第八話「茶会」
昨日と同じく午前は合戦場の下見を行う。
違うのは敵と出くわさなかったことと、それとなく西園寺藍が気を使っていることだ。
それほどまでに昨日の俺はいつも通りじゃなかったことを痛感する。
失礼だとは思うが普段とは違う行いをするだけで違和感が半端じゃない。
まぁ、一番の要因は……俺と西園寺藍の二人で大和城内の茶室にいることだ。
「……」
「……」
目の前にはいつもの巫女装束ではなく、着物を着てお茶を点てる西園寺藍。
室内には茶筅と茶碗がこすれ合う音以外静かなものだ。
「どうぞ」
差し出された茶碗を見て、うる覚えの礼儀作法でこの場を乗り切る。
「結構なお手前で」
「案外礼儀作法はしっかりしているのですね」
「これでも御門家に仕える身として色々叩き込まれたからな」
本来なら伝統を重んじる祖父母に嫌というほど躾けられたトラウマが蘇りそうになるので極力避けたい場が、今朝西園寺藍という人間を理解すると決めたばかり。
逃げるわけにはいかない。
「どうして嫌悪している俺に気を使うんだ?」
「嫌悪されている自覚も気を使われている自覚もあるんですね」
「あからさまだ。それでわからなかったら鈍感だろう」
「安心してください。あなたは十分鈍感ですよ」
「人付き合いが苦手なんだ」
「その割にはアリシア姫と上手くいっているようですね」
「向こうが上手くやってくれているんだ」
「どうせ私もあなたと同じ不得手ですよ」
「誰もそこまで言ってないだろ」
「思ってはいるのでしょう? 顔に出ています」
「まあな」
同じバケモノ扱いされている身だ。
人間関係が常人よりややこしくて面倒くさい。
そんな状況で円滑なコミュニケーション能力が身につくはずもない。
「嫌悪しているのはあなたが自身のことを何もわかっていないからです」
「は?」
何を言い出すかと思えば素っ頓狂なことを言い出す。
「俺が俺自身をわかっていない?」
「ええ。あなたは独りでいなければ弱くなる」
婚約者がいることのへの僻みの類ではない。
失望する瞳がそう語りかけている。
「俺は別に強さを求めてはいない」
「果たしてそうでしょうか」
「あんたに何がわかる?」
「私はあなたと同類ですから」
種類は違えど常人をはるかに凌ぐ才能を授かり、実力は二人で一国を相手にしても問題ないレベル。
「強大な力には責任が伴うのは世の常。あなたはそれをはたそうとしない」
「俺はそんな大それた存在じゃねえよ」
「まだしらばっくれるつもりですか?」
「しらばっくれるも何も俺は……」
「あなたは大和だけでなく誰も戦おうと思わないほどになれる。本物の強さを得られるのにそれをしない」
「仮にそうだとして。俺にも選ぶ権利はあるだろう」
「ええ。私は間違った選択をしているからあなたを嫌悪しているのです。ただそれは私個人の意見。そんなもののために国を危機にするわけにはいかない」
要するに気を使っているのは戦争のためというわけか。
「そんなもの……ね。どこまで行っても仕事人間だな」
「それが私ですので」
嫌悪されている理由はわかったが俺にはどうすることもできない。
「はぁ……戦争はちゃんとする。だから変に気を使うのはやめてくれ」
「そうします」
俺の前に置かれた和菓子を奪われる。
「あ、おい」
「甘いものに目がないので」
「西園寺家はどういう躾をしているんだか」
「風見家には負けるな。はありますけどね」
「今、絶対関係ないだろ」
「それを決めるのは私ですので」
「ったく」
残りの一つを口に入れる。
優しい甘さが口の中で溶けていく。
「昼食後。親善試合会場で待っています」
西園寺藍はそう言い残して席を立つ。
やはり俺たちは言葉では分かり合うことはできない。
そんなことは最初からわかっていた……はずだった。
どうやらまだ覚悟が足らなかったようだ。
◆
過去の剣士としての矜持はなく。
今はただ隣にいてほしいものを守るために刀を振るう。
それが甘さだと言われればそれまでだ。
俺はもう紅葉の護衛役ではない。
国のために……なんて気持はない。
「逃げずに来たようで安心しました」
親善試合の武舞台に赴くと待っていたのは勝負装束に身を包んだ西園寺藍。
傍らには確か王竜とかいう自立式式神。
前回とは違い様子見はしないらしい。
「いい鍛錬になると思ったんでな」
戦争だろうと相手が誰だろうと負けるつもりはない。
ただ若狭真琴の件を考えると油断はできない。
「蹂躙されるの間違いでしょう。それとも本当にマゾなんですか?」
「あの時、俺に勝てないとわからせたつもりだったんだがな」
「自意識過剰も甚だしい。それにあのときほどの覇気も感じない」
「本当に言ってくれるよな」
鞘から刀を引き抜く。
西園寺藍は『鍛錬ではなく本気で来い』と言っている。
「もう一回格付けしてやろうか、三下陰陽師」
「そのセリフそのままお返ししますよ、へっぽこ剣士」
ぶつかり合う殺意。
お互い戦争のことは考えていない。
頭の中は相手をどう屈服させるかという悪意のみ。
対等と呼べる相手との久々の戦いに剣士としての俺が喜んでいる。
今日は紅葉もいないので二人だけ。
思う存分やり合おう。
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