第一話「忍び寄る暗雲」

 朝稽古のことがあったせいかアリシアが腕を組むことはなかったが隣を歩くだけで視線を集めている。

 何故か女子達からの微笑ましそうな視線を感じるのは気の所為ではないだろう。

「なぁ、アリシア」

「つーん」

 珍しく会話を拒否されるが距離が空くことはない。

 むしろ肩がぴったりとくっついている。

 拗ねてはいるが離れたくない。

 おそらく昨晩の俺に気がある女子がいる問題による牽制のためだろう。

 俺たちは婚約者どころか恋人とも公言していない。

 ただ千歳曰く、アリシアは特別コースで関係を聞かれると『大切な人』と答えているらしい。

 仮に公言しても世の中には相手のものを奪おうとする輩がいるらしい。

 まぁ、俺もアリシアもそういうのに引っかかるには他人を信用していない。

 それに胡座をかくのも良くないので人間関係は難しい。

「今日の昼食はどうするんだ?」

「知りません」

「なら、たまにはアキラとでも食べるかな」

「…………」

 何かを訴えるような視線を無視すると周囲から見えにくい角度で脇腹を突かれる。

 身体を鍛えているので幸せ太りはしていないが『もしかして腹が出ているのか?』と思うほどに最近脇腹を突かれる。

「冗談だ」

「隼人さんは私を拗ねさせて楽しいですか?」

「まさか。本当に拗ねているなら猫可愛がりするぐらい構うと思う。けど、明らかにポーズだから相手をしていないだけだ」

 ここ二ヶ月ほぼ一緒にいるんだ。

 アリシアの目を見れば怒っていないことぐらいはわかる。

「理解されているのも考えものですね」

「本当に構ってほしいなら外ではやめとくんだな」

「そうします」

「諦めてくれたのはいいが……腕を組むのはやめない?」

 特に背中側から女子からの黄色い声と男子からの嫉妬の視線が気になる。

 このまま校門を潜れば教室内でも同じ感じになりそうだ。

「嫌がらせですから」

「ちなみにやめてと言ったらどうなるんだ?」

「やめてほしいんですか?」

「公衆の面前ではな」

 周りの視線が気になってアリシアの柔らかさを堪能できるほど羞恥心や倫理観は捨てていない。

「なら、嫌がらせ成功ですね」

「いい性格してるよ。まったく誰に似たんだか」

「さぁ、誰でしょうか」

 俺の顔を凝視するアリシアの目を見たら負け。

 仕返ししたいが楽しみは後に取っておこう。


 ◆


 アリシアと分かれて教室に着くと複数の視線を浴びる。

 好奇心、嫉妬、憎悪と色々あるがそこには嘗ての敬遠するようなものは含まれていない。

 ただ直接話しかけてくる奴は……一人いる。

「久しぶりに登校したと思えばいい意味で有名人になって。俺は少し寂しいぞ」

 数日しか経っていないのに何故か悪友のアキラの顔を久々に見た気がした。

「前にも言ったがお前はワントップを目指してもいいんだぞ?」

「お、今日は機嫌がいいみたいだな。俺はてっきり西園寺の才女に絞られて意気消沈していると思ったのに」

「あんまりその話をここでするな」

「戦争することは国民全員が周知している。知らないのはお前の実力ぐらいだよ」

 小声で話す辺り気を使っているようだが教室内の生徒のほとんどの者が武に通じていて動体視力がいい。

 読唇術で筒抜けだ。

「出来れば気を紛らわせたい。何か面白い話しないか?」

「んー。今朝とある男がアリシア姫と腕を組みながらスキップで登校してきたって話はどうだ?」

「なかなかに愉快そうな話題だが他に何かないか?」

「最近葵先生のところに出入りする謎の生徒がいるらしい」

「他」

「最近このクラスの男目当てで他クラスの女子生徒が来ているらしい」

「全部俺じゃねえか!」

 ツッコミを入れるとアキラは腹を抱えて笑い出す。

「つまりそれだけお前が注目を浴びているってわけだ。加えて大和からは二人しか参加していない戦争メンバーの一人。勝ち戦になったら人気はうなぎ登りだな」

「他人事だと思って楽しそうにしてんじゃねえよ」

「まるでアニメや漫画の主人公みたいなやつが悪友と思うと……茶化したくなる?」

「言葉選んでそれかよ!」

「第一、周りに公言せずにアリシア姫といちゃついているお前が闇討ちされていないのは例の英雄譚とアリシア姫の権威によるものだぞ」

「むしろそっちを教えろよ! え、というか何それ怖い……」

 俺に手を出せば返り討ちに合い。

 アリシアに強めに問いただそうとすればうっかり外交問題。

 道理で誰も直接根掘り葉掘り聞いてこないわけだ。

「まぁ、一番怖いのはどうあがいても闇討ちされない隼人くんだけどね」

「お、千歳ちゃん。教室内で俺らに絡むとは珍しいね」

 周りの視線のせいで千歳の接近に気が付かず慌てて振り返る。 

「何? 遂に明確な恋のライバルが出現したから焦りだしたの?」

「そう見えるなら眼科行ったほうがいいかもね」

 俺達の関係性を知らないからこその煽りだが俺としては変に焚き付けられて今朝の写真を出さないかと冷や冷やする。 

「まぁ、大方ドア前にいる女の子の伝言役ってところだろう?」

 アキラの言う通り千歳の後ろにある教室の扉付近で一人の女子生徒がこちらの様子を伺っている。

 金色のポニーテール。

 濃い青い瞳。

 平均より少し低めの身長。

 見たことがないので同級生ではなさそうだ。 

「はぁ……わかっているなら変なこと言わないでくれる?」

「ごめんごめん。今俺の中で隼人の話題がちょーホットなもんでな」

「巻き込まれ事故にしては被害が大きくないかな。この場合慰謝料を請求するなら二人からでいい?」

「俺は何も言ってないだろうが……で、俺に用事があるのはあの子か?」

「そ。若干気が引けたけどね」

 時刻は始業二十分前。

 時間を盾に断るにしても微妙なライン。

 ため息を我慢して立ち上がる。

「行くのか隼人」

「どういう用事でも門前払いはよくないだろう」

「けど、隼人くん……」

「わかっている」

 千歳はアリシアのことを考えて止めようとしているのはわかる。

 だからといって俺以外に頼んで断るのもおかしな話だ。

「まぁ、案外この前叩きのめした奴ら以外にも似たようなことをしていて。それについての相談かもな」

「隼人くん……?」

「わかっている。楽観視したくなっただけだから呆れないでくれ。それとアキラ。帰ってくるのが遅かったら適当に誤魔化しておいてくれ」

「誤魔化すたってどうやればいいんだよ」

「俺はお前を信じてる」

「ヤダっ! そんなに熱い視線を送られたら…………キモくて吐きそうだ、おぇっ〜」

「じゃあよろしく」

「あ、おい!」

 アキラを無視してドア前に立っている少女の前に立つ。

「場所を変えてもいいか?」

「は、はい」

 快活そうな見た目とは異なり、少し緊張気味に頷く。

 葵先生のところも考えたが保健室という場所が良くない。

 とりあえず屋上に向かうことにした。

 廊下で多くの生徒とすれ違ったたのでアリシアにもそのうち伝わるだろう。

 後ろめたさがゼロなのに焦るのは何故だろうな。

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