第四話「アリシアの怒り」

 連れてこられたのは空き教室。

 怒っていてもアリシアはちゃんとこちらに耳を傾けてくれるので一時間目が始まるチャイムが鳴る頃には経緯を説明し終えていた。

「そういうことですか……」

 経緯を理解してもアリシアの怒りは収まる気配はない。

 世の中には言葉の綾という言葉があるが、それは発言した当人の方便であって伝わった側にしては関係のない話。

『アリシアに聞かれると思っていなかった』と言い訳はあるが、どこで誰かが聞いて伝わっていれば弁明の場さえなかっただろう。

 どう考えても軽率だったと反省するしかない。

「確かに隼人さんからすれば『告白されたほうがマシだった』と言いたくなる気持ちもわかります」

「いや俺が何も考えずに軽率に発言したんだ。悪い……」

「隼人さんが謝る必要はないと思います。何せあの場に私がいたことのほうがイレギュラーなのですから」

 理解はしているが納得はしていない。

 まさにそんな感じだ。

「けど、俺が話を受けない選択肢もあった」

 思えばこの二ヶ月アリシアと喧嘩どころか言い合った覚えもない。

「それをしたら隼人さんじゃありません。あなたはそういう人です」

『女誑し』という幻聴が聞こえてきそうだ。

 自覚はないが最近関わる女性全員に言われているので否定も出来ない。

「…………私がやつあたりみたいな態度をとっても面倒くさがりませんし」

「やつあたりとは思っていないからだ」

「普通は『なんて面倒な女』だと思うんですよ?」

「生憎普通とは縁遠いんでな」

 浮気だけがパートナーを傷つける行為ではない。

 個人差はあるが不安を抱えさせただけで加害者になり得る。

 だからといって行動全てを制限する必要もないし、相手もそれを求めていない。

 逆に『自分が制限しているから、君も制限するべき』というのもナンセンス。

 お互いある程度は妥協しなくては生きづらい。

「皮肉が冴えていませんよ」

「大事な子を傷つけたんだ。普通じゃなくても気にする」

「別に傷ついてません。私は怒ってい――」

 誤魔化すためでもご機嫌取りでもなく抱きしめる。

 本当に怒っていれば力任せに振り解くのにアリシアはそれをしなかった。

「…………ズルい人」

「それでもいい」

 顔を見せたくないようで抱きしめられる力を強くして顔を胸に埋める。

「隼人さんが目立つようなことをしてごめんなさい……」

 怒りはストレスの一種。

 涙となってアリシアからこぼれ落ちる。

「元はと言えば俺が悪いんだからアリシアが謝ることじゃないだろ」

 彼女は怒っていたがそれ以上に傷ついたのだ。

 理由はどうあれ婚約者の口から『告白されたほうがマシだった』と聞いた。

 受けないとわかっていても好意があると言われる事実は変わらない。

「最近学年問わず女子生徒たちに聞かれることが多いんです。『どういう関係ですか?』と。答えはいつも『大切な人』としか答えていません」

「ごめんな」

 婚約者であること。

 一緒に住んでいること。

 俺のワガママで全てを秘密にさせている。

 お願いした時もアリシアは『私も注目されるのは苦手ですから』と理解してくれた。

 その甘えが彼女を泣かせている。

「俺にはアリシアの横に並べるものがないから」

 この国で二番目に重要な紅葉の護衛役をしていた経歴も現役でない今は意味を持たない。

 誉れある親善試合に出場したが素性を隠した。

 この国で上位の位置にある風見家の次期当主の肩書きにもケチがついている。

 今の俺にあるのは圧倒的な武力のみ。

 大和より大国であるアトリシア公国のお姫様の横に並べるようなものはい。

「そんなことはありません! 隼人さんは素敵な方です」

「大事な婚約者を泣かせているのに?」

「泣いてません。それに例えば泣いていたとしても隼人さんが素敵だから泣いているんです」

 アリシアが全肯定してくれても世界は俺達二人だけで完結しない。

 これから先もこの子の横にいるために俺は俺たち以外に認めさせなければならない。

 そのために国の命運をかけた戦争を私物化しようとしている悪い男だ。

「隼人さんの行動全てを理解できても納得できない自分が嫌なんです」

「そんなの当たり前だ。生まれた国とか生きてきた環境や経験が違えば価値観は違ってくる。相手のことを理解できても解決しないことなんて山ほどある」

 アリシアは境遇のせいであまり人と親身に関わることが少なかった。

 自分の感情をぶつけていいかもわからずに殻に閉じこもって。

 最終的に溢れた感情にどうすればいいかわからないんだ。

「ワガママを言っていいですか…………?」

「もちろん」

「これから先どれだけ面倒だと感じても慰めてください」

「ああ」

「私が間違った道を進もうとすれば止めてください」

「うん」

「浮気してもいいですから最後は私のもとに帰ってきてください」

「浮気すると思われてるのか……」

「英雄色を好むと言いますから」

 確かアトリシア公国は一夫多妻制だったか?

「…………」

「他に何かありそうだな」

「前から思っていましたが隼人さんの私が言いにくいことに対しての察しのよさは何ですか?」

「アリシアへの愛と俺の性格が悪いだけ」

「困った婚約者ですね」

「けど、好きなんだろ?」

「…………好きじゃありません。愛しているだけです」

 アリシアは顔を上げると目尻に涙をためて瞳を閉じて口づけをする。

「あなたを未来永劫愛していますので。私のことも愛してください」

 色気もムードもない空き教室。

 いきなりのプロポーズの言葉に驚くがもたもたしていたから先を越された悔しさですぐに平常心になれた。

「残念ながら最後のは聞けないな」

 つくづく負けず嫌いな自分が面倒くさい。

 仕返しとばかりにアリシアの唇を奪う。

 自分からやった時は変わらないのに。

 俺からすると嬉しそうにするのはトキメキそうだからやめてほしい。

「それは俺の本心だからワガママじゃない」

「面倒くさい人ですね。こういう時は素直に頷くものですよ?」

「金輪際こういう場面に出くわさないから学習しなくても良さそうだな」

「私のワガママを受けてないので『未来永劫』ではないのですよ?」

「こっちがそういう気にさせればいいだけの話だ」

「凄い自信ですね」

「何せ女誑しの悪い男だからな。一国のお姫様が相手でも容易い」

「こういう時に皮肉を言うのは直して――」

「俺もアリシアを愛している」

「…………本当にズルい人」

 あまりアリシアを遅刻させるといけないので少しだけ抱きしめる。

 これからも不安にさせたり傷つけることがあるかもしれない。

 けど、その度にこうして確かめ合えたら『永遠』は可能かもしれない。

 教室に戻ったら千歳やアキラに生暖かい目で見られそうだからニヤけた顔をしないようにしないと…………たぶん無理だから諦めるか。

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