第七話「憧れた姿は彼方に」
――強くあれ
それが現西園寺家当主である父の口癖だった。
一年前で既に陰陽師としては並ぶ者無しと称された私には意味がわからなかった。
そして私の実力は陰陽師という枠組みを飛び越えても強者といえるもの。
国内で勝てる人間などそうはいない。
特に年下の剣士など眼中になかった。
◇
二年前の冬。
父の命により私は姫の護衛役を仰せつかり、引き継ぎのために応接間を訪れていた。
「引き継ぎは以上だ。何か質問は?」
風見家次期当主――風見隼人。
三年前、剣士のみの国内大会で若干十二歳で優勝した天才。
「御門家の姫様は何を思ってあなたを隣に置いていたのでしょうね」
私が後釜に選ばれた理由は特に聞かされていなかったが、敵対している西園寺家の私に座を明け渡すというに飄々としていた。
大方、責任の重責に耐えきれなかったか。
あるいは多額の退職金に目がくらんだかのだろう。
「どういう意味だ?」
「どういう意味も。あなたのような者を傍らに置くとは姫様も先見の眼がないと思っただけです」
「今から仕える主を侮辱するとは怖いもの知らずだな」
「事実を言ったまでです」
厭味ったらしく微笑むと彼から怒りの感情が顔に出ている。
一歳しか年齢は変わらないのにすぐ挑発に乗るところに未熟さを感じた。
「あんまり事を荒立てるのはどうかと思ったがやめだ」
大人しさが消えて荒々しさが露わになる。
「お互い言いたいことがあるだろうが簡単にしよう。表に出ろ西園寺藍」
年不相応な武人の顔。
百戦錬磨の闘志と覇気。
これだけでも彼の実力の高さが推し量れる。
どうやらこちらが本性のようで話も私好みでわかりやすい。
「安い挑発。てすが、ここで次期両家の格差をつけるのも一興というもの」
週に一度に達人と呼ばれる方たちを招いて模擬戦の戦闘経験により、武人特有の速度域にも慣れているので遅れをとることはない。
「せっかくです。武舞台で行うのはどうでしょう」
「悪くない提案だ」
「決まりですね。では、参りましょうか」
現代最強の剣士。
相手にとって不足はない。
◇
武舞台の使用許可はあっさりと降りた。
観客は紅葉姫ただ一人のみ。
世間に知らしめる目的もあったがまぁいいでしょう。
「勝負内容は相手が戦闘不能になるまでとしましょう」
「わかった」
風見隼人から隙が消える。
早くも臨戦態勢とは余裕のない。
「一つ、賭けでもしましょうか」
「内容は?」
「負けた方は勝った方の要求を一つ飲む。私の要求は『二度と西園寺家に逆らわない』です」
「俺個人の範疇でいいなら飲んでやる」
「それで結構です」
風見隼人が家名を継がなくても実力的に私と同等なのは彼のみ。
実質の風見家掌握にも関わらず彼は二つ返事で了承する。
「俺からの要求は『試合で起こったことは口外しない』だ」
「はい? 私の要求と見合ってない気がしますが」
「俺にとってはこれ以上ないくらいの同等の価値だ」
家名よりも責務を優先?
そんな人には見えない。
まぁ、負けることはありませんし、考えても無駄なことですね。
「まぁ、いいでしょう。試合開始の合図はこのコインが地面に落ちる、でよろしいでしょうか?」
「わかった」
指でコインを弾き空中を舞う。
妙なことに風見隼人は刀を抜かないどころか柄にも手を添えていない。
油断させるためかと思いきやコインが床を弾いても微動だにしない。
気にせず攻撃を仕掛ける。
「火鳥風月」
小手調べとして放った鳥を模した炎が風見隼人に迫る。
それでも彼は動く気配がない。
火の鳥は真っ直ぐ突っ込み接触と同時に爆発した。
「噂の才女の実力ってのはこんなものか?」
防御せずにまともに受けたせいで少しだけ頬が焦げている。
「あなたはマゾですか?」
「その気はない。ただ陰陽師と戦うのは初めてでな。どの程度か肌で体感したかっただけだ」
肩を竦めながらようやく刀を抜く。
「普通は避けて品定めするものです」
「死なないと判断したから避けなかったんだ。まぁ、とりあえず……今のが全力か? 口だけのやつは正直任せるのが不安なんだが」
両家の格差をつける?
小手調べ?
