第五話「例え状況が変わっても」

 案の定教室に戻るとからかわれ、気がつけばお昼休み。

 珍しい面々で食堂を目指していた。

「アリシアよかったの?」

「何がですか?」

「……ごちそうさま」

「千歳姉さん。お昼はまだですよ?」

 先頭を歩くアリシアと千歳。

 空き教室からアリシアはずっとニマニマ状態。

 何か嬉しいことがあったのは誰が見ても明らかだ。

「隼人。お前たち本当に付き合ってないんだよな?」

「またか。そんなに恋人同士に見えるのか?」

「さっきまではそうだったんがな…………いや忘れてくれ」

「?」

 さっきまでからかっていた二人はどこにいったのか。

 そう思っているうちに食堂に着いたがいつもとは違う感じでざわついている。

 全員の視線の先には在校生でない白髪赤目の巫女服の女性と金髪青目の震える一年生が対面で食事している異様な光景が広がっていた。

「何であの人が学園にいるんだ? しかも、隼人を呼び出した一年生と一緒だし」

「今朝から色々あったんだ。あと目を合わせるな。流石に悪目立ちではすまない」

「そうもいかないみたいだぞ」

 アキラが指を指す方向を見る。

 残念なことにアリシアが満面の笑みで近づいていっていたのを見て頭を押さえた。

「千歳……止めろよ」

「私に文句言うのは違うでしょ。それに行くと思ってなかったし」

 アリシアと西園寺藍が二三言葉を交わしている。

 向こうが承諾したようだアリシアは手招きしているので近寄る。

「何やってんだ……」

「別に在校生でなければ使用してはいけないというわけではないですから」

「別に食堂にいることを言ってねえよ。どうやったらああできるんだ」

 今朝の煩さが皆無の東雲は目から生気が抜けていて機械的に食事を口に運んでいた。

「家柄的に事情聴取は得意ですから」

 西園寺家の中には警察組織や国の防衛関係に就職する者が多いと聞く。

 だからといって身内に発揮するものか?

「それよりも先に注文してきてはどうでしょう」

「それもそうですね。行きましょう隼人さん」

「そうだな。どうした二人とも?」

「いや……」

「別になんでもないぞ」

「変な奴ら」

 今日の日替わりランチなんだったかな。

 出来たら肉系がいいな。


 ◆


 空き教室で本当に何があったんだろう。

 アリシアの呼び方が家仕様になっているし、隼人くんも咎める様子がない。

「あいつら付き合ってないのはわかったが……親しいことも隠しているんだろ?」

「私に言われても困るよ。というか本当にそうなら腕組んで登校してないよ」

 二人の学園での関係を詳しく聞いたことはないけど、若狭真琴との一件以降隼人くんは刀剣科の道場にも顔を出していない。

 しかも、私達だけでも呼び方も徹底するほどなのに腕は組む。

 

