりに登校するのであった。
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