第十話「雨降って……」

 風見家には大浴場が二つある。

 一つは門下生たちのために作ったもの。

 もう一つは風見家本家しか入れない個室タイプ。

 汗はそこまで掻いてなかったが千歳が涙を流すほどに色々と吐き出したせいでそのまま宴会場へ迎えず。

 ちょうどいいので俺も浴びてから向かうことにした ……のだが。

「なあ、千歳」

「なぁに。隼人くん」

「お前は俺に恨みでもあるのか?」

「さっき依存してるって言ったじゃん。恨みなんてないよ」

「じゃあなんで……一緒に風呂に入って湯船に浸かってんだ!」

 お互いタオルを巻いて背中合わせで浸かっている。

 親父たちは宴会場でどんちゃん騒ぎしていて他に来る者はいないが見られたら完全アウトな状況だ。

「迷惑かけたお詫び?」

「疑問形?!」

「アリシアに見られたら大変だね。なんて言い訳する?」

「嫌がらせかよ」

「あ、背中合わせなことにご不満? それともタオルを取ったほうがいい?」

「俺の周りの女子はどうしてこうも倫理観に欠けている……」

「まあ隼人くんの従兄妹だからね」

「俺はここまでじゃない」

「昔は一緒に入ってたじゃん」

 確かにガキの頃は親の命令で一緒に入ることもあったが成長した今はマズい。

 アリシア程じゃないにしても千歳も女性特有の膨らみは十分にある。

 浴場にて欲情……くだらないことを考えたせいで冷静になれた。

「従兄妹である前に男と女だ」

「しかも隼人くんは婚約者持ちだもんね」

「わかっているならやめろよな」

「今日はそういう気分だったんだからしかたないでしょ」

 どういう気分なら婚約者持ちの従兄妹と風呂に入ろうと思えるのだろう。

「アリシアに取られるみたいで寂しいんだもん」

「だから代わりにアリシアを可愛がろうとしたのか」

「最初はね。けど、今は純粋な気持ちだよ。妹欲しかったから早く結婚して」

「動悸が傲慢すぎるだろ」

「でないと隼人くんが強引にお風呂に誘ってきたって言う」

「捏造の脅迫とかタチ悪いな」

 一緒に風呂に入った事実は消えないので強く反論もできない。

「隼人くんはこれからどうするの? 風見家を継ぐの?」

「破門されているとはいえ風見の長男だからな」

「紅葉様のことは?」

「さっきは否定するのを忘れていたが別にあいつに仕えてない。まぁ、昔のよしみで頼まれ事をするぐらいだろうな」

「本当に紅葉様には甘いんだから」

「千歳が俺に甘いのと同じようなもんだ」

 他の理由はいらないくらいに依存というのは魔性だ。

「アリシアのことは?」

「出来たら俺以外にもあいつが居場所って思える場所を増やしてやりたい」

「だから祭事を機に連れてきたわけね。けど、簡単じゃないよ」

「まぁ、アリシアはああ見えて疑り深いからな」

 特に他人からの好意的な感情には人一倍警戒心を見せる。

「けど、なんとかしたいんだよ」

「なら、私は目一杯可愛がるだけだね」

「やりすぎるなよ」

「それは保証できない。一緒に買い物とか行きたいし」

 身の危険を感じるほどの視線を向けている人のセリフじゃないが信用しよう。

「それに隼人くんは今後忙しそうだしね」

「……誰から聞いた?」

「葵姉さん」

「……あの人一応紅葉の専属医兼諜報部員だよな?」

「隼人くんが無茶しないように教えてくれたんだから文句を言わない。けど、いいの? ちらっとしか聞いてないけど、十中八九あの子と一緒だよ」

「すぐにってわけじゃない。心の準備くらいはできる。……それと」

「アリシアには言うな。でしょ?」

「助かる」

「本当に大切なんだね」

「ああ、出来れば彼女には争いのない世界にいてほしい」

「そのわりには鏡夜兄が『あいつゲーム感覚でお姫様をバケモノにしようとしてる』って呆れてたけど?」

「アトリシア公国から護衛が派遣されていないし、俺も常に一緒にいるわけじゃない。なら、自衛できるに越したことはないだろ」

「確かにね。けど、アリシアにはちゃんと言ってあげなよ?」

「家に帰ったらちゃんと話すよ」

「ならばよし。私、先に出るね」

「また後でな」

「うん」

 ようやく緊張から解放される。

 ただ千歳にあのことを知られているのは少々マズいことになりそうだ。

 


 大浴場から宴会場に向かう途中に花嫁修業を終えたアリシアとバッタリと出くわす。

 俺を見つけると嬉しそうに小走りで近づいてきて抱きつくと首を傾げた。

「……お風呂に入ってたんですか?」

「ああ、後で入るのが面倒だからな」

「……千歳姉さんも一緒にいたようですね」

「神楽舞の練習でフラストレーション溜まってたからな少しだけ手合わせをな」

「そうですか……ところで何故『お風呂』と『千歳姉さん』という単語で鼓動が速くなったんですか?」

 ギクっ!

「隼人さんの身体から少し千歳姉さんの匂いがします。なにかやましいことをしたんですか?」

 心臓の音を聞かれているので誤魔化しようがない。

「一緒に風呂に入ったがタオルを巻いていたから見ていないし、指一本も触れていない」

「嘘ではないようですね」

 さあアリシア裁判長の判決を待つ。

「今回は事情があったのでしょうから見逃しますが……次はないですからね?」

「はい……」

 問答無用で刺されるかと思ったが、察しの良いアリシア裁判長の判決は執行猶予付き。

 肝に銘じよう。

「隼人さん、明日から朝稽古に参加しなくてもよいでしょうか?」 

「別に強制じゃないからいいが?」

「実は梓さんに朝の仕込みに誘われまして」

 元々アリシアの料理の腕は高いと思っていたが梓さんが認めるほどとは恐れ入った。

「なるほどな。家に帰った後の料理が楽しみだよ」

「期待しててください」

 本当に俺には勿体ないぐらいいい子だな。

 だからといって手放すつもりはない。

「まぁ、明日は祭事当日だから忙しいと思うが無理はしないようにな」

「はーい」

 機嫌が元に戻ったので手を繋いで宴会場へ向かった。

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