 そして一番気がかりなのは怒っていたアリシアが『そんなことありましたか?』というような幸せ全開っぷり。

 何をどうすればああなるのだろう。

「ただそうしなくてよくなったってのは良いことじゃないかな」

「確かにな。ったく二人揃ったらからかってやろうと思ったのに。ああもしっくりくる雰囲気を出されるとそれも失せる」

「アキラ君、寂しそうだね」

「一緒にバカやれる男友達ってのはそれだけ貴重なんだよ。他の奴らはいい子ちゃんばかりでつまらん」

「普通の感覚なら遠慮したい部類だと思うよ」

「今なら大抵のことは若さゆえの過ちと周りが勘違いしてくれるからな。やらなきゃ損だ」

「後に人はそれを黒歴史と言うんだよ」

「そんなことを考えているから人生がつまらないんだ」

「皆が皆、人生に刺激を求めているわけじゃないよ。特に隼人くんはそういう人種だと思う」

 平穏なことを望むのにいつも彼には何かしら事が起きる。

 才能の代償なのだろうか。

「あいつの場合は刺激よりも自分の人生にすら興味あるか怪しいからな。一年の頃なんかいつも遠くを見て黄昏れてたのを今でも覚えている」

「だからといって問題児に仕立て上げなくてもよかったと思うよ」

 そのせいで学園にいる時は近寄り難かったし。

 けど、隼人くんは何だかんだ楽しそうにしていた。

「俺が何かやる前に教師をシバいてたんだ。元々才能はあった」

「確かに」

 風見家にいた時も当時の師範代と揉めてたっけ。

 隼人くんは自覚ないだろうけど、上に立たれることに嫌悪感を抱いている。

 だからこそ紅葉姫との関係が新鮮だった。

「おーい何やってんだ。早くしないと食べる時間なくなるぞ」

「今、行く。行こうぜ千歳ちゃん」

「そうだね」

 明後日が戦争なんて感じさせないぐらい二人は順調。

 しかも隼人くんの昨夜の行動はアリシアも気づいてない。

 早く無事平穏な毎日が戻ってくれば……ふふ。

 どう足掻いても騒がしい毎日を送っていそうな隼人くんに少しだけ笑えてくる。

 それに今の表情を見れば昔に戻りそうにもなさそう。

 ようやくだね。

 よかったね隼人くん。

 だから人生一度きりのその特別を離さないようにね。


 ◇


 味覚というのは精神に左右されるらしく、マイナスなことを言うと精神的ストレスで味覚障害にもなり得るらしい。

 たぶん空き教室でのことがプラス過ぎてテリヤキチキンの味がしっかりと感じている。

 そうでなければこの異様な面子での食事では味すら感じなかっただろう。

「それでいい情報はあったのか?」

「それについては……少し待ってください」

 西園寺藍が印を結ぶと俺達のいるテーブルが薄い結界に囲まれる。

 突如食堂内で視線を向けていた生徒たちが興味を失ったかのような反応になり各々行動し始めた。

「認識阻害と防音の結界です」

「さすがは西園寺家の才女様。てか、俺も聞いて大丈夫ですか?」

 年上だからかさすがのアキラも西園寺藍には敬語のようだ。

「問題ありません。もしものことがあれば風見隼人の友人なら遠慮せずにすみますから」

「隼人……俺初対面の人にシンプル恐怖したの初めてだわ」

 東雲の反応も相まって珍しく青い顔をしている悪友に同情する。

「共感してやりたいが後にしてくれ」

 西園寺藍が結界を張るほどの何か。

 嫌な予感しかしない。

「結界を張ってもここで言えることは少ないのです。取り急ぎ伝えられることは明日から学園が休校になることでしょうか」

 その言葉に全員が共通の想像をする。

「西園寺さんそれは……」

「……相良千歳さん」

「は、はい。何でしょうか」

「互いに西園寺家側と風見家側の立場があるので仕方ありませんが私たちは義理の姉妹になるのです。あまり他人行儀ですと……その私も反応に困ります」

 そういや俺以上にこの二人の関係が複雑だった。

 今までこういう風に落ち着いて話をする機会がなかっただろうし。

 「では、藍さん。一応今回の戦争では隼人くんと二人のみが戦場に赴くと聞いていますが……そうではないということですか?」

「私もこの子……真希に話を聞いて改めて式神を飛ばして調査している段階ですが、その必要性があると思っています」

「けど、それって協定違反のはずです」

「確かに千歳の言う通りかもかもしれないが、本来戦争とはそういもんだ」

 今の時代試合形式にはなっているが本来は予告なく奇襲されたりする。

 もし、西園寺藍の憶測通りならそれほどまでにハルバール王国は切羽詰まった状況ということ。

 もしくはそうなるように仕向けた人物がいる。