私としたことが愚かでした。
相手の技量など圧倒してこその真の強者。
「まさか。あなたの減らず口がいつまで続くか見物したかっただけです」
呪符をばら撒き霊力を込める。
「せいぜいいい声で鳴いてください」
火の鳥よりも威力の高く、防ぎようのない雷で出来た鳥を放つ。
追尾型でどこまでも標的を追い。
仮に刀で受けようものなら感電死。
あなたはどちらを選ぶ?
「炎の次は雷か」
雷鳥が到達する前に刀を振りかぶる。
嫌な予感がしたので正面に障壁を展開すると斬撃が飛んできて雷鳥は切り刻まれ、展開した障壁にひびが入った。
「いい勘だ」
剣士なのに近づこうともせずに初期位置から動いていない。
品定めをしている不躾な視線に辟易する。
「そういうあなたは勘が悪そうですね」
雷鳥を囮にして仕込んだ雷雲から落雷を落としてようやく避ける……想定内。
着地地点に沼を出現させて足を奪う。
「これで詰みです」
再び落雷を落とす。
煙が舞って確認できないが落雷は直撃。
先程の火の鳥と違い焦げる程度では済まない。
「随分甘い一手だな」
それなのに彼は落下地点で平然と立っている。
「解せないという顔だな」
「そうでもありません」
帯電しているのは彼の刀のみ。
「まさか雷を切るとは思いもしませんでした」
「昔の逸話で雷切という雷を切る刀があったらしい。悪いが俺の椿はそれよりも名刀だ」
獲物が良くても出来るとは限らない。
剣術は噂通りの一級品か。
「常識が通じないというわけですか」
「そりゃあお互い様だ。陰陽師ってのは祝詞っていう詠唱をするはずだろ」
「戦闘経験はないと言っていたのにそういうのは知っているのですね」
「こう見えて勤勉家でな。加えていうなら自立式の式神で祝詞の時間を稼ぐんだろ? 使わないのは舐めプか?」
「今日から護衛役ではなくなり傷心している相手に鞭を打つような仕打ちはあまりにも酷いと思いまして。それに舐めているのはそちらも同じでしょう? 剣士がその距離から何ができるというのです?」
「それはさっき証明しただろ」
「ですが、あの程度で私の命には届きません」
「この勝負はどちらかが戦闘不能になったらだ。そこまでする必要はない」
「できないの間違いでしょう」
「……試してみるか?」
風見隼人の雰囲気が変わる。
先程までは圧倒的実力を持った武人。
今を例えるなら修羅神仏のような絶対的な強さ。
「心眼――修羅の道行」
音もなく彼の姿が消える。
全身毛が逆立ち防衛本能と生存本能が総動員して警鐘を鳴らす。
全力で最速の障壁を生成して辛うじて風見隼人の一撃を防いだ。
「本当に勘がいいな」
「王竜!」
自立式式神――王竜。
神の加護を受けし黄金の竜が地面を割って出現する。
「おっと」
先程の雰囲気が消えている。
「伝説上の生き物とは恐れ入る……やりがいが――」
「そこまで!」
いつの間にか観客席から降りてきた紅葉姫が私たちの間に立っていた。
「隼人。それは使わないって約束でしょ?」
「いやだけど――」
「いつから勝ち負けにこだわるようになったの?」
「……違いない。確かにらしくなかった。あんたも悪かったな」
「……いえ。こちらも気は済ましたから」
風見隼人の戦意のない表情を見てこちらの戦意も失せる。
「紅葉のことをよろしく頼む」
「あなたに言われるまでもありません」
◇
これが私と彼の出会い。
私の脳裏には今も彼の本気の姿が焼き付いている。
紅葉姫が止めなければ確実に負けていた。
そう想像するほどの絶対的な力。
あれが父の言う強さ。
これでも私は風見隼人を認めていた。
それなのに彼は自分の可能性を閉ざした。
学園に通うことで鍛錬の時間を削るだけでなく、最近では婚約者であるアリシア姫に指南し始めた。
他人の私には彼にどうこう言う資格はない。
何も言えないから腹が立つ。
あのまま孤独なら彼は今頃私でも届かないほどの高みにいるはずだった。
そしたら諦められたのに……彼はまだ私と同じ位にいる。
神に愛された才能があるのに彼は選ばなかった理由を昨日の様子で確信した。
彼はたった一人の姫君に心を奪われている。
自分のことなどどうでもいいと言わんばかりに依存している。
世間は彼をバケモノと呼ぶが私からすればただの寂しがり屋な少年。
独りが怖いだけの臆病者だ。
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