「不安を煽るようなことを言って申し訳ありませんが心構えだけはしたほうがいいかと。特に風見家は国の守護で動くことになりそうですし」

「その様子だと親父にも情報は共有されているみたいだな」

「御門家を経由して伝わっているようです。そこで問題なのが……」

「アリシアということか」

 箸を置いて腕を組んで考える。

 アリシアの今の立場は留学生。

 しかも、お姫様だ。

 試合形式で事が済むなら問題ないが国全てが危険になるなら話は別。

 留学が取り止めになって国に帰還する選択肢もある。

「アトリシア公国は何と?」

「今はまだ確定情報ではないせいか何も言ってきていないそうです」

「そうですか」

 予想していたのかあまり悲しそうではない。

 唯一この場にいる俺だけがアリシアの母国での立ち位置を理解している。

 最初は風見家本家に避難しとけば安心だと思ったが人員が出払うとなると話は別。

 放課後に応接室に行く頃には情報が出揃っているはずだからそれから考えてもいいが。

「隼人くん。昨日から言っている案でいいよ。もしものことがあってもアリシアの傍には私がいるようにするし」

「千歳姉さん。提案は嬉しいですがそれだともしものことがあった場合……」

「責任は全て風見家の問題になる。でしょ?」

「……そうです」

「私たちはいずれ家族になるんだから。遠慮なんてしなくていいの」

 二人の会話でアキラは何かを察し、納得した顔で何も言わない。

 俺はいい友人を持ったな。

「千歳の言う通りだ。それにアリシアが本家にいてくれたほうが俺も安心して自分のことに専念できる」

「隼人さん……わかりました。そうします」

 たぶん、本家で寝泊まりして皆に受け入れてもらってなかったり。

 さっきのことがなければ頷きはしなかっただろう。

 この国で俺達の家以外にも居場所はできたようだ。

「では、上にはそのように言っておきましょう」

「それは有り難いが……いいのか?」

「立場的にはよくありませんが姫より『二人の意見を尊重してあげて』と言われているので。それに私個人としてもあなたに恩を売っておくほうがいいかと」

「高く付きそうで嫌なんだが……」

「今回の戦争できっちり役目を果たしていただけるなら安くしますよ。それに……」

「それに?」

「ヤキモチ焼きの愛らしい奥様に目をつけられたくないので」

 おかしそうに笑う西園寺藍の視線を追うと図星だったアリシアは少しだけ顔を赤らめていた。

「安心してください。あなたの大事な人を取ったりしませんから」

「そういうつもりは……」

「でしたら戦争後に彼を一日借りてもよろしいでしょうか?」

「…………ダメです」

「あまりアリシアをからかうなよ」

「すみません。凄くわかりやすかったのもので」

 一国の姫君で遊ぶとかさすがとしか言いようがない。

「話を戻します。そちらの意思が固まっているならこちらとしては問題ありません。ただ少しばかり作戦を変更したいので放課後はいつもの部屋で」

「わかった」

「それと紅葉姫から伝言で『会議の前に庭へ来るように』と」

「……わかった」

 そういやあれ以来顔を合わせてなかったな……。

「私は真希を教室に送り届けて仕事に戻ります。貴重な食事の時間を奪いすみませんでした」

 陰陽術を使い西園寺藍と東雲は姿を消す。

 それと同時に結界が解かれて再び生徒たちの意識がこちらに向く。

「てか、俺が聞いてても大丈夫だったのか?」

「もしかしたら国全てを巻き込むことだからな。知ってても問題ないだろ」

「いやそっちじゃなくて……」

 アキラは俺とアリシアを交互に見る。

「色々あって明言できなかったんだ。悪い」

「二人にも立場があるから仕方ない。悪いと思うなら美味い飯の一つでも奢ってくれ」

「そうする」

 行儀悪いが昼食の残りを急いでかき込み手を合わせる。

「千歳。一日早くて悪いがアリシアのことをよろしく頼む」

「わかった。隼人くんはこれからどうするの?」

「早退して西園寺藍との会議前に親父たちとの話し合いとか色々済ませてくる」

「なら、早退とかの連絡はこっちでやっとくね」

「助かる。それとアリシア」

「はい」

「色々思うことはあるだろう。今晩必ず本家に帰るから話はその時に」

「わかりました。お帰りを心よりお待ちしております」

「ああ後でな」

 腹は決まった。

 やることも見えた。

 あとは実行するのみ。

 その前に…………自室に寄らないとな。